5-37:Crisis and Chancesー危機とチャンスー
「氷で
イガーサが爪を噛んで悔しがりながら、蛇を探すために視線を動かす。
さっきの魔法が出た位置から考えて、蛇は俺たちの背後に回ったはず。
全身から嫌な汗が噴き出る。魔素が集まる場所をあの蛇が危険だと認識しているなら……。
呪文を詠唱しているジュジの目前で、地面が盛り上がる。彼女を守るはずのホグームは、俺たちを瓦礫から守るために前へ出てきている。
イガーサが走り出したのを見て、舌打ちが出る。あっけにとられている場合ではない。
ホグームが盾を空中へ投げた。
イガーサがジュジと蛇の間に身体を滑り込ませる。
顔から血の気が失せているにも拘わらず、ジュジは詠唱を続けながらイガーサのことを見つめている。
土から身体を露出させた蛇は、雷を全身に帯びてパチパチと鱗が音を立てている。蛇の頭がジュジとイガーサを捉えて、牙の並んだ口を開く。
「させるかよ」
炎を脚に纏わせ、体を捻りながらそのまま振り抜いた。
蛇の鼻先に、俺の踵がめり込んだ。蛇が帯びていた雷が、足を伝って俺の体に巻き付くようにまとわりついてくる。
木の枝を折るような音が響いて、防御魔法で付与した
蛇のブレスは狙いが逸れて、空に放たれ、結界に当たって霧散した。
雷で一瞬だけ制御を失った俺の身体は、不様に地面に落ちる。蛇はそれを見逃さなかった。
地面に落ちた俺が体勢を整える前に、身体は足下から生えてきた氷の棘で貫かれる。
次の攻撃が来る前に棘から抜けだそうと焦って、蛇の姿を追う。どうやらあいつもただでは済んでいないらしい。大きな蛇の身体は、黒い煙を頭部から上げながら地面に横たわった。
「こっちは任せろ!」
クソでかいホグームの声が聞こえる。どうやらさっき蹴落とした盾を受け取ったらしい。
蛇が倒れたせいで跳んできた瓦礫から、ジュジを守ってくれたらしいことが盾が硬いものを弾く音でわかる。
今のうちに棘から抜けだそうと、身体をゆすって重心をしたに移動させる。痛みを遮断しているとはいえ、体の中を異物が貫いている感覚というのは本当に最悪だ。
「クッソ……」
地面に足がやっとついた。このまま棘を折ってしまおう。
蛇が頭をもたげたのが見える。このまま攻撃されて棘が折れると楽なんだが。
身体を捩って棘を折り、体内から抜いた。蛇からの攻撃に構えるために前を向くと、イガーサが蛇に向かって走って行くのが見える。
口を開いて俺にブレスを吐いた蛇が、イガーサに気が付いたようだ。煩わしいとでもいいたげに、蛇が長い尾を使って一面の地面を凪ぐ。
「止まらねえよ」
ブレスが当たっても構わない。そのまま蛇に突進していく俺の半身を、氷のブレスが凍らせる。面倒なので、身体から発した炎で氷ごと身体を焼いて切除した。
身体を再生させながら、減速せずにそのまま地面を蹴る。蛇の尾よりも先に彼女に触れられた。
イガーサを持ち上げて空中に投げた俺は、そのまま蛇の尾を腹に受けて地面を引きずられていく。
水路に張られた結界に叩き付けられるまで引きずられて、蛇は尾を離す。イガーサが無事に無傷のまま着地するのを見ながら、俺は
「もっとスマートに守りたいんだがな……」
口の周りに付着した血を袖で拭ってから、ボロボロになった服の埃を払う。
イガーサが、蛇の猛攻を器用に避けている。今度は尾にも十分気をつけているみたいだ。
「
ジュジの詠唱が聞こえる。周囲に魔素が圧縮されて集まっているのか、魔法陣の中が蜃気楼のように揺らいで見える。
教えていない呪文。妖精の国の言葉。今は気にすべきではない。彼女を信じて任せたんだ。仕事を終わらせたら……後から二人で話せばいい。
「もう少しってところか」
ジュジに背を向けた俺は、蛇の元へ戻る。月牙を持ったイガーサと背中合わせにして並んだ。
「さっきは、ありがと」
「言っただろ?俺がいる間、お前には傷一つ付けさせないって。まあ……大分無様な姿を晒したが」
「ふふ……そんなことない。あたしの英雄は世界一カッコイイよ」
僅かな言葉を交わして、再び二手に分かれる。
詠唱をして、幻影をいくつも出す。
石像だった蛇も疲れるのだろうか。先ほどからブレスを吐かずに尾を振り回してばかりだ。
苛立っているかのように、蛇は喉の奥から、大きな岩が転がるような低い音を立てている。
「おっと。俺たちの出番は終了だ」
背後から張り詰めた魔力がいっきに溢れ出るような、異様な空気を感じだ。
咄嗟にイガーサの腰を抱いて、大きく左に避ける。
「
嵐が圧縮されたような、すさまじい勢いの風が、俺たちのすぐ横を吹き抜けていく。風によって抉られた土が蛇へまっすぐに続いていた。
「風の魔法?」
「いや、風じゃない」
鋭く大きな棘が生えた緑のツルが伸びている。ツルが伸びる時に発生した突風だとすぐに気がついた。
ジュジが作り出した大木の幹くらいはありそうな太い茨のツルが、蛇をしっかりと捕らえる。
ツルには、刃物のように鋭い棘が生えている。その棘は蛇の硬いはずの鱗を、柔らかな布のようにズタズタに切り裂きながら絡みついていく。
甲高い悲鳴のような鳴き声を上げながら身体をくねらせる蛇の姿を、俺とイガーサは呆然としながら見つめていた。
木に繁る葉の間から光る物が見えて、俺は我に返る。驚いている場合ではないと、慌てて走り出した。
それと同時に、木の上に隠れていたアルコが矢を放ったのだろう。背後で小さく風を切る音がした。
おそらく、
茨のツルでズタズタにされた蛇は、苦しそうに口を開いている。俺は、その大きな口の中に腕を突っ込んで炎の魔法を最大火力で打ち込んだ。
大きくて重い蛇の頭が、支える力を失って地面に落ちる。それと同時に、アルコの放った矢が蛇の大きな目を貫いた。
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