6-2:The Manor of White Hornー白角の館ー

 うとうととしていると馬車の揺れが止まって、御者が扉をゆっくりと開く。

 馬車から降りると、一人の使用人が俺たちを先導して歩いて行く。円形の噴水が美しい石畳の敷かれた庭園を通って、本邸の前まで辿り着くと、石造りの柱に支えられた大きな扉の前で待つようにと告げて使用人は立ち去った。

 太く聳える柱の上部には鳥や植物を模した金の彫刻が飾られていて、どこかの王族が短期滞在用に作らせた宮殿だと言われても違和感がない。

 神を祀る場所や王族たちと同等の設備を作れるという、魔法院の権威を示すためにこのような造りになっているのだが……貴族用の借り家や宿とはまた違った建築物だ。これもジュジの良い経験になるとは思うが……。

 これからどんな面倒なことが起こるのか思案して気が重くなっているところに、フィルとジュジが感嘆の声を漏らすのが耳に入る。


「わあ……」


 何を見ているのかと思えば大きな透明なガラスを嵌め込んだ出窓だった。


「透明なガラスは、村にも有ったが……ここまで大きくて薄いものは珍しいな」


 腕組みをしながら、出窓を見上げたジェミトはそういって首を縦に振る。

 昔はこんなもの珍しくも無かったというのに……と言おうとしたが、水を差すようなので口を噤んだ。実際、少しずつだがこの世界にある技術は退化している。

 魔石の加工技術も、硝子や鉄の精製も昔の方が遙かに優れていると言って過言ではない。アルパガスがいた異界から持ち込まれた超技術テクノロジーを使いこなせる耳長族は全員死んだ。

 西の大陸も東の大陸も技術者の行き来を規制している上に、少しでも突出した力を持てば魔法院が手を回して魔物に襲わせたり、俺みたいな便利な駒を使って国力を傾かせる。

 魔物のせいにして街や都市を滅ぼしたことも、異界から流れ着いた異能者に悪の都だと唆して殲滅をさせたことも何度もある。過去のことを思い出して、ほの暗い気持ちになりそうになったが、今はそんなことを考えている場合ではないと気分を切り替える。


ハシアーク様、よくいらっしゃいました。こちらへどうぞ」


 灰色の仕着せを来た従僕が大きな扉を開いて、俺たちを館の内部へ案内した。

 俺たちが通された大きな広間は奥には階段が伸びていて、一段高い場所にある踊り場には一角獣ユニコーンを描いた大きなステンドグラスが嵌め込まれている。


「きれい」


 目を輝かせてステンドグラスを見つめるジュジの横顔を見て「まぁ、ここに来たのも悪くはない」と思い直しながら、ゲストルームに続いているのであろう踊り場から左右に伸びる通路へ目を向けた。

 階段横にある通路でも、ゲストルームに続く通路でも何人かの使用人が慌ただしく行き来をしている様子が窺える。

 普段なら来賓があったとしてももう少し静かなものなのだが、今日は本当に急に人を招くことを報されたのだろう。予想するに、俺たちがイガーサの墓所を出た時、ヘニオに何らかの形で報せが行き、俺たちを留めるように兵士たちに伝令が伝えられたに違いない。

 通信用の魔石もないなかで、よくまにあったものだと感心をするが……急に気難しい富豪の接待をしないといけなくなった使用人たちを少しだけ気の毒に思う。


ハシアーク家の御子息様と友人の皆様、本日はお迎えに上がるのが遅くなってしまい申し訳ございません」


 部屋の奥から現れたのは薄い青色をした胴衣を身に付けた壮年の執事だった。彼は、突然来た訪問者に対して礼を尽くすように優雅に腰を折り、こちらへ深く頭を下げる。


「かまわん。部屋へ案内して貰って構わないか?」


「もちろんでございます」


「で、館の主はどうした? 挨拶に来ないのはどういうことなのか聞かせろ」


 にこやかに答える執事に頭をあげるように言いつけ、一応館の主であるヘニオの所在を確かめた。


「申し訳ございません。主人は予定の都合がつかないそうでして……。明日、改めてご挨拶に向かうのでくれぐれも無礼のないように客人を持てなせと申しつけられております」


「お前たちを殺して遊ぶのもつまらなそうだ。明日まで館の主を待ってやることにしよう」


 西の大陸と東の大陸は、行き来する人間や物資が制限されている。文化も詳しく知られていないので下手に同大陸の貴族を名乗るよりも誤魔化しがしやすい。

 細かい儀礼的なやりとりや、立ち振る舞いが多少間違えていても怪しまれにくいが……それも俺が一人の時に限る。下手なことをしてフィルやシャミトがボロを出す前にさっさと部屋に引きこもってしまおう。

 揃いのお仕着せをした使用人たちが、フィルたちの荷物を運んでゲストルームへと向かっていく。俺は、立ち去ろうとした執事に声をかけた。


「ああ、それと……この娘は私の伴侶だ。部屋は同室にしてくれ」


 なるべく分断させられることは避けたい。少なくとも、招かれたからと言って安心出来るような信頼は魔法院にはない。

 俺を嵌めるだけの罠を用意できるとは思えないが、ジェミトたちに関しては別だ。いくらでもやりようはある。


「主人がいないのならば、同郷の者だけで楽しみたい。料理を運び終わり次第、こちらへ人の立ち入りを禁じてくれ」


「かしこまりました」


 傲慢な客の我儘には慣れているのだろう。

 執事は嫌な顔一つ見せずに、使用人たちに指示をする。


ハシアーク様、こちらへどうぞ」


 俺たちは、案内されたところへ素直に歩いて行く。階段上にある右側の通路を進んでいくとゲストルームになっていた。

 部屋を仕切っているのは赤みを帯びた木の扉だったが、縁が黄色味を帯びた乳白色の結晶で装飾されている珍しいものだった。

 西の大陸の奥地をイメージしたものだろう。ハシアーク家に合わせて急遽扉を変えたのだとしたら大したものだと内心驚く。

 扉を開いた先には広間があり、中央に長椅子と軽食の並んだ机が幾つか並んでいる。壁際には飲み物の入った先細りの長い壺アンフォラがいくつか置いてある。

 幾つもある丸みを帯びた木製の扉は、各個室に繋がっているのだろう。

 荷物を長椅子の近くへ置き、俺とジュジには「こちらへどうぞ」と扉を開いた後、残りの一同には好きな部屋を使ってくださいと言い残して、案内役の使用人は足早に去って行った。


「さて、やっと気を抜けるな。ゆっくりしていいぞ」


 一帯に魔法が仕掛けられていないことを確かめてから、俺は一同に声をかけた。


「カティーアとジュジは同じ部屋だろ? あとはバラバラでいいか?」


「まとまっていた方がいざというときに楽ではあるが……まあ、好きにしろ。武器だけ手放すなよ」


 俺たちは一度部屋へ荷物を置いてから広間に集合することにした。

 さっさと一番近い部屋に荷物を放り投げるようにして置いてから、俺は長椅子に寝転んだ。明日までヘニオは来ないらしい。今日はのんびりと食事をしながらこれからの話でもするか……。

 ぐぐっと背筋を伸ばしていると、ジュジが隣に腰を下ろしながら顔を覗き込んできた。


「兵士さんに怒っていた時は、本当にどうしようかと思いましたよ」


 眉尻を下げて心配そうな表情を浮かべるジュジの頬に手を伸ばしながら頭を浮かせると、彼女は俺の頭の下に太腿をすべりこませる。

 後頭部を包む快適な体温と柔らかさに身を委ねると、今度はジェミトが俺の顔を覗き込んだ。


「めちゃくちゃ偉そうな態度だったもんな」


 からかうような口調で言いながら、ニカッと歯を見せて笑うと、ジェミトはジュジの向かい側にある長椅子に腰を下ろした。


ハシアーク家は大体あんな感じなんだから、仕方ないだろ?」


 顔を見合わせながらうなずき合う二人に対して、思わず言い返してから、なんだか俺らしくないなと気が付いて一人で苦笑していると、ジェミトが立ち上がった。机の上に置いてある金のゴブレットを二つ手に取って、壁際に置いてある先細りの長い壺アンフォラまで歩いて行くと、鮮やかな赤の果実酒をなみなみと注いでこちらへ戻っていく。

 人の良さそうな笑顔で飲み物を差し出してくる物だから、俺も仕方なくジュジの太腿から頭をどけて、上半身を起こしてゴブレットを受け取った。俺たちは杯同士を軽く打ち合わせて同時に喉に流し込んだ。

 冷えた酒が冬ではなくても飲めるというのは、魔法院の息がかかった場所での飲食に於いての数少ない利点だ。

 竜の牙を磨いて作った机、太古の魔法樹を磨いて作った皿、銀や金の食器たち。

 食事が並べられている机の隣にある低い木製の机上には、銀の大皿に載せられた細かく粉砕された氷が用意されていた。氷は、いろとりどりの花弁で彩られている。大皿の上には、氷だけでは亡く、銀の小さなカップが置かれていて、中には赤や青、黄色のソースがそれぞれ入っているようだ。


「これ……なんだ?」


 見慣れない食べ物の前で立ちすくんでいたシャンテがジュジを呼びに来た。フィルは皿に盛られた氷を触り、冷たかったからか慌てて手を引っ込めると立ち上がって近付いて来たジュジに唇を尖らせて近寄っていく。

 ジュジは、シャンテから手渡された銀のカップを受け取ると首を傾げ、カップを傾けたり、匂いを確かめるために顔を近付けたりしている。

 少しだけ困ったように眉尻を下げたジュジが、果実酒を飲み交わしている俺の方をじっと見つめてきた。


「果実を煮込んだソースなのはわかったんですけど……カティーア」


 そうやって上目遣いで見られると、ついつい甘やかして物事を教えたくなる。ゴブレットを片手に立ち上がると、ぱあっとジュジが表情を明るくした。


「金髪! お前わかるのかよ」


 ひやかしてきたフィルが、右手に銀のスプーンをもっているので手を伸ばす。食べ物に興味があるのかいつもはなんだかんだ言うことを聞かないこいつが大人しくスプーンを手渡してきた。


「いい子だ」


 銀の大皿の横に置いてある陶器の小皿を手に取って、スプーンで掬った氷を盛り付ける。


「こうして器に盛った氷に……ソースをかける」


 隣で興味深そうに俺の手元を見ていたジュジの手から銀のカップを取って、氷の上にソースをかけた。それから、スプーンの上にソースがかけられた氷を乗せて口元まで持っていく。

 恐る恐る口を開いたジュジが、氷を口の中に放り込んだ瞬間に目を閉じて両頬を手で押さえた。


「口の中で溶けて……これ、お皿には魔法が?」


「あたしも食べたい!」

「おれも!」


 手にしていたカップをフィルとシャンテに譲ってやりながら、ジュジの髪を撫でて頷いた。

 二人は氷の前に並びながら、どの味がいいのか話し合っている。


「よく観察してるな。大当たりだ」


 彼女の肩を抱き寄せて、長椅子まで戻って腰を下ろしてから、皿の仕組みを聞きたがっているジュジのリクエストに応えることにした。

 

「銀の大皿に嵌め込まれている青い宝石は魔石だ。冷気を発する魔石と、鍛冶小人ドワーフが作った銀の皿を組み合わせた食器は、今じゃほとんどお目にかかれないはずだ」


 目を大きく開いて頷くジュジの耳元で「お前が知っている通り、俺の若かった時代には珍しくはなかったんだがな」と付け加えた。

 ちょっとした二人だけの秘密。ジュジはふふっと微笑むと俺の肩に頭を預けて心地よさそうに目を閉じる。


「それで、ジェミト、明日のことだが」


 スパイスを塗り込まれてパリパリに焼かれた鶏肉を頬張っていたジェミトが視線だけこちらへ向ける。


「そいつを飲み込んでからでいい」


 リスのように頬を膨らませていたジェミトは頷くと、少し慌てて食べているものを飲み込んだ。果実酒で喉を潤わせたジェミトは一息吐いて何かを思い出す世に空中に視線を泳がせる。


氷の蛇魔法院のお偉いさんが来るんだったよな。策はもちろんあるんだろ?」


「あるにはあるが……こちらが不利になってまで協力をしなければならない相手ではない」


 俺とジェミトとジュジで、明日の作戦を話し合う。……と言っても油断をするなということと、暴力沙汰は避けたいと言うことくらいで、ほとんどは魔法院についての説明だったが。

 あれだけ魔法院を毛嫌いしていたジェミトが、思っているよりも協力的なのはありがたいことだった。以前の俺なら、意見が違う相手に合わせるくらいなら殺すか洗脳すればいいと思っていたが。

 自分を変えることが出来る……か。変えるつもりがなくても、変わることもあるんだな。

 そんなことを一人で思っていると、ジェミトが手にしていたゴブレットを持ち上げて、俺の肩を突く。一人で考えても仕方ない、か。

 

「頼りにしてるからな」


「ああ、任せておけ」


 そんな言葉を交わして、俺たちは酒を酌み交わした。

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