5-36:Cheating each otherー騙し合いー

「守護の光、紅鏡輝く宙より零れるは、隻腕の女神が紡ぐ布帛とばり


 詠唱をすると、青く光る魔法のベールが俺たちを包んで消える。


「なにこれ?」


 自分の身体を見回したイガーサが首を傾げる。


「これは、三度だけどんな攻撃も防いでくれる強力な防御魔法の薄膜ベールだ。俺と違って、お前らは脆いからな」


「オレたちのカティーアも頼れる奴だが、こっちのカティーアもすげえな」


 がはは!と笑ったホグームの言葉に、アルコとイガーサが頷く。悪い気はしない。

 

 この魔法は本来、魔力の使用効率コスパが悪いので、滅多に使うことはない。

 俺一人で戦うのなら、傷ついた身体を再生させる方が安上がりだが、イガーサたちの身体は脆いので使用せざるを得なかった。

 これだけの人数に、防御魔法を付与するのは骨が折れる。魔力の7割が持っていかれるのは痛手になるが、誰かが死ぬよりはマシだ。

 幸いなことに、この水路の結界の内側にいる妖精たちの数も十分だし、この時代の魔素は豊かだ。

 これなら、動き回っても倒れるほどの魔力不足にはならないはず……そう言い聞かせて姿勢を正す。


「さて、それじゃあ万全を期して魔王退治の予行練習と行こうか」


 俺たちは、水路の向こうにいる蛇に挑むために、再び不穏な空気が満ちる結界の中へ足を踏み入れた。


 水路の内側へ足を踏み入れてすぐに、俺とイガーサは蛇の真正面へ走り出す。

 大きな口を開け、牙の並んだ口から発せられたのは濁った鳥のような鳴き声だ。空気が震えて肌がビリビリと震える。


 なるべくなら、イガーサに付与した防御魔法を消耗させたくない。

 彼女の前に出て、蛇の口から飛んでくる氷の棘をすべて叩き落とす。体のあちこちを掠めていく棘で多少血が出ても、俺ならすぐに回復できる。

 俺の肩を踏み台にして、イガーサが高く跳んだ。

 次のブレスを吐くために、蛇は魔素と空気を吸い込んでいる。

 

 空中にいて動けないイガーサを狙うつもりだとすぐに察して、俺は蛇を睨み付ける。


「霧の落とし子よ 双生児ジェミニの鏡を 風の踊り子へ」


 魔素が豊かなのは良いことだ。普段は疲れるので使いたくない面倒な魔法が、詠唱一つで簡単に出せる。

 俺の詠唱が終わると、すぐに霧の妖精がイガーサの幻影を作り出した。

 吸い込んだ魔素を吐き出すのをやめた蛇は、体を捻って尾を振り回す。

 幻影のイガーサたちは尾にかき消されたが、本物のイガーサは自分に向かってきた尾をうまく足蹴にして空中で軌道を変える。俺の方へ戻ってきたイガーサは、すぐに体勢を整えて走り出す。


 頭上をアルコの撃っている矢が飛んでいく。周辺の木や地面に突き刺さった矢は、キラキラとした糸が付いている。

 きっちりと仕事をしてくれている。やっぱり、あいつらは信頼できる仲間だよ。


 イガーサが、後ろに飛び退いて俺の背後へ回る。

 矢に向けていた視線を前に向けると、彼女を追って口を大きく開いた蛇が俺の真っ正面から近付いてきていた。


「無茶させやがる」


 超至近距離で、蛇の口から無数の氷の棘が吐き出された。

 咄嗟に出した炎の魔法で、氷の棘を全て溶かす。蛇が牙を鳴らして口を閉じ、後ろへ身体を仰け反らせた。元は石像でも、痛みを感じて怯んでくれるらしい。半身を食われる覚悟だった俺の背中を冷や汗が伝っていく。


「未来のあなたなら、これくらい任せてもいいかなって……」


「俺がいる間、お前には傷一つ付けさせない。安心しろ」


 イガーサと背中合わせに会話を交わす。

 足下が急に冷えたので咄嗟に左右に飛んで別れた。

 ちょうど俺たちがいたところには、地面から氷の杭のようなものが勢いよく生えてきた。離れて正解だったことがすぐにわかる。

 とにかく、こいつをジュジに近付けさせなければ良い。俺とイガーサは、蛇が振り回す尾や棘を叩き落としながら、つかず離れずの位置を保ち続けることに集中する。

 少しイガーサが息切れをし始めた頃、小鳥の鳴き声のような鋭く高い笛の音が響いた。


 アルコの合図だ。


 蛇の周りには、アルコの放った矢尻に結ばれた魔人蜘蛛の糸アラクネシルクが描いた魔法陣が完成している。四角を四つ組み合わせた単純な物だが、効果は高い。

 俺とイガーサが魔法陣の右端と左端に着地してしゃがむと、手で糸に触れて一気に魔力を流し込む。


「――シュウウウゥゥ」


 魔法陣からは眩い光が放たれ、地面から発生した雷が蛇の体を駆け上がる。

 喉から勢いよく空気を吐き出して、悲鳴のような音を出しながら蛇が体を跳ねさせた。

 地面がえぐれ、土や石がパラパラと飛んでくる。

 俺たちの前に出てきたホグームが、大きな瓦礫を盾で見事に防いでくれた。久々の再会にしては上出来の連携だ。


「……ん?あいつ」


 すぐに動き出すと思った蛇は微動だにしない。物陰から姿を現したアルコが、弓で動かなくなった蛇に狙いを定める。


 少しだけしびれるような嫌な感覚が足下を通り過ぎた。咄嗟に下を見ると、仄かに光るまっすぐな線がアルコに伸びている。


「横に跳べ!」


 ビクンと耳を立てたアルコが、咄嗟に体を横へ捻って転がる。地面から噴き出した青白い雷はアルコの体を掠め、太い枝を折ったときのような防御魔法のベールが割れる音が響く。


「三回守るんじゃなかったカ」


 アルコの立派な八本ある髭のうち四本が焼き切れていた。

 そのまま恐怖で硬直するなんてことはなく、アルコは器用に飛び跳ねてその場から移動する。流石キヤ族だ。限られた場所だというのに、あっと言う間に姿を隠してしまった。


「まさか、魔法が返されるとはなぁ」


 倒れていたはずの蛇は、ドロドロと形を崩して溶けていく。流れた水は、地面に吸われて見えなくなった。


「倒して……ない。まだ気配が消えていない」

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