3ー28: Memory acquisitionー誰かの記憶ー

――カヤール……俺はどうすれば……――


 目を覚ましたときに聞こえた声と同じだ。

 きっとこの声は記憶の持ち主のものなんだろう。

 ぼやけた曖昧な空間は徐々に形を作っていき、今度はどこかの村の入り口らし居場所が目の前に作り上げられていった。

 見覚えのある村は穏やかな農村らしい。

 村は、川沿いにある簡単な木の柵で囲われた広い農地と、石レンガを積み上げて作られた居住区に分かれている。

 村の石造りの門や石垣に既視感を覚えながら、映し出される人々に目を向けた。


「なんっか見たことある気がするんだよなー。ここ」


 この場が現実ではないとわかって安心しているのか、ジェミトは頭の後ろで手を組んでそういった。そのままごろりと藁を積んだ手押し二輪車の上に寝そべりはじめる。

 集まっている人々の視線は一箇所に集まっている。この輪の中心になにかあるらしい。

 人々の注目を集めているものがなんなのか気になった俺は身を乗り出して人々の方を見た。


「アレは……」


 ジェミトを見て、もう一度視線を人々の輪の中心にいる男へと戻す。

 村の人たちより頭2つくらい飛び出た体格の良い男は、ジェミトと同じ褐色の肌をしている。

 燃えるような赤褐色の揺るく波打つような髪の毛はまるで先程見た狼を思わせる。


「なんだよ……」


 俺の視線に気がついたジェミトは身体を起こして、視線を前に向けた。


「真紅の目と褐色の肌……。それに……隣のあのヤマネコみたいな金髪の女……」


 ジェミトに言われて、男の隣に佇んでいる女性に気が付く。

 先程の記憶で狼に物おじせずに話しかけていた金髪の女性が、男のたくましい傷だらけの腕に真っ白な腕を絡みつけて微笑みを浮かべている。


「カヤール……そいつは化物だ。いいから大人しくそいつと離れろ。オレたちがそいつをなんとかするから」

 

 金髪の女性と、背の高い褐色の男の前に一歩進み出た男は、眉尻を下げて困った様子で女性の方にそう話しかけている。

 脳内に響いていた声と同じ声だということに気がついた俺は、この記憶の持ち主であろうその細身の男に目を向けた。

 白金色の髪の毛は、サイドが短く刈り上げられていて、ギリギリ結べる程度に長さの残る頭頂部の髪を後ろに流してまとめている。

 ジェミトと似たような髪型をしている男は、もしかしたら領主のような立ち位置なのかもしれないな……と隣にいるジェミトをチラ見して考える。


 困ったような顔をしている細身の男の心配を余所に女性はニコニコとした可愛らしい笑顔を崩さないまま、褐色の男に抱きついた。


「ヤフタレクは確かに化け物かもしれないけど、私たちのことを食べるようなことはしないわ!この前だって森に行ったとき、真っ黒なお化けから私を守ってくれたもの!」


「でも……そんな人の姿に化けられる魔獣は……」


「コダルトの言うこともわかるけど……でもこの格好だって本当はすごく嫌がってたけどみんなが本当の姿を怖がるからって頑張って変身してくれたのよ?」


 ヤフタレクと呼ばれている褐色の肌の男はどうやらさっきの狼らしい。

 ヤフタレクは気まずそうに鋭い三白眼の中で真紅の瞳を泳がせるが、カヤールはそんな彼の服の裾を掴んで引っ張ったままコダルトの弱々しい言葉に反論をする。

 しばらく、カヤールとコダルトの軽い口論……というよりも、カヤールがヤフタレクの良さを一方的に語る展開が続いた。


「あの頭の中に響く声と、このやりとりでなんとなくわかったけどよ。コダルトってやつの想い人はカヤールちゃんだよな?修羅場ってやつじゃん?」


「だろうな……」


 密かに想い続けていた相手がぽっと出の化け物に心を奪われた。それをどうにか諦めさせようとしているけれど、相手は化け物を好きで心が動きそうにない。

 確かに修羅場というやつだな……と変に納得して俺はジェミトの言葉に頷いた。


「お。展開が進むっぽい?すげーな。昔見た演劇みたいだ」


 馬の足音に一足先に気がついたジェミトが呑気な様子で遠くを見た後、眉を顰めたのが見えて、俺もこいつの視線の先を追う。

 そこにいたのは俺が良く見慣れた魔法院仕様の真っ白な鎧に身を包んだ兵士たちだ。

 今の魔法院で採用されている鎧とは所々違っているが一番目立つ違いと言えば胸に刻まれている紋章が角を一本持つ馬ではなく蛇の紋章だということだった。

 村の人々もそれに気がついたのか馬から降りてきた兵士たちを見て穏やかな表情を一変させる。

 人に化ける魔獣よりも嫌われてるとはすごい人徳だな……なんて苦笑いをしながら俺は様子を見守った。


魔法会マギカ=クーリアの連中……こんなときに……」


「我々を知っているのなら話が早い。そこの娘を今度こそ引き渡してもらおう。研究に必要なのだ」


 村の人々を少し乱暴に推し避けながら魔法会と名乗った連中はコダルトの目の前に進んでくると、とても高圧的にそう要求した。

 その高圧的な様子に対してコダルトや村の人々だけではなく、ヤフタレクも不快そうな表情を浮かべて、カヤールを庇うように彼女を自分の姿で隠すように一歩前へ進み出る。


「な、魔法会マギカ=クーリアってなんだ?魔法院マギカ=マギステルじゃねーのか?」


魔法会マギカ=クーリア……魔法院マギカ=マギステルの前身組織だということだけは話に聞いたことはあるが俺も自分が生まれる前のことは詳しく知らない」


「そりゃ魔法院が出来る前のことなんて誰でも生まれてないに決まってるじゃねーか。あんたも面白い冗談言えるんだな」


 口を滑らせた……と思ったけれど冗談だと思ったみたいでジェミトは声を出して笑った後、魔法会マギカ=クーリアの兵士たちとコダルトたちの諍いに視線を戻す。

 不自然に思われないように俺もジェミトの視線を追うように村人の輪へ目を向ける。 

 言い争いと軽い押し合いのようなものが始まってる様子を見ながらも、この記憶がいつのものなのか思考を巡らせる。

 確か、魔法会マギカ=クーリアが、魔法院になったのはこの後角ありの耳長族がアルパガスの城から機械を持ち出しホムンクルスの大量生産の技術を確立した後……。

 労働力の提供と魔法研究によってアルパガスの支配下にあった土地のおよそ2割を奪還してからのことだと昔聞いた気がする。

 つまり、この記憶はそれよりも昔の記憶ということか……。

  

「お前らは神の御子みこをさらっておぞましい実験をしているって知ってるんだ!さらった子を耳長族を使って孕ませ、その子達をアルパガスの生んだ魔物に喰わせているってな」


 神の御子……聞いたことがある気がする……なんだったかな。

 ジェミトとの会話を切り上げ、俺は気になる単語を話しているコダルトと兵士に意識を戻した。


「本当に……最悪ないい趣味をした組織だねぇ昔っから」


 そんなふうに声を漏らす俺の横で、ジェミトは苦虫を嚙み潰したような顔をしながら、白い鎧に身を包んだ男のことを睨みつける。

 そうだな。ヒトの姿をした素材を使うことに慣れてないやつらには特に嫌悪感が強い話題だよな。ケトム・ショーラでも魔法の使える村人を魔法院によこせって揉めたばかりだし……。

 余計な刺激をしないように口を噤んで再び会話に耳を澄ませる。


「……ヒトの為になる尊い犠牲になることこそ、神の御子の生き残りがすべきことだと思わんかね?我々にとってはこんな辺鄙なところにある村、あってもなくても関係ない。アルパガスの息のかかった村ということで消し去ってもいいんだぞ?」


 コダルトを押しのけ、下劣な笑いを浮かべた鎧の男が、ヤフタレクの背後にいるかヤールの白くて細い手首を無理やり掴んだその時、赤い閃光が男の首元を横切ったのが見えた。

 突然の光にその場にいる全員が、起こった出来事を把握出来ずにその場は一瞬の静寂が訪れる。

 静寂の中、何か重いものが土の上に落ちて潰れたような音がして、一斉に音の下方へと大勢の人間の視線が動く。

 彼らが目にしたのは、カヤールの手首を掴んだ兵士から切り離されて地面に落ちた首と、血を流しながら地面に重い音を立てて倒れた体だった。

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