4-4:Time to hunt!ー狩りの時間だ!ー

 呻く何人かの男たちに、痛みを一時的に麻痺させる薬草と水を与えて横に寝かせる。

 生きているやつらの手当てはジュジたちに任せて、おれはとりあえず荷台を確かめに行くことにひた。

 御者の首は転がって落ちていたけれど、意外なことに荷台に乗っていたであろう女子供には怪我ひとつないみたいだった。

 頭から麻袋を被されて両手を縛られて転がされている女と子供たちに「もう野盗は追い払ったぞ」と声をかけて1人ずつ袋と拘束を外していく。


 護衛のために雇われていた戦士たちの大半は命こそ奪われていないが、この先役に立ちそうもない。

 かといって、このまま彼女たちを置いていけば別の野盗や魔物の類に襲われてしまうし……。


 どうするんだろう……と、辺りを見ていると、カティーアが身なりのよさそうな男に話しかけるのが見えた。


「このままでは不便でしょう。よければうちの御者をお貸ししましょうか?」


 さっきまで野盗に見せていた禍々しい笑顔ではなくて、優しそうな笑顔……っていってもおれからすればどことなく胡散臭いけど―を浮かべたカティーアが近寄ったのは、どうやらこの倒れた馬車の持ち主のようだった。


「おお……なんと優しい方なのだ……。どなたかは存じませんが、その申し出、ありがたくお受けさせていただきます……」


 這いつくばるようなお辞儀をするでっぷりとした男に、カティーアが手を差し伸べて顔をあげさせる。


「顔を上げてください。私はただ異常に気が付いた御者を追いかけてここまできたにすぎません」


 でっぷりした男は、吹き出るように額から出ている汗を土埃にまみれた袖で拭いながら何度もカティーアに頭を下げている。


「地面を這う蛇の群れに馬が驚き、道から外れたところにあのような賊が襲ってきまして……ああ……まるで幽鬼のような恐ろしい人物だった……。魔物狩りで名を挙げた戦士たちを大枚はたいて雇ったはいいが……ご覧の有様です……」


「たまたま見かけた時にはもうその賊はいなかったのですが、いやいや出会わなくてよかった。私たちのような少人数で旅をする道楽人では皆殺しにされてしまったにちがいない」


 野盗に怯えるどころかへらへらしながら追いかけまわそうとしたやつがどの口でそれを言うんだ……と心の中で思うけど、黙っておく。

 大げさにおびえたそぶりをして見せたカティーアにさっきからずっとペコペコと頭を下げ続けているでっぷりとした男が懐から小さな袋を取り出した。

 袋を何度か返したり押し付けたりをした後、カティーアは申し訳なさそうな顔をつくってそれを自分の懐にしっかりとしまい込む。

 ちょうどその時、二頭の馬を商隊の馬車に繋ぎに行っていたジェムがこちらに戻ってきた。


「旦那様、オレがこちらの皆様の馬車に乗ります。後ろをついていきますので日が暮れないうちに大きな港町ススルプキオまで向かうとしましょう」


「わかった。では、シャンテ先導を頼むぞ」


 片膝立ちで跪くジェムにうなずいて見せたカティーアは、ジュジの肩を抱いて馬車に乗り込んだ。

 ノリノリじゃん……。おれはカティーアに言われるがまま、御者席へと飛び乗り、馬たちを走らせる。


 鬱蒼とした森の中だったが、しばらく走り続けていると段々と木々の密度が減っていく。

 一気に開けた草原に出ると、草と花の香りがする心地よい風が吹いてきてとても心地よい。


 森を出たころには空のてっぺんより手前にいたはずの太陽が、傾きかけた頃にやっと目的地である大きな港町ススルプキオまで辿り着いたみたいだった。

 この街は栄えているみたいで、雑木林と隣接している部分は石造りの高い壁で囲まれているし、たくさんの馬車や人が出入りしている。

 そして、街の出入り口は大木で頑丈に作られた門で守られているみたいだった。


「こっからは船旅になる。俺たちの馬車はここでさよならだ。入り口で少し待っていてくれ」


 カティーアに言われて馬車を入り口から少し離れた場所で停めた。

 ジェムが乗っている馬車が一足先に街に入っていくのを見守っていると、見慣れない日焼けをした男が話しかけてきた。


「こんちには。あなたの主人に用がある。取り次いでくれないか?」


「あ、ああ。待っててくれ」


 おれは、席から飛び降りると、馬車の扉を開きカティーアを呼ぶ。

 やることもないので、男とカティーアのやりとりをぼーっと聞いてみるけど、難しい話をしていてわからなかった。馬車の売値の値段交渉をしていたっぽいのだけわかる。

 いちいちおれを経由してから話始めるのはめんどくさいなと思ったけど、どうやらそういう決まりごとがあるらしいのでなにもいわないでおく。

 退屈そうにしていると、馬車の中で広げていた本から顔をあげたジュジと目が合った。昨日宿屋でも話してたけど、ジュジはおれよりも物事をよく知っている。

 外の世界ではこんなのが普通なんだろうか。


 村では、基本的に長の一族くらいしか文字が読めない。長たちが教えてくれるけど、おれたちは必要ないからとやる気がないので覚えているやつが圧倒的に少ないってほうが正しいんだけど。

 金貨や銀貨のやりとりをすることが増えて、少しだけ文字も読めた方がいいのかもななんて、カティーアと男のやりとりを見ながら思わなくもない。

 馬を無事に売ったらしいカティーアに連れられてジュジと共に馬車から離れると、不意に髪の毛をわしゃわしゃと乱暴に撫でられた。反射的に腕を振り払っておれはカティーアを見る。


「なんだよ」


「さっきは野盗相手によくやったなって褒め忘れてた」


「子供じゃねーんだから」


「まだまだ子供だろ」


 けらけらと笑うカティーアに対して、唇を尖らせながら抗議するが取り合ってもらえない。自分でもまだガキだなと思うことは多いけど、それとこれとは別だ。

 巨大な門を潜り抜けたところで、街に入るための手続きを待っていると、おれたちを見つけたジェムが手を振りながらこちらに向かってきた。


「馬の代金と、書簡だとさ。ご主人によろしく頼むって言われちまったぜ」


 ジェムの大きな手にすら少し余るような大きさの革袋を受け取ったカティーアは、懐にそれを入れてから、書簡と呼ばれたそれを手に取って広げる。

 少し黄ばんだそれは、柔らかい皮を鞣したものでなにやら字が書いてある。


「なんだこれ?」


「この手紙を持つ男には多大な恩義がある。店に訪れた時はもてなすように……だとよ。オレが昔助けた商人も同じような書簡をくれたことがあるだろ?」


「あー」


 ジェムの言葉で、昔教わったことを少しだけ思い出す。

 あの頃は村の外に出るなんて思ってもみなかったし、おれができなくてもどうせジェムの家の誰かが商人たちとはいい感じにやりとりをしてくれて必要なものは交換してくれるので金貨や銅貨の価値も、文字もどうでもいいものだったし……。

 今は、一緒に旅をしている仲間の中で字が読めないのはおれだけだ。地図に描かれた字や、本に書いてあることを話している間もおれはついていけないことが多い。

 だから……字をきちんと勉強したい。そう思っているけどなかなか言い出せないでいる。


「さて、とりあえず腹ごしらえでもするか」


 カティーアの一声で気持ちを切り替える。

 外の世界の食べ物は場所によって結構差がある。昨日泊まった宿では川魚がおいしかったけど、ここでは西の大陸のものや海魚もたくさん料理に出てきそうだ。


 おれたちは屋台が並ぶ港近くの市場までやってきた。

 ジェムとカティーアに買い物を任せ、おれとジュジは、野ざらしに並べられている長机で座る場所を確保する。

 人がひしめきあっている中、ジュジと手をつないでなんとかはぐれたりせずに空いている席に辿り着く。

 村を出てすぐに見た街も大きかったけれど、このススルプキオはそれよりも大きなところらしい。

 おれたちと同じような見た目の人間もたくさんいるが、その外にも街には二足歩行をする狼みたいな見た目のやつ、おれの半分くらいしかないヒゲモジャのがっちりしたせっかちなやつ、肌が鱗に覆われたトカゲみたいなやつら……いろいろな種族が歩き回っていた。


「シャンテ、こういうのすき?」


 当たりを見回しているおれの目の前に一冊の本が開いて置かれた。

 黄色がかったなめされた革が使われているその本には、文字だけではなく動物や魚の絵がいくつか描かれている。


「これ、図鑑って言っていろいろな生き物の絵が描いてあるの。ここにほら、名前が記してあるでしょ?」


「これはトナカイに似てるけど……シカっていうのか。こんな短い毛で寒くないのか?」


「こっちは温かいけど、冬になると毛が生え変わる動物もいるんだよ」


 おれが指をさした部分を見たジュジが、笑いながら知っていることを教えてくれる。

 シカやヤマネコ、ハイイログマにニジイロクジャク……知らないものがまだまだたくさん世界にいるらしい。


「ほんとにこんなのいるのか?からかってるわけじゃないよな?」


「西に大陸で見たから、あっちについたら一緒に見ようよ」


「マジかよ!絶対に見る」


 ジュジはジェムやカティーアみたいにおれのことをからかってこないから……多分こいつらは本当にいるんだな……。

 本ってやつは難しいものばっかりだと思ってけど、こうやって絵が描いてあるならたのしいかもしれない。


「おもしろい?」


「この絵が描いてあるやつならおれでも読めるからな」


 にこっと微笑んで小首をかしげるジュジになんとなくなつかしさみたいなものを感じる。

 

「よかった。これ、貸してあげる」


 閉じた本をおれの胸に押し付けるように手渡したジュジの顔を見て、なんだか照れ臭くなって目をそらす。

 小声でありがとうというと、ジュジは花が咲いたみたいにぱぁっと表情を明るくして笑った。


「わからない字は、私が教えるから」


 ジュジはかわいいと思う。でも、恋……というものとはちがう……とおれは勝手に思ってる。

 別にカティーアに嫉妬したこともないし、カティーアとジュジが特別な関係だというのはとっくに知っている。お似合いだともおもう。


 だから、これは恋ではない。

 しいていうなら……母親に向ける気持ちに近いかもしれない。母親がいないからよくわからないけど。

 そこまで考えて頭を左右に振った。気持ちを切り替えようとジュジの顔を見ようとすると、目の前にドン、ドンっと勢いよく大きめの木の葉の上に置かれた料理が並べられる。


「生の魚じゃん!久しぶりに食べるな」


「だろ?干した魚や煮込んだ魚が多かったもんな」


 見慣れない鮮やかな皮は気になるが、赤みを帯びた生の魚肉は食欲をそそる。

 酸味の効いた果汁と……魚を発酵させて作った塩辛い調味料に浸されている生魚の切り身を口に頬張り、おれは改めて村の外に出てきてよかったと思うのだった。


「あ、これ……さっき見た本に描いてあった気がする。ちょっと見せてくれよ」


「いいよ。うーん……さっき見てたページだから……」


 本を汚さないように皿をテーブルの中央に寄せて、ジュジの前にさっき受け取った本を広げる。

 甘い花の香りがするジュジの肩越しに本を覗き込むと、ちょうど開かれた頁の右下に皿の上にある切り身にひっついた皮と似たような魚が描いてあるのを見つけた。

 

 口の先が尖っていて体が頭から尾びれまで細い魚は、まるでカラフルな剣みたいだ。


「ウミノツルギっていうんだって」


「そのまんまの名前だな」


「確かに」


 顔を見合わせて笑うと、ジュジもウミノツルギの切り身に食器を突き刺す。小さな口に赤い切り身が放り込まれると同時に、ジュジは頬を抑えて目を丸くした。


「おいしい」


「こいつらの鱗はすり潰して塗料にしたり、装飾品に使われることが多いんだ」


 カティーアはそういって魚の皮に残っていた鱗を一枚手に取って光に透かす。

 きらきらと光っている鱗は、炎の魔法を弱めたり、魔獣除けに使われるらしい。

 ジェムとカティーアは果実酒で乾杯をして、本を閉じたおれとジュジは並べられた皿から好きなものをつまんで食べる。


―ガタン


 大きな音がして思わず、音がした方へ目を向けた。

 すぐ近くの椅子が遠くに投げられ、大きく動いた長机からいくつか料理が落ちている。

 顔を真っ赤にして怒鳴っている屈強な男が、痩せこけた金色の髪の女を突き飛ばしたみたいだった。


 驚いて目を丸くするジュジに小さな声で「よくあることさ」と声をかけ、カティーアは食事を再開したし、ジェムはというと溜息をついて、ゴブレットの底に残っている酒を飲み干した。

 きっと気にするほどのことでもないんだろう。乱闘や痴話げんかなんて人が多いところではたくさんある。今までも宿や酒場で喧嘩が始まることはあった。

 それなのに、おれは何故か尻もちをつきながらも男のことを睨みつけている金髪の女から目を離せない。


「さっき俺の財布から銅貨をくすねたのはわかってんだぞこの売女!」


 屈強な男は、長机の上にあった木のジョッキを掴んで女に投げつけた。

 額にジョッキが見事に当たり、血が一筋流れて滴る。けれど、その女は泣きもせずに屈強な男のことを睨みつけている。

 ひょろりと長くて細い手足……折れてしまいそうな体……どこかで見たことがある気がする。でもどこであったのかはわからない。


「さっさと盗んだものを返しやがれ」


 男が腰にかけている剣に手をかける。

 そのことに気がついた瞬間、おれは席を立って駆け出していた。

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