1-7:His Duties-彼の職務-
カティーアの正体を知ってから、しばらく経った。
ここに来たばかりの頃は、庭の木々の青々としていたけれど、いつのまにか黄色や赤に変わり、今ではすっかり枯れ落ちてしまっている。
ここでも、時々雪が降った。箱庭にいたときの方が雪が多かった気がする。
あんなことがあったけど、私は結局カティーアのそばにいるし、仕事にも一緒に出かける。
少し変わったことと言えば、彼が魔物と戦う様子を隠さなくなったことくらいだ。
私と一緒に出掛ける仕事というのは、
「弟子なんて嘘を吐かないで、最初から囮のために使うと言ってくれればよかったのに……」
「……あのなぁ」
「
「物分かりが良い
「……伝説の英雄ですよ? 逃げられるはずも、殺せるはずもないです。それに……役立てるのが嬉しいんです。この体質のせいで……故郷では疎まれていましたから」
「……物分かりが良すぎるのも問題だとよぉくわかった……」
本音だった。カティーアは、そんな私の顔を見つめてくる。目を逸らさないでじっと見つめ返すと、彼が大きな溜息を吐いて先に視線を横へ外した。
たとえ使い捨ての道具だとしても、疫病神のような何の価値もないと思っていた性質が、誰かに求められ役に立つのはうれしい。
それに、役立てているのかわからなくて、いつ見限られるかわからないよりも、いつか使われるから、それまではそばにいれる。こちらの方がわかりやすくて楽かもしれない。
現実逃避なのかもしれない。でも、以前よりも少しだけ楽になった。
「さーて、今日もお仕事へ行きますか。帰宅したら飯にしよう」
グーっと伸びをして肩を回す。
それから、手首を揺らしながらピョンピョンと跳ねる。遙か昔から生きていると言われても信じられないくらいカティーアの見た目は若い。あの時、失った腕が生えてくるのを見ていなければ、信じなかったと思う。
「セルセラ、頼む」
首を縦に振ったセルセラが地面に手を当てる。すると、土からは大きな茨の蔦が勢いよく生えてくる。茨は、ぐるぐると絡み合うと私の周りを取り囲んだ。
魔物から私を守る為……というよりは、カティーアの魔法から私を守るためなのだとあとから気が付いた。
彼が近くで戦うと、魔物の体の欠片とか、石とか木が飛んでくる。それをセルセラの作る茨の檻は弾いてくれた。
たかが消耗品のはずだけど、彼は私が傷つくことを何故か嫌がった。
屈伸をして、辺りを見回しているカティーアに、木々の間から魔物が突進してくる。巨大なクマに似たその魔物は、彼の前に立つと後ろ肢で立ち上がり、前肢を振り下ろす。
フッと唇の片側だけあげて、ニヤリとカティーアは笑った。彼が拳を握ると、腕の周りには炎が巻き付くように現れる。一瞬で魔物の胸には穴が開き、カティーアは紫の粘液まみれになった腕を大きく振ってベタベタを振り落とす。
物語で読んでいたカティーアは剣を使う場合もあるけれど、ほとんどは詠唱を伴う魔法を操って戦う人物として描かれる。
でも、私が目の当たりにしている実際のカティーアは、呪文の詠唱もしないし、炎や氷、雷を魔法陣から放つなんてことは滅多にしない。
「そういえば、物語にあったような戦い方ってしないんですか?」
「
「呪文の詠唱や魔法陣を描くことで、精霊の力や魔素を反応させるんですよね?」
それでも、大体の魔法使いは小さな火の球を作れればすごいと聞いていたけれど。
「まあそうだが……俺は妖精に好かれやすいんだ。
次々に来る魔物を片付けながら、カティーアは私の質問に答えていく。
彼の右腕に、地面から影のように伸びてきた大蛇の魔物が巻き付いた。
「今日は面倒な魔物が多いねえ」
左腕に嵌めているガントレットの指先に魔法を纏わせて、絡みついた魔物を腕ごと切り落とす。
それから、カティーアは勢いよく地面を蹴った。
高く跳び上がった彼の足には、腕と同じように渦巻く炎を纏わせている。地面に向かって勢いよく着地すると、地面が焼き焦げた。その衝撃でパラパラと飛び散った小さな石片を、セルセラの蔓が叩き落とす。
「しつこいな」
着地の直後を狙って、大きな顎を持つ蜥蜴の魔物が地面から飛び出してきた。カティーアの左足をばくりと食べたが、次の瞬間、彼の雷を纏った拳で頭を吹き飛ばされて絶命する。
耳長族ではない種族……特に私達と同じヒトという種は、魔法が苦手だ。
炎や雷を呼び出すような魔法を使える者は本当にごく僅からしい。
ヒトが使えるのは、人の体を少し丈夫にしたり、鎧を少しだけ硬くする魔法。あとは、病を治す薬を作ったり、悪霊や魔物除けを作って売ったりする。……こういう言い方はよくないけど、ヒトの魔法使いは地味な仕事ばかりだ。
それでも、耳長族との混血なら魔法が使える可能性も出てくる。
小さな炎や氷をちょっと魔法陣から出すだけで、天才扱いだ。村総出でお祝いをされて、魔法院の
それを考えると、ヒトであるカティーアがここまで魔法を使えるのは異様なことだ……というのは私にもわかる。
「休憩っと……右腕はいいけど足がないと不便だな」
戻ってきたカティーアがこちらに戻ってくる。セルセラが蔓を動かして作った入り口を潜ると、私の横に腰を下ろした。
彼の頬や背中にある小さな切り傷がなくなっていく。
先ほど、蜥蜴の魔物に食べられた左脚と、右腕もあっと言う間に生えてきた。
「魔法は……
「詠唱や魔法陣を構築する魔法は発動までに時間がかかる。その間、俺は無防備になるし、流石に高度な魔法を使う時に体が損傷して、再生させるのもバカみたいだろ? それなら、簡単な魔法を体に纏わせて戦う方が効率的だ」
彼を守る人がいたら……話はちがうのかな。私に魔法が使えれば……セルセラと私が彼を守れるのに。
でも、私を守る為にセルセラを使うなら、
生えたばかりの手足を馴染ませるように、曲げたり伸ばしたりしているカティーアの横で、セルセラが大きな溜息を吐いた。
「身体再生に使った魔力も
つまり、彼は低いデメリットで単騎で魔法使いと兵士どちらの役割も熟せる最強の兵器ということだ。
「あの……私のことは」
左腕に目を向ける。でも、漆黒のガントレットと肩まで覆っている腕布のせいで獣の呪いがどうなっているのか私にはわからない。
一声「いつ使いますか?」と言おうとして、新しいブーツの紐を結び直している彼の顔を覗き込んだ。
でも、その一言を言う前に、彼は勢いよく頭を上げた。
「さ、あとひと頑張りしてくるか」
目が合いそうになった。でも露骨に目を逸らされた気がする。
彼はサッと立ち上がると、再び蔦の合間をくぐり抜けて結界の外へ出ていった。
私みたいな体質のヒトは、どのくらいいるのだろう。私が育った箱庭以外にも、似たような設備はあると聞いているのだけれど。
所詮、私たちは体質が変わっていると言うだけで、替えの効く道具だ……と思う。だから、そんな私たちを使ってでも、偉大な魔法使いである彼を生かすのは正しい。
だから、遠慮無く使って欲しいと今では思ってる。
キチンと大人しく使われるから、せめて、痛いとか苦しい時間が少なければいいなってお願いをすれば、彼は聞いてくれるだろうか。
「頭から粘液をかぶっちまった……害はないが……感触が気持ち悪い」
考え事をしているうちに、カティーアが再び戻ってきた。
頬と腕に切り傷がある。ひとしきり暴れてきたみたい。魔物が破裂して紫色の粘液を頭から被ったんだと言って、頭を差し出しながら腰を下ろした。
近くにある布を手に取って、彼の髪から粘液をを拭う。柔らかい髪をワシワシと布越しに撫でているみたいで不思議な気持ちになる。
「きれいになりましたよ」
「ありがとう」
頭を上げたカティーアは、私の顔を見て目を細め、眉尻を下げた。それが優しそうに見えて、また勘違いしそうになる。
そんな私の気持ちを知らない彼は、座ったまま蔓の合間から囲いの外側へ目を向けた。
「今日は災厄級が3体……小型の群れが3つに大型が5体ってところか。ジュジがいると本当によく集まってくるな」
「この前本で読みました。本来、大型の魔物だけでも魔法院が正式に白鎧部隊を派遣する規模のものだと書いてありました。あなたは……そんなものを何体も一人で倒すんですか?」
無理をしすぎなのでは?
そう思った。私が使われるのが怖いわけではない。
彼は、一瞬だけ目を伏せて、それからいつものように唇の片側を持ち上げてフッと息を漏らすように笑った。
「それが仕事だからな」
大きな音がした。
近くで、大きな木が何本か倒れる。溜息を吐いて、頭をわしわしと掻いたカティーアが怠そうに立ち上がった。
「いい子にしてろよ?」
振り返ってわざわざそう言った彼は、木々を倒しながら出てきた巨大なナメクジみたいな魔物につっこんでいく。
魔物の分類は、箱庭にいる間に教えられていた。
でも、細かい危険性はカティーアの家に置いてある本を読んでから知った。
普段、彼が仕事で倒すのは「厄災級」と呼ばれるものだと思う。体も大きくて、危険な生物を模倣している攻撃性が高い魔物だ。
それに、厄災級と呼ばれている魔物は、狡賢だ。人の悲鳴を真似てヒトをおびき寄せたり、姿を変えて影に潜んで奇襲をかけたりする。
災厄級の魔物は、一匹出現しただけでも耳長族の魔法使いと白鎧の兵士の混成部隊を二つ以上動員して戦うべきだと書いていた。小型の魔物などは、その地域で適当に雇った傭兵や兵士志願者などで討伐するとも書いてあるけど……。
彼は、そんな危険な魔物を複数相手取っても負けることはない。
魔物の被害は無視出来ないし、魔物から取れる不思議な殻や骨は色々と便利なのは知ってる。
だから、
カティーアを常に消耗させておくことは、戦争があるなら不利になることだ。でも、平和な時なら……こんな生きる兵器みたいな相手が万全の状態だと……困る?
そんなことを考えていると、蔓の籠が開いて、ふらついたカティーアが戻ってくるのが見えた。
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