Qatia

Chapter4:Epilogue:Return across the sea‐海を越えて‐

「もういいのか?」


 数日ぶりに部屋の外へ出てきたフィルに声をかける。

 あれから倒れたジュジとフィルを担いで宿に戻ったときはひやひやしたが、二人共すぐに意識を取り戻した。

 精神的なものなのか、フィルは意識が戻ってからもしばらく食べたものはすぐ吐き戻したり、自分の親と似た黒髪の女性を見ると取り乱して泣きわめいたりしていた。

 置いていって孤児院にでも放り込もうとしていたんだが、ジュジが甲斐甲斐しく世話をしてやっていたお陰なのか、発作のようなものはすぐに治まる兆しを見せた。

 七晩もすれば、フィルは自分の母親に似た女性を見ても身体が強ばるくらいで済むようになったし、俺たちの中の誰かと一緒ならこうして宿の外へ出られるようになったようだった。

 

「姉さんに幸せになってって言われたからさ。いつまでも寝てばっかりいられねーよ」


「じゃあ、明日には出発かな?フィルの防具も誂えないとね」


「ったく……いつから俺らは孤児の子守をするようになったんだ?」


 どことなくウキウキした様子のジュジを見てホッとする。

 よくわからない妖精の呪いに取り込まれた後、気を失うように倒れた。その時はどうなることかと思ったが、一時的な魔力切れを起こして眠りに落ちていただけのようだ。

 丸一日眠って目覚めた後は、調子が良さそうにしているので一安心をする。


「にぎやかでいいじゃないですか。私も同年代の女の子が増えて嬉しいですし」


 むさ苦しい環境に置いてしまうことも多かったので、同年代で同性の友人がジュジに出来るのは好ましいことではある。

 ……まぁ、その友人が多少素行に問題はあるのは少々気になるところだが。

 細かいことをいうよりも、ジュジの自主的な気持ちを大切にしよう……と俺の食べ物を横取りしようとして伸ばしたフィルの手を叩き落としながら思う。


「フィルも動けるようになったし、次の便で出発か?」


「あのクソデカい船に乗るんだろ?楽しみだよな。フィルも船に乗ったことないんだろ?」


 屋台から蒸し焼きにした魚や、蒸した芋を持ってジェミトとシャンテが戻ってきた。二人はテーブルに持ってきた食べ物を置くと、ここからでも見える大きな船に視線を向けた。

 

「ああ、三日後に出発だとよ」


 ジェミトが持ってきた魚をつまみながら、俺は二人の言葉にうなずいてみせる。

 ちょうど島を出て船旅をしていると言っていたランセにも手紙を書いておくか……。それに気になることもいくつかある。西の大陸へ戻ってからはしばらく忙しくなるかもな。


 焼いた果実をパンに塗って頬張ってにこにこしているジュジを見て、イガーサの姿を少しだけ思い出す。彼女は今の俺を見てどう思うんだろう。


 イガーサの故郷へ行きたいとジュジが言ったことには少し驚いた。……けれど、それに不安はない。

 ジュジと共に生きると決めてから、消耗品ルトゥムとして生まれたイガーサとも向き合うと決めたんだ。


 深呼吸をして、不安な顔を隠す。


「この間も船旅はしましたけど……あんなに大きな船に乗るのは私も初めてです」

 

「西と東の大陸を繋ぐ船の動力にはな、翼のないドラゴンが使われているんだ。ほら、今中に搬入されてるのが見えるか?」


 鮮やかな桃色をしたドラゴンが何匹も船に運び込まれていくのを見て、ジュジとフィルだけではなくシャンテとジェミトまで大きな溜息をついて驚いている。

 俺も数えるほどしか船に乗ったことはないんだが……。


「楽しみですね」


 無邪気に笑うジュジに自然と手が伸びる。頭を撫でると、彼女は人懐っこい小型犬みたいに嬉しそうに身体を擦り寄せて甘えてくる。

 この間、ジュジが使ったのはおそらく常若の国ティル・ナ・ノーグからそちらの住人を喚び出す古代魔法だ。

 俺ですら使ったことがほとんどない上に魔術書の類にもほとんど記されていない魔法をどこで覚えたのかとか、聞きたいことが山ほどある。でも、今はそんなことなかったみたいに普通の少女のように無垢で優しい笑顔がひどく愛おしいのでどうでもよくなってしまう。

 あの悪趣味な魔法使いが封じ込めていた妖精たちはジュジをアルカではなく聖櫃アークと呼んだらしい。

 俺の知らないアルカの利用方法があったのか……でも何故東の大陸にいる妖精もどきにそんなことが伝わっている?

 わからないことがどんどん増えていく。

 でも、すべきことはかわらない。俺は俺のすべきことをして、ジュジを守るだけだ。

 だから……西の大陸へ戻ったらもう一度あいつに話を聞く必要がある。


「ああ、そうだな。次の旅に向けてしっかり準備をするとしよう」


 俺はジュジにそう返して、港に止まる巨大な船を見つめた。

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