3-15:Old folkloreー学者の先生ー

「それで、この村に伝わる言い伝えを知りたい……と」


「はい。私は各地に伝わる伝承の研究をしているしがない学者でして……。この地に伝わる炎の狼の伝説をうかがいたいと思ったのです」


 カティーアと名乗ったそいつは、謙遜するように顔を伏せて上品に笑う。

 領主の屋敷……つまりオレの家に招かれて、応接間に通されたカティーアは、ジュジを隣に座らせると、この村の言い伝えを調べに来たと言ってきたのだ。


「ジュジからは、剣の師匠って聞いたけどな」


「はは……剣や戦いは不得手ですが、旅をする上で自衛は出来るに越したことはありません」


 こいつの動きに野盗じみた下品さは感じない。商隊の中に紛れて研究とやらのためにやってくる育ちのいい学者先生とやらに似た雰囲気も、確かにある。


 長椅子にかけられた濃い茶色の外套に目を向ける。ジュジが持っていたものもそうだが、これは良いものだと一目でわかる。

 暗いねずみ色をした長上着と、真っ黒な脚衣……色こそ地味だが着ている服の布地はしっかりとしたものでほつれも汚れもない。

 それに両手にはめている革手袋も、銅や木の腕輪もどれを見ても上等なものをつけているのがわかる。

 こういう値踏みをするような真似は良くないとわかっているが……怪しすぎる者を疑うのは番犬クーストースとして当然の行為だろう。

 しかし、言うことを信じるとすれば、貴族の次男か三男が道楽がてら学者をしている……といったところか。いや、でもあの身のこなしをただの貴族が出来るもんなのか?


「嗜み程度のものですが、この故郷を失った少女にも安住の地を探すまで自分の身は自分で守る術くらいはあったほうがいいと思ったので教えています。しかし……剣の師匠とは照れくさい。私のような不出来な者を師匠と慕ってくれるとは。本当に良い子ですよ」


「あれが不得手って立ち振舞かよ……」


 片手でオレの棒を受け止めて叩き落としたことを思い出して、思わずそんな声が漏れる。

 でも、アレだけ恋しがっていた師匠のことだ。さぞかし再会を喜んでいるんだろうなと、親父とカティーアが話しているのを見ているふりをして彼女の顔を横目で盗み見る。

 ジュジは、さっきまでの嬉しそうな顔は夢か幻覚だったのかもしれないと思いそうなほど不満そうな顔をしていた。

 どういうことなのかわからない。

 でも、今ジュジと目があっても面倒くさそうなのでオレは真面目な顔をしてまた前を向いた。

 前を向くと、親父の背中越しにあいつの師匠の顔がよく見える。

 カティーアは、思っていたよりも若くてジュジが恋をしているということにも納得がいった。

 なんとなく、ジュジが「かなり前に恋人を亡くし、様々な場所を旅をした」と話していたので、オレが想像していたカティーアという人物はもっと年をとっていて、親父くらいか、ちょっとそれより若いくらいの壮年のごつい剣士みたいなものを想像していた。しかし、見事に予想は外れていた。

 ジュジの師匠は、どうみてもオレと同年代にしか見えない。

 まあ、年頃の女ならあんな甘い顔の凄腕の男に命を助けられたり、鋭いあの瞳で見つめられながら好きだなんて囁かれれば恋に落ちるのは仕方のないことだろう。


「代々、一族の中で力が強いものに聖獣の加護は宿ります。我が家は今代5人の子供がいました。長子であるディレットは……事故で亡くなりましたが、ジェミト、ジョーヤ、レアーレ、そしてまだ幼いジェーニョの4人がこの村を守る役割を果たすために日々鍛錬をしております」


 親父の話をカティーアは身を乗り出しながら熱心に聞いている。手にしている羊皮紙に何か書いているし、文字の読み書きが出来るってことは多分学者であることは間違いないんだろう……と少し飽きてきたオレは彼の手元を見てぼんやりとそう思った。


「褐色の肌をしているのが我が一族の男の特徴です。我らの一族の子は正妻、愛人、番犬クーストースの子かどうかに関わらず、褐色の肌の子が生まれればジョミンコ家に引き取られ、村を守るために鍛錬に勤しむのです。そして聖獣の加護を受けているのは、こちらの次男であるジェミト……」


「加護があるかどうかは、どう見分けるのですか?」


 親父が簡単な村の伝説……村に狼の神様がいて、恵みの大地と門番を残して天に帰ったという外の人間に話す物語を説明するのを欠伸を噛み殺しながら聞き流しつつ、することもないのでカティーアのことを更によく見てみる。

 小柄で細身だが、マントから時折除く体を見る限り、筋肉はしっかりついている。

 あの身のこなしに納得ができる。戦える上に文字も読めるってのは所謂文武両道? ってやつか? オレも文字を多少読めるが、学者で旅人ってのはそんなに学があるものなのだろうか。

 カティーアを見ていて、もう一つ気が付いたことがある。なんとなく、彼が放つ気配と言うか雰囲気に既視感を覚えるのだ。何故だろう。ジュジから話を聞きすぎて勝手に知った気になっていたのだろうか。

 胸が熱くなるというか、強烈に湧き上がる一方的な親しみに首を傾げながらも、オレは背筋を伸ばし、欠伸を噛み殺しながら退屈な時間に耐える。


「選ばれたものの胸には炎の、右肩には炎をまとった狼の模様が浮かび上がるのです。これを刻印と呼んでいます。私は成人を少しすぎたころ、父親から印を受け継ぎ、ジェミトは成人の少し前に私から印を受け継ぎました」


 親父はそう言って少し誇らしげにオレを見た。


「印はどのような基準で浮かび上がるのかという明確な基準はわかりません。兆しが子供に現れ、高熱を出して数日寝込んだ後、子供の体に刻印が浮かび上がると、親であるわしの体からは、心臓部の炎の印を除いてその刻印は消えてなくなるのです。そして、新しい番犬クーストースが決まると、全世代の長以外は肌の色から炎の恩恵が消え失せるのです」


 親父の真っ直ぐな瞳にオレは少しだけ居心地が悪くなる。力を受け継いだ選ばれし者は常に正しくあれ……そんなように言われている気がするからだ。

 オレよりも、兄さんのほうが本当ならこの力にふさわしかったのかもしれないとか、オレが神様に選ばれなければあの時、カンターレはオレを選んでくれたのだろうかとか、どうしても仄暗い感情が浮かび上がってきて、つい眉間にシワがよる。


「……ジェミトの家の人たちだけ、他の人と雰囲気が違うと思ってたけど、そういうことなんだ」


 一人で気が滅入っている中、静かにしていたジュジがオレを見てそうつぶやいた。

 シャンテや他の村人だけではなく、母さんも真っ白な雪のような肌だが、オレたち家族でも男の肌は少しだけ浅黒い。瞳の色もオレたちの一族で男だけは代々金色をしているが、他のみんなは母親でも祖母でも大体空の色をしてる。

 なんでも聖獣を生み出した一族の力を受け取ったから、そいつらの体の特徴の一部を受け継いだらしい。


「なんか、かっこいいね」


「だろ? ジェムはおれの自慢の親友だからな」


 コソコソとシャンテと話すジュジの声が聞こえる。そう言われると少しだけいい気分になる。


番犬クーストースとして村を護るのがオレ役割だ。この刻印が刻まれていると一族の中でも特別に火では傷つかない不思議な力を得られる……らしい。あと、怪我が治るのはオレがダントツで早い」


 そこまで話したところで、カティーアが口を開こうとした時、外の見回りをしていた下の兄弟たちが家に駆け込んできた。

 どうやら、また魔法院とやらの来訪者らしい。

 いつもなら一度追い払えば数カ月はおとなしく引き下がっていてくれるはずなのに……とオレと親父はため息を付きながら武器を手にして村の入口へ再び向かう。

 レアーレ四番目の弟の慌てようが酷かった。嫌な予感がする。

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