7-18:The vicious beastー狂獣鬼「ゼン・ヘン」ー

我らの姫ジュジ肉の殻無き者こちら側としての振る舞いを知らぬからな。内に眠る我らが姫を補助するために自我を得た」


 壁から生えているツルは、守護者デウンを支えながら体の動きに合わせて左右に小さく揺れる。


「ジュジはそっちには行かないし、お前らも必要ない」


 ジュジと同じ顔であいつら妖精たちと同じことを言うこいつにイライラが募る。

 フィルが連れ去られたりせずに、自分のすぐ後ろにいることを確かめてから、正面で腕組みをしている守護者デウンを名乗る女へ視線を戻した。


「クフフ……まあ、怒るな。我は姫の意思を尊重するためにここに姿を現したのだからなぁ。問答無用でお前を捕らえることも出来るのだぞ?」


「……話してみろ」


「あの白蛇の小僧が混ざり物の姫ジュジに喰わせたのは、冬を告げる女王を運ぶ獣……混沌と夜の申し子リュトーンの毛」


 白蛇の小僧……恐らくミエドのことだろう。白蛇カガチの遣いだからなのか、あいつの正体が蛇だからなのかはわからないが……。

 夜が訪れる度に生まれ変わる不滅の獣鷹馴鹿リュトーン、理性も知性もない獣だと聞いているが、ジュジにどんな影響を与えたのだろう。


「旧きまつろわぬ神の獣からどうくすねたのかはわからぬが、それは混ざり物の姫ジュジの中で眠っていた肉の殻無き者たち妖精たちの力を目覚めさせるには十分な刺激であった」


 謳うように、守護者デウンが話すのを俺は黙って聞くことしか、今は出来ない。


「旧き神、異界から来た神の獣、古都の神、豊穣の神の分身、呪われた同胞はらから……神の器となるべきアークは満たされ、そして零れた」


「なにをいってるかあたしには全然わからねえ」


 頭をガシガシと掻いてそういったフィルに、俺と守護者デウンの二人分の視線が注がれる。


「……霧に紛れる者妖精や精霊共ってのは、みんなこんな話し方だが……まあわからなくてもいい。あいつらは俺たちとはことわりも在り方もちがうものだからな」


「クフ……混ざり物の姫ジュジの良き友、姫の加護を受けし者よ。お前も神の御子の血を継ぐ我々の愛し仔だな? ここからの話はお前の力と、外にいる肉の殻を持つ者同胞の力も必要になってくるぞ。心して聞くがいい」


 頭から生えた茨をうねうねと伸ばして、フィルのことを指した守護者デウンはそう言って話を続けようとする。


「どういうことだ」


「時を刻まぬヒトの子、お前の魔力と周囲から吸い上げる魔力で混ざり物の姫ジュジはこの揺り籠を作って……そして眠っている」


 守護者デウンの頭から伸びている茨が蠢いて、俺たちの目の前に鳥かごのような形を作ってみせた。

 茨のツルで出来た鳥籠には、薔薇色の光蟲ランプシーが一匹閉じ込められている。


「……我らが姫は、甘き夢の世界からお前を吐き出し、今は再び眠りに就いている。……ああ、丁度良い」


 わざわざ光蟲ランプシーを鳥籠から出す演出までした守護者デウンが話していると、地響きのような音が響いて部屋全体が大きく揺れた。

 話を切り上げて、にたりと笑いながら視線を俺たちの背後に向けるこいつの視線を追いかけて、俺とフィルは後ろを振り向く。


「クフフ……あれらの獣が、蛇の小僧によって混ざり物の姫ジュジに喰わされた力の影響だ。我らもアレらには手を焼いていてな。アレらが暴れているお陰で我らの姫は眠りから覚められない」


 視線の先にある壁の表面を覆っていたツルが何本か解け、向こう側が見えるようになった。

 壁向こうには、小さな家一軒くらいの高さはありそうなくらいの獣が一匹、地団駄を踏んで暴れ回っている。

 枝に似た大振りで褐色の角は 毛長鹿トナカイのようだが頭は狼に似ている。ところどころに苔が生えている毛皮で覆われている体は黒く、羆に近い体型の獣だ。


「まつろわぬ神の乗る獣には肉の殻無き民我ら妖精の作法も言葉も通じぬ。あの獣……そうだな狂獣鬼ゼン・ヘンとでも呼ぼう。あやつらも、まつろわぬ神が乗る獣と近しい性質を持つのであろう」


 狂獣鬼ゼン・ヘンが遠吠えをすると、空気が震える。

 小さく漏らしたフィルの悲鳴に気が付いたのか、光を全て吸い取ってしまいそうな漆黒の双眸がこちらを向いた。

 狂獣鬼ゼン・ヘンが吼えながら、高く持ち上げた両腕を壁に叩き付けると、部屋が激しく揺れる。 


「あれらは我らと同じく混ざり物の姫ジュジより生み出されたものだが、理性にも知性にも囚われぬ負の感情達はああして母の殻を砕き、外へ生まれ出でようとしているのだ」


 壁に生えているツルを引きちぎり、暴れ狂う狂獣鬼ゼン・ヘンをみながら、守護者デウンは他人事のようにそういった。


「あの獣らにちいと躾をしてくれ」


 簡単そうに言いやがる。そう思ったが口に出さずにいると、守護者デウンとやらは俺の気持ちを見透かしたようにニヤリと笑い、それから言葉を続けた。


「外側に迷惑もかけず、混ざり物の姫ジュジのお前を出せという意思も尊重し、そしてお前の愛しい相手の目も覚める。お前達に得しか無い条件であろう?」


「言うことを聞いてやりたいのがは山々だが、あいにく俺の魔力は枯渇寸前だ」


 俺の魔力が万全だったとして、気楽に戦える相手かというと、そんなことはないが……。

 このまま戦っても一方的に嬲られるのがオチだ。

 不満を口にすると、守護者デウンは深緑色の目を丸く見開いて驚いたような表情を浮かべた。それからすぐにフィルを指差しながら悪戯っぽく唇の片側を持ち上げて笑う。


「魔力ならほれ、そこに我らが愛し仔がいるだろう? お前の使っていたアルカとやらと本質は変わらぬ」


 舌打ちをする俺を無視して、守護者デウンは呑気な表情を浮かべながら頭から生えた茨をわさわさと揺らす。


狂獣鬼ゼン・ヘンを大人しくさせれば、外に出してやると約束しよう。なに、あやつらが大人しくなれば我らが姫も目を覚ますだろう。自らが造りだしたまがいものとはいえ、外に出たがる神獣を檻に閉じ込

めるというのは莫大な魔力を消耗するからなぁ」


 ジュジと同じ顔と声で、ジュジがしないような「ひっひ」という悪辣な笑い声を漏らして、守護者デウンは体を仰け反らせた。

 そして、ツルを操ってこちらへ近付いて来たかと思うと、先ほどから無言で立っているフィルの目前に移動をする。


「我らが愛し仔とその姉よ、こいつに魔力を渡したらお前を姉共々先に外へ運んでやろう」


 不思議そうな表情を浮かべたあいつの顎を指先でクイッと持ち上げた守護者デウンは俺を指差しながら、フィルにそう耳打ちをした。

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