Chanter
4-1:An invisible sword rumor‐剣の噂を追って‐
「もういい。ちゃんと待っていればミエド様が姉さんを治してくれる」
今にも噛みついてきそうな低い声を出した。ファミンの気配がガラリと変わってる。
胸元から短刀を出した彼女は、カティーアとジェミトに剣の切っ先を向けて腰を落として独特な構えをした。
艶のない金色の髪が風に靡く。
おれたちを睨みつけている彼女の険しい瞳には、希望なんてものは見えなくて、なにかにおびえてるとか、焦っているように見えた。
だから、手を伸ばそうとしたけれど、おれの声が届くとも思えなくて、ただ悲痛な声をあげてカティーアたちに啖呵を切っている可哀想な女の子を見ているだけしか出来ないでいる。
※※※
「
生まれ故郷から、この金髪の兄ちゃん……カティーアの魔法で旅だったおれたちは四輪の箱のような客席がついているやけに豪奢な馬車に乗っている。
四頭の大きな短毛の黒馬は、村から魔法で転移ってやつをしてすぐに買ったものだった。
それだけで結構な買い物らしくて、おれたちは勝手に田舎の貴族と二人の用心棒だと勘違いされてしまった。
「誤解させておいた方が面倒がない」というカティーアに言われるがまま、貴族と用心棒ごっこをして目的地である
日が暮れた街道を走るのは面倒が多いそうだ。おれたちは強いんだから野盗くらいならどんどん倒せばいいのにと思うけど、そうもいかないとジェムにまで叱られてしまったのでおれは大人しくカティーアたちの指示に従う。
「こんな見た目だけど、おれだって強いんだぜ?」
「はいはい。食べ盛りの子供にはこの魚をサービスしてあげるからね」
宿屋で働いている人の良さそうなふくよかなおばさんはおれの話を笑い飛ばすと、ドンと目の前にパン粥と干した魚を焼いたものを置いた。
香ばしい匂いがおなかに染みて、おばさんになにか言い返すのも忘れてそれを口に運ぶ。
「へぇ……野盗か。腕試しになって良いかもな」
木製のジョッキなみなみに注がれた果実酒を煽りながらジェムはのんきにそんなことを言った。
「確かにこっちの変わった髪色の兄ちゃんなら、そこらの賊相手にビビる必要なんてねえだろうな」
大きな声で周りから注目を集めてしまったのか近くに座って食事をしていた逞しいおじさんが豪快に笑う。
たしかにジェムは体格もいいけどさーと拗ねたようにおれは唇を前に突き出した。
「おっさん見る目あるじゃねーか! 乾杯」
褒められたジェムは人懐っこい笑顔でジョッキを傾けた。
それからワイワイと盛り上がっていると、顔を真っ白にしたやせ細った男が大きな音を出して立ち上がった。その男は、血走った目でこっちを睨んでいる。
「あ、あ、あいつはそこらへんにいるような賊じゃねえ」
やせ細った男は、顔と腕に残る生々しい傷跡を見せながらこちらに近寄ってくる。
その目はどこか焦点があっていないようで、取るに足らない相手のはずなのに妙に鬼気迫るような迫力が出ている。
「俺ぁ……そいつに襲われて命からがら逃げてきたんだ。見えない剣を振り回す幽鬼みたいなひょろ長いおっそろしい化物によぉ……」
真っ白でやつれた顔に目を奪われていたけれど、男は確かに体は鍛えられているみたいで腕とかも丸太みたいに太い……。
しん……と静まり返ったことに気が付かないように、男はうわごとみたいに野盗の恐ろしさについて一人で話始める。焦点が合っていない目でなにをみているんだろうか。
「はいはい。あんたが血まみれになりながらこの村に辿り着いたときに言ったことは疑ってるわけじゃあないよ。ほら、飲み過ぎは傷に響くからね。さっさと寝ちまったほうがいい」
おばさんに肩を抱かれて、奥にある部屋の前まで連れていかれた男は、虚ろな表情のまま、入り口と酒場を区切っている長いゴワゴワした薄い布をくぐって部屋へと戻っていった。
「悪かったねえ。あの人も少し前にこの街に来て療養をしてるんだが……悪い人じゃないんだよ。ただ、よっぽど怖い目にあったんだろうねぇ……すっかり顔もやつれちまって」
男が部屋から出てこないことを確認したおばさんは、困ったように笑っておれたちに軽く頭を下げた。
「見えない剣というのは気になりますね。伸びる剣なら、よく物語などで描かれていますが……」
ジュジは、小さく整った花びらみたいな唇に人差し指を当てて真面目な顔で考え込む。
彼女の針葉樹みたいに綺麗な緑色の瞳とジェムと同じ褐色の肌は艶があり、健康的な少女そのものだ。
夜のような髪の色は、絹の糸みたいにさらさらと動くたびに音を立てる。
村には金髪や赤っぽいブロンドの髪しかいなかったから、そんなジュジの見た目はなんだかとても神秘的な雰囲気がする。
ジュジの視線はカティーアの方へ向けられる。
カティーアは、持っていた陶器のゴブレットをゆっくりとテーブルの上に置いてジュジの方へ目を向けた。
金色の外にぴょんぴょん跳ねている癖のある髪の毛はやわらかそうだし、猫みたいな細い瞳孔の小さな紅い目は目付きの悪さを際立たせているのに、全体的に甘い雰囲気の美形というやつらしく、若い女がチラチラとこいつとジェムを見てきゃあきゃあいっているのを見かけたりする。
少し青みを帯びた真っ白な肌は、おれたちの村では見慣れているけれどこいつの肌にはくすみもそばかすもなくて、作り物みたいにきれいだ。
そんなカティーアはジュジの姿を捕らえて、細かった瞳孔が少しだけ丸くなる。
「伸びる剣……
「カティーア伝記の紅き精霊と黄金の夢魔という絵巻には、英雄カティーアの仲間である異界の剣士が
「あー……そんな話として伝わってるのか。まぁ、伝記に記されていることはともかく、剣の性能としてはその通りだ。だが、あの剣はこっちの世界に転がってくるものでもないし、第一見えないという特性はないからな……」
「そうなんですよね。見えずに伸びる剣……認識を操作する魔法でも使われているのでしょうか……」
伝記……と聞いて、俺とジェムは目を見合わせる。
ジュジが広げた本を見て、ジェムは何かうなずいているけど、おれには字が読めないからちんぷんかんぷんだ。
おれが首をかしげている間に、三人はああでもないこうでもないと話して、それからみんなして難しそうな顔になって黙り込んだ。
魔法のことも、本に書いてあることもおれには全くわからない。とにかく三人の話から、見えない剣はすごいということはなんとかおれにも理解できる。
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