Interlude6:A night that never freezesー迎寒祭の前にー

 【短編置き場 https://kakuyomu.jp/works/16816700426696245469 から転載しました】


「そういえば、少し先の話ですが、ジュジ先生は迎寒祭サマインに参加するのかい?」


「え?」


 学院カレッジでの一日が終わり、カティーアが職員待機室へ戻ってくるのを待っていると、背後から柔らな声で話しかけられる。

 ヤドリギとヒイラギ常緑樹の枝でリースを作る手を止めて振り返ってみると、そこにはにこやかに微笑んでいるウィロウ先生がいた。

 明るい褐色の髪と緑がかった青い瞳、それに終始やわらかな物腰の老紳士は、ウィロウというあだ名がしっくりくる。


「急に声をかけてしまってごめんよ。誰かを待っているようだから、老人の世間話に付き合ってもらえるかなと思ってね」


 木のカップに注がれたスープを差し出してくれたウィロウ先生は、私がカップを受け取ると、そう言って近くの椅子に腰を下ろした。


「魔法院の迎寒祭サマインは、正門を入ってすぐにある広場を一般開放して盛大に行うんだよ。食べ物だけではなく、魔除けなど露店も出ていて掘り出し物も多いんだ」


「露店……すごいですね」


「ほとんどの生徒と職員は、焚き火を消すのを見届けてから家へ帰るみたいだよ」


「そんな盛大なんですか……。私の育ったところでは、常緑樹の葉と枝で編んだリースを燃やすくらいの行事でしたが」


 迎寒祭サマインの様式に色々あるのは、箱庭にいるときに本を読んだから知っていたけれど、露店で買い物をして楽しむなんて考えていなかった。

 成長した家畜を捌いて保存食を仕込むのに忙しかったし、悪霊や魔物が騒がしくなるのを抑えるために、私たちは常緑樹の枝葉で作ったリースをあちこちに飾りなさいと指示されていた。

 それに、他の季節よりも少しだけ村にいる兵士の数も今思えば多かった気がする。

 だから、この季節に良い思い出はあまりない。

 冬に備えて多めに羊や子豚たちを処分するから、箱庭での食事が普段よりは豪勢になることは細やかな幸せだったけれど。


「私の生まれ故郷も田舎でね。最初に魔法院の迎寒祭サマインを見た時には驚いたよ」


 カップを両手で持ちながらゆっくりとスープを飲んで、ほっと一息を吐く。

 豆の風味と塩味が効いたスープの素朴な味が、じんわりと染みて体が温かくなってきた。

 しばらくウィロウ先生と彼の地元の話や、学院の授業のコツを話していたらいつの間にか時間が経っていたらしい。

 ふと、外に目を向けると陽はすっかりと暮れていた。天井からぶらさがっている光蟲ランプシーランプから落ちる光がちかちかと瞬き始める。


「……待たせたな。っと……ああ、どうも」


 部屋の扉を開いたカティーアは、私に微笑んだあとに、一緒にいたウィロウ先生を見て軽く頭を下げた。


「ああ、金色フリソス先生か。ふふ……待ち人は来たみたいだね」


 ウィロウ先生は、私が目の前に置いていたカップをそっと手に取ると自分のカップと重ねながら席を立つ。


「あ」


「老人の長話に付き合ってくれてありがとう。では、私はこれで。お二人とも、また明日」


 私が呼び止めるまもなく、彼はそのまま部屋から出て行ってしまった。

 もしかして、私がカティーアを待っている間、一人にならないようにしてくれたのかな?

 ウィロウ先生の足音が遠ざかっていって聞こえなくなると、カティーアは私の隣まで来て髪をそっと撫でた。


「そういえば、まともに迎寒祭サマインをお前と迎えるのは初めてだな」


「ばたばたしちゃってましたもんね」


 彼の視線は、私が机の上で作っていたヤドリギのリースに向けられている。あとはヒイラギの葉と実を付けたり、アイビーの葉を飾ったりすればそれなりの出来映えになりそう。

 カティーアと出会って最初の迎寒祭サマインは、確か「仕事で出掛ける」と留守だったし、魔法院を出てからはあちこち旅で飛び回っていた。あの頃は、私にかかった呪いを解くために彼は必死で迎寒祭サマインを祝おうみたいな雰囲気じゃなかったことを思い出す。

 部屋にリースを飾って、細やかにお祝いが出来ればいいなって思っていたけれど……。


「ああ、さっきウィロウと話していたのは、もしかして魔法院で行う迎寒祭サマインの話か」


 壊れないように優しくリースを持ち上げたカティーアが、ふっと目を細めて微笑んだ。


迎寒祭サマインの時期は忙しくてな。あの時は、一人で待たせて悪かった」


 眉尻を下げて、寂しげに笑いながらリースを持つ彼の手に、私は静かに自分の手を重ねる。

 夕闇の月秋の終わりのひんやりとした風が彼の指先を冷やしたのだろうか。氷のように冷たい彼の指を、私はさっきのスープで温まっている自分の手で包んだ。


「今年からは、ずっと一緒にいれますよ。きっと」


「ああ、そうだな」


 カティーアの手をゆっくりと自分の方へ引き寄せて、彼の長くて綺麗な指にそっと自分の唇を触れさせた。

 ふ……と短い吐息を漏らして微笑んだ彼の左手が、私の腰へ伸ばされる。それから体をぐいっと引かれて「きゃ」と小さな悲鳴をあげると、唇の片側を持ち上げてニヤリと笑ったカティーアの顔が目の前に近付いていた。

 細くて鋭い犬歯を覗かせながら彼は自分の額を私の額へ優しくくっつける。


「さあ、家に帰って今年の迎寒祭サマインをどう過ごすか考えようか」


「……みんなでお祝いしても、いいんですか?」


「なに、どうせ迎寒祭サマインは毎年来る。二人きりで祝う機会なんて、これから先、いくらでもあるだろう?」


 一度体を離したカティーアが、私の作りかけのリースを鶴革の袋コルボルドへしまい込むと、私の方へ左手を差し出した。

 黒い手袋の下には、まだ彼を蝕んでいる獣の呪いがある。いつか、何度も何度も迎寒祭サマインを迎えるうちに、彼の呪いは解けるのだろうか。あの呪いは……彼がイガーサさんに抱いている罪悪感の証。それが消えて欲しいと願ってしまう私は、多分傲慢だ。

 カティーアの手に自分の手を重ねて、弱い力で握り返すと、彼は腕を引いて私を抱き寄せる。頭の中に過った良くない考えが伝わってしまわないか少しだけどぎまぎしながら俯けた顔を上げた。


「仲間達と賑やかに迎えるのが、俺たちにとって初めての迎寒祭サマインってのも、きっと良い思い出になるさ」


 私の唇に自分の唇を優しく触れさせて、すぐに離したカティーアは、やわらかく微笑みながら私の頬を手の甲で撫でる。


「みんなの予定も確認しなきゃですね」


「ああ、それと」


 頷いた私を見て、何か思いついたように右眉を持ち上げた。何か不自然さに気付かれてしまったかな? もしかして、笑い方が不自然だったかな?

 楽しみにしているのは嘘では無いんだけど。


「魔法院の迎寒祭サマインは、昼に冬の葉の隣人たち常緑樹の妖精に仮装して競う催しがあるんだ」


「え」


 私がダメなことを考えていたって伝わっていなかったとホッとする。それと同時に、思ってもみない言葉が出てきて思わず驚きの声が出てしまった。


「次の休みに衣装を仕立てに行くぞ。大丈夫、ヘニオに話は通しておく」


「そういう問題じゃあ……」


 いつでも冷静で淡々としているヘニオさんが、そんな許可を出すだろうか? でも、基本的に無関心だし、私たちを自由にさせるって契約もあるからダメだって言わないかもしれない。

 それでも、たくさんの人から自分を見られるなんて想像しただけでも顔が熱くなるくらい恥ずかしくて、二つ返事で了解というわけにはなかなかいかない。

 首を勢いよく横に振ると、不満そうに眉を寄せている彼が再び額をくっつけてきた。


「なら……フィルの衣装もついでに仕立ててやろう。それでどうだ?」


 瞳をきらきら輝かせたカティーアが、無邪気に笑う。

 学院カレッジに入ってから、同室の子に良くして貰っているみたいで、肌も髪も服装もどんどん綺麗になっていくいるフィルが冬の葉の隣人たち常緑樹の妖精の仮装をしているのを思い浮かべた。

 私と対になるようなドレスを着れば、すごい可愛いのかもしれない。

 それに、一人なら恥ずかしいけれど、フィルが一緒なら……平気かもしれない。


「んんん……。それなら……。でもフィルの都合も……」


「決まりだ。あいつが首を縦に振る方法ならいくらでも思いつく」


 フィルの都合も考えてあげましょう。あの子はそういうことが得意では無いですし……と言い終わる前に、カティーアは上機嫌で私を抱きすくめた。


「さあ、俺たちの家へ帰ろう」


 鼻歌交じりに歩く彼と手を繋ぎながら学院カレッジを出て、人目の少ない白門の内側まで歩いて行くと彼は私をもう一回抱きしめる。

 カティーアの足下には曲線を組み合わせて作られた魔法陣が浮かび上がり、赤い光を放ち始めた。

 光の粒がふわりと舞い上がり、私たち二人を包み込んでいく。

 色々と考え込んでしまうことはあるけれど、今は、それを考えないようにしよう。


 眩しくて目が開けていられないくらい強くなった光に、私たちは包まれた。

 閉じた瞼を開くと、見慣れた塔が目の前に現れる。


「お帰りなさいませ、不死の旦那と薔薇混じりのお嬢様」


 私たちは、恭しく腰を折ってお辞儀をした半身半山羊の小人プーカに迎え入れられて、家へ戻ってきた。

 楽しみが増えたし、胸の奥にある嫉妬や不安は全部楽しいことで覆い隠してしまおう。迎寒祭サマインでリースを焼くときに、ドロドロした気持ちとか、そういうものを一緒に焼べられたら良いのにな。

 暗くなりそうな気持ちを押し込めて、私は一足先に温かい家の中へ入るカティーアの背中を追いかけた。 

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