Qatia

6-1:Exotic Serpent Lordー異国から来た富豪ー

「さて……塔へ帰るか」


「はあーい」


 宿から出た俺たちは、買い物をそれぞれ済ませて、再び集まった。

 日も傾き始めている。今のうちに塔へ戻っておこうということになり、妙に間延びさせた返事を聞きながら俺は大通りへ向かう。馬車の手配をしようと大通りへ出ると、白い鎧の兵士とそれに引き連れられた青鎧の兵士たちが数人、こちらへ駆け寄ってきた。

 外套に隠しながら武器を握る。いざというときは騒ぎに乗じて逃げてしまえばいい。そう思いながらジェミトと無言のまま目配せをしてうなずき合った。


「やあやあ、ハシアーク卿のご子息と、その御友人方お待たせしてしまったようで申し訳ございません」


 俺たちの前に来た兵士たちは、そう言うなり揃って恭しく頭を下げる。

 敵対をするのかと思っていたが、そうではないらしい。


ハシアーク卿のご子息方が来たことを、つい先ほどお伺い致しまして……。性急にとのことだったのですが何分急なことで手が回らず」


 ハシアークでピンときた。ヘニオも面倒なことをする。

 ローブで腕を隠しながら鶴革の袋コルボルドに手を入れる。黄金のなるべく派手そうな腕飾りを幾つか取り出してサッと腕に付けた。

 小さく溜め息をつき、兵士たちに背を向けるついでに首を傾げているジェミトの耳元に顔を寄せた。

 

「武器はしまっていい」


 俺から耳打ちをされたジェミトは兵士たちを睨みながらも、武器から手を離す。

 それから、心配そうな表情を浮かべているジュジの頬を軽く撫でて、兵士たちの方へ向き直った。


「いつまで経っても迎えのものが来ないのでどうしたものかと、立ち往生していたのだ。ハシアーク白い塔魔法院にわざわざ立ち寄ってやろうと足を運んだというのに」

 

 大きな溜息を吐きながら肩を落とす。

 俺が芝居がかってわざらしいくらいに尊大な態度を取ると、兵士たちは目に見えて焦りはじめた。

 ジュジ達が背後で少し怪訝な表情をしている気がするが、仕方が無い。後で事情をしっかり話そう。

 俺は、顎を少しあげて狼狽える兵士たちを眼細めて睨み付けた。


「俺様をハシアーク家の者だと認めた上で、立ち話を続けるつもりか??」


 腕組みをしようと体を動かせばジャラリと先ほど身に付けた装飾品が上品な音を立ててぶつかりあう。怒っている様子のハシアーク家の者をなんとか鎮めようとする白鎧の背後で、青鎧の兵士たちが慌てて御者の屯所へ駆け込んでいくのが見える。

 嫌味を三つほどぶつけ、しまいには見かねたジュジが「あの……」と間に入りそうになる始末だ。どうすべきか考えあぐねていると、大きな馬車を引き連れてきた青鎧がようやく白鎧に声をかけた。


「誠に申し訳ございません。ようやく馬車を手配出来たようです。私どもの不手際でハシアーク家の方々に不備を働いてしまったことはこの通り深く反省しております……何卒命ばかりは」


「ふん。まあいいだろう。お前たち、粗末な馬車だが乗ってやってくれ」


 真っ白な六頭の馬に牽かれた大型の馬車が俺たちの目の前にやってきて止まった。粗末どころかこんな港街によくあったなというくらいの豪奢な馬車で内心驚きながらも、大富豪の傲慢な子息という振る舞いをせざるを得ない状況だとこうでも言っておかねば示しが付かない。

 御者がうやうやしく頭を下げながら扉を開いたので、俺は兵士を軽く睨み付けて馬車の方へ体を向けた。

 それから、先ほどからずっと戸惑った表情を浮かべているジュジの手を引くために、振り向いて身を乗り出す。彼女の体を抱き寄せるようにして耳打ちをした。


「魔法院からの迎えだ。とりあえず話を合わせてくれ」


 無言のまま首を縦に振ったジュジが馬車に乗り込み、隣へ座ると他の面々も次々と客車に足を踏み入れる。


 御者は少々怯えた様子で客車の扉をそっと閉じて、馬の元へ向かったようだ。

 すぐに馬車は走り出したようで、小さいながらも透明なガラスが貼られた窓の向こうへ移る景色が動き始める。

 客車の前方には、伝令用の開閉できる小窓が一つ設けられているだけのようだ。ここを開かなければよほど大きな声で騒がない限りは外に会話が漏れることもなさそうだ。

 ようやく肩の力が抜ける。どっと疲れが襲ってきたような感覚に襲われながら、鶴革の袋コルボルドから首に巻くための装飾品と耳飾りを取りだして身に付けた。

 ヘニオめ。面倒なことをしてきやがってと内心毒づいていると「すごいな……」とジェミトが声を漏らす。


「事情を話しそびれていたな」


 さっきの態度は呆れられて皮肉の一つでもいわれても仕方ない。そう思って視線を向けたが、それは俺の考えすぎだったようだ。

 ジェミトの声は、馬車の内装を見て出た物だったらしい。ジュジも、ジェミトの言葉に頷きながら彫刻の細かさや、扉にあしらわれた磨いた竜牙製の取っ手をそっと指で撫でる。


「粗末って言うから、私、すごく驚きました」


「事情があるんだ……。この馬車は実際貴族共が乗る物の中でも高級品だろうよ」


 この人数で乗っても広々と出来る馬車は確かになかなかあるものではない。よくたまたま街を走っていたものだと感心する。

 綺麗な金細工が施してある窓枠や天板に目を向ける。水鳥の羽根を模した細工が天板の四方を囲う。

 窓枠に沿ってツタと葉を形取った細工が伸びている。

 絢爛豪華に飾り立てられた馬車はこの街の中でも珍しいらしい。道行く人々が溜息交じりにこちらを眺めているがわかる。


「機嫌が悪いのかと思ってたぜ」


「……ったく。アレは演技だ。いくら俺だって、好き好んで兵士共に偉ぶりたいとも財を見せつけたいとも思っていない」


 シャンテと俺の会話をおもしろそうに聞きながら外の景色を眺めていたジェミトが、何か思い出したような表情を浮かべて俺を見た。


「そういや、ハシアーク卿ってなんのことだ」


 ちょうど説明しようとしていたところだ。目的地も見えてくるだろう。

 石畳で舗装された道をゆっくりと走る馬車は、街を離れて森へ向かっていく。


「魔法院が用意した偽の身分だ。といっても、存在しないわけじゃない。実際にある名家に金を払って買った名義らしいがな」


「名家って言ってもいろいろあるだろう? 魔法使いだとか、血筋が旧いとか」


ハシアーク家は西の大陸で有名な富豪だ。俺も数回見たことがあるが、態度の大きな成金野郎だ。だから魔法院が金で名義を買えたんだがな」


氷の蛇魔法院はそんなものまで用意してくれるのか。大したもんだな」


 座席の背もたれにもたれかかったジェミトが半ば呆れた様に言ったことに、俺は同意を込めて頷きながら話を続けた。


「俺がハシアーク家の名を名乗るときは確か……ハシアーク家の第二子の身分を使えと言われていたんだ」


「……詐欺師みたいだ」


 横から口を挟んできたフィルは、それだけ言ってすぐに外へ視線を戻した。


「まあ、否定はしない」


 ジェミトの「大変だな」という言葉で少しだけホッとしながら、すぐ隣にいるジュジへ目線を向ける。彼女はフィルの方へ身を乗り出して、なにやら外の建物や景色について教えているようだ。

 腕組みをして、目を閉じる。貴族向けの馬車だけなことはあって、揺れはするが苦痛なほどではない。

 今日は色々あって疲れた。常若の国ティル・ナ・ノーグ現世うつしよと同じく、過去と今は時間の流れがちがうのか、あいつらにとっては俺とジュジが丸一日寝ていたように見えていたのだとジェミトが教えてくれた。


「こちらの大陸では小型のドラゴンも輸送用に使っていて……」


「ドラゴンって港で見たあの大きな蜥蜴だよな」


「あれで小型なのか?」


 楽しそうにジュジ達が交わしている会話にだけは耳を傾けていると、魔法院から出てきたばかりの頃を思い出す。

 あの頃は犬の姿だったジュジに、色々教えたのが昔のことのようだ。

 成体おとなになったばかりの彼女は、箱庭から出たことがなかったこともあり様々なことを知らなかった。だが、成体になりたての個体は二年もあればすっかり様変わりをするよう。今のジュジはほとんど同世代のシャンテやフィルよりも少しだけ大人びて見える。

 ずっと同世代の個体と関わる機会を持たせてやれなかったな……と少し心配していたが、精神的にも参っていないようで安心した。

 ヒトの個体を長期間育成した経験は流石にないし、俺自身も一般的なヒト族の家庭というものには疎い。

 特定の誰かと共に生きていくと決めてから、自分には足りないことが山ほどあるのだと今さら知った。堪えないことはない。だが、幸か不幸か俺にも彼女にも時間はたっぷりあるはずだ。

 今後、魔法院をうまく利用して、俺たちに足りないものを埋めるのも悪くはないし、興味も無かったし、知るつもりも無かった魔法院中枢部の揉め事についても、向き合わないといけないらしいしな……。

 うとうとと思考整理をしていると、フィルとシャンテの大きな声が聞こえてきた。窓の外へ目を向けると、あの白くて縦に長い建物が見えた。


「あの遠くに見える白い建物が白角コルヌスの館だ」


白角コルヌス……なんでそんな名前が?」


 森の中に佇んでいる屋根も壁も真っ白な館を指差したフィルが、俺の方を振り向く。


「磨かれた石で作られている円形の館が竜の角に似ている。だから白角コルヌスと呼ばれている。貴族や王族みたいな来賓を持てなす時に使うんだ」


 まさかここに客人として招かれることになるとは思わなかったが……。

 ヘニオの魂胆はわからないが、簡単に済む用事ではないと思っていた方が無難だ。


「もう少し寝る。着いたら起こしてくれ」


 考えることが億劫になった俺は、ジュジの肩に寄りかかってもう一度目を閉じた。

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