6-17:HAVING FUNーうまくやってるー

金髪フリソス先生、今日は中等部の授業だけだと思っていたのだけれど……運がいいわね」


 教室の前ではカティーアとジュジがいつも通りいちゃついていた。それを見て、なんでだかアメリアはうれしそうだ。

 二人共、黒いローブを着ているけれど、あたしたち生徒用と違って金の刺繍で縁取りされているからすぐに職員だとわかる。壁に片腕を付きながらジュジに話しかけているカティーアの両腕にはじゃらじゃら腕輪が付けられていて、ただでさえろくでなしっぽいのに今はもっとろくでなしっぽい。ジュジは足首までの長さはある若草色のスカートを穿いているから、いいところのお嬢さんみたいだ。


「もうすぐ授業だから……大丈夫ですってば」


「だが……」


 いつもジュジは優しいけど、あいつを見る時の目は特別優しい気がする。カティーアが眉間に皺を寄せて拗ねたような顔をしているのを笑顔で窘めているのを見ると、ジュジの方が姉さんとか母親みたいだなって思うから不思議だ。多分、あいつの方が年上なのに。


「ほら、金髪フリソス先生よ……今日もかっこいいわね」

「学者先生だって言うのにひょろひょろじゃないんですもの。文武両道という噂もありますけど」

「今日もきれいだよなジュジ先生」

「俺もなでられてぇ……あの控えめな胸とすらっとした体なのにあふれ出す母性がさ」


 こそこそと遠巻きに二人を見ているやつらは、なんでかカティーアをすっごく良いやつだと思っているみたいだ。ジュジがジェミトと特別な仲だと勘違いしているアメリアも、他の同級生ガキ共も一体何を見ているんだかわからない。ジュジがジェミトを見るときの目と、カティーアを見るときの目は全然違うのに。

 カティーアだけが人気なわけじゃ無くて、男共からはジュジを慕う声も聞こえてくる。ジュジは可愛いし優しいし、好きになるのはわかる。


「ジュジ」


 周りにいたやつらの視線が一斉にあたしに集まった。気にしないであたしはジュジとカティーアの方へ近付いていく。


「先生を付けろよクソガキ」


 よく見て見ると、カティーアはローブに袖を通さずに肩に羽織るように着ている。あたしたちがやったら一発で口うるさい先生に怒られるのにズルいな。

 少しだけ目線を上げてカティーアと目を合わせてにらみ返すと、露骨に顔をしかめられた。


「……ジュジ先生とクソ金髪、おはようございまーす」


金髪フリソス……大人げないです」


 挨拶を返したあたしに向かって額をぶつけようとしたカティーアの肩を、ジュジが両手で制した。


「ちっ……。また後でな」


 舌打ちをして背中を向けるカティーアの背中に舌を「べー」っと出していると、ジュジが呆れた様に笑う。

 女子生徒たちの大半は、さっきのあたしたちの会話なんて聞いていなかったみたいだ。去って行くカティーアの背中へ縋るような視線を送っている。

 なにがいいのか全然わからない。確かにあたしを買ったゴロツキや母さんが連れてくるカスと違ってあたしを気まぐれに殴ったり、刃物で刺したりしてこないから、どちらかというと良い奴なんだろうと思うけど。


「フィル、おはよう。そちらはお友達……だよね?」


 顔を少し傾げながら、ジュジがあたしの後ろへ目を向けた。

 アメリアはあたしの数歩後ろにいたまま、ずっとやりとりと見ていたらしい。


「ジュジ先生、わたくしはフィルさんと同室のアメリアです」


「ああ、アメリアさん。ごめんなさい……まだ生徒の名前を覚えきれていなくて」


 申し訳なさそうにするジュジに、アメリアはハキハキとした口調で答えながら穏やかに笑う。

 あたしに対して話すよりも、少し改まった口調が聞き慣れない。こういうのは、猫を被るって言うんだっけ?


「うふふ……白い塔での研究と兼任ですもの。仕方ないですわ。あの、お話したいことがあるので近いうちにお時間をいただいても?」


「何かしら? 薬草べんきょうのこと?」


「いいえ、恋の相談……ですわ」


「は? 馬鹿、何言ってるんだよ」


 ジュジが目を丸く見開いて固まった。あたしも思わずアメリアに文句を言う。

 でも、こいつはあたしの荒い口調なんて気にしない。

 ニコニコと悪戯っぽく笑ってあたしの手を取った。


「だって気になるじゃない? ジュジ先生、絶対時間を作ってくださいね? 約束ですよ」


 ジュジが何かを答える前に、授業開始の合図をする鐘の音が響く。

 あたしはアメリアに手を引かれるままジュジから離れて、後ろの生徒用出入り口から教室へ入った。

 しばらくして、ちょっと慌てたジュジが前の扉から教室へ入ってくる。


「ええと……そう、今日は傷の応急処置に使える薬草とその煎じ方を」


 ジュジは教卓の後ろに立ち、抱えていた分厚い本を開いた。

 表紙が分厚く、銅と金で草のツタや木の実があしらわれているものはとても高価なものらしい。アメリアから教えてもらった。

 魔法院の蔵書にはそんなすごいものがたくさんあるが、あたしたちが借りることが出来るのはそれを写したものだけらしい。

 ジュジに聞いたらみせてくれないかな……と思いながらぼうっと前を向いていると、一人の生徒が右手を挙げて立ち上がった。


「ジュジ先生、応急処置に使える薬草については一昨日教わりました」


「あ……ごめんなさい。えー……では、本日は食用に使われている銀人参スノーラディッシュの薬効成分についてと、栽培方法でしたね」


 生徒に指摘されて、慌てて頭を下げたジュジは、再び本のページを数枚捲ると、胸元に手を当てて、深く息を吸い込んでから、本へ目を落として書いてあることを読み上げ始めた。

 ジュジの声は心地いいし、天板近くに開いた窓から差し込んでくる太陽の日差しも心地よくてついうとうとしてしまう。

 ジェミトが父さんで、ジュジが母さんだったらよかったのにな……とぼんやり考えながら頬杖を着いた。


「気持ちよさそうに寝るのね」


 肩にそっと触れられて、小さく唸りながら目を開く。

 いつのまにか教室にはアメリアとあたし以外残っていなかった。


「わたくしは、この後魔法学だから行くけれど、次の授業もがんばるのよ?」


 世話好きなルームメイトは、そう言って手をひらひらと揺らすと、綺麗に磨かれた黒いブーツをカツカツと鳴らしながら教室から出て行った。まだ眠い。机に突っ伏しながら、欠伸をかみ殺す。

 太陽で温められた机は心地が良い。

 もう一眠りしようかな……いや、次は年下のやつらと一緒に文字を勉強するんだっけ。


「めんどくさいな」


 一人で呟く。廊下からはガヤガヤと騒がしい声と足音が混ざった音が聞こえてくる。

 殴られたり、怒鳴られたりするわけでもない。故意に無視されるわけでもない。

 幸せすぎて、これはあたしが死ぬ前に見ている夢なんじゃないか? と時々思う。


「フィル」


 シャンテの声がした。顔を上げて振り返ると、シャンテが扉のところに立っていた。仕方なく立ち上がって、大きく伸びをしてから鞄を持って教室から出る。


「次、初等部の教室だろ? 一緒に行こうぜ」


「んー。シャンテがそういうなら仕方ねえなあ」


 持っていた鞄をシャンテに押しつけるように手渡すと、廊下に立っていたラソンとリイアンに挨拶をされた。

 二人のローブは、シャンテとお揃いのデザインで、黒地のローブに鮮やかな緑色の布で縁取りがされている。

 キツネみたいな髪色と目付きをしたラソンが、細い目をさらに細めてニヤリと笑う。

 こいつの目は夏の空みたいで綺麗だ。最初に話した時に面と向かって瞳の色を褒めたらとても驚かれた。こいつとリイアンはよくシャンテと一緒にいるから仲良くなったし、よく飯もくれるしいいやつだと思う。


「なんだよ、お前らも一緒かよ」


「渡り廊下までだけどな。僕たちはこれからジェミト先生の野営指導がある」


 あたしよりも頭一つ分高いラソンは、そういうと隣にいるリイアンに目を向けた。


「フィルに会えなくて寂しいーって、シャンテがずぅっと寂しがってたよ」


 肩よりも少し長めに伸ばされた髪を一つにまとめて縛っている熟した山葡萄色の髪をサラサラと揺らしながら、リイアンはニカッと口を開けて笑う。

 こいつは、人懐っこい犬みたいな顔をしてるし、明るくて柔らかい薄緑色の目がくりくりしていて憎めない。少し背の高いリイアンがあたしの耳元に口を寄せるために背中を丸める。


「お前もオレたちと同じヴァルナ寮だったらよかったのにな」


 耳元で囁くリイアンとあたしの間に体を捻じ込むようにして入ってきたシャンテが、眉をつり上げながらこっちを見てくる。


「寂しがってないっての!」


「弟はさみしがり屋で困りまちゅねえ」


「おれのほうが少し年上だろ」


 頬を膨らませながらそっぽを向いたシャンテの肩に腕を乗せて、こっちに引き寄せた。春の森みたいな良い匂いがする。

 学院カレッジのやつらには、あたしとシャンテは血の繋がってない兄妹ってことにしろと言われたのでそういうことにしている。

 あたしが姉だというと毎回シャンテが拗ねるから、ついからかいたくなる。


「遅れないように早く行くぞ」


 リイアンとラソンが歩き出したので、その後にあたしたちも続くように歩き出した。

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