2-2:Be Frankーやっと話せたー

 一日中市場をうろつき廻ってやっと、先日から泊っている宿屋の部屋に入った。

 彼のうきうきした背中を見ながら、勇気を振り絞って不満を打ち明けようと決意を固める。

 彼はなんでも物が入るという赤っぽい革製の袋コルボルドに、今日市場で買ったものや、白いローブを詰め込んでいる。私は深呼吸を気持ちを落ち着かせてから言いたいことを彼の背中に投げかけた。


(あの……今さら言うのも違うかもしれないのですが、その、私たち、魔法院を裏切ったんですよね? いつ追手が来るのかとか、お金をこのまま無駄遣いしてたらどうなるのかとか考えたら不安で……あの……ずっと話せなくて……)


「ん? なんのことだ?」


 カティーアは、切羽詰まった私の声に対して驚いたような顔をして首を傾ける。

 やけに明るい声が返ってきて戸惑ってしまう。

 袋に入れようと大切そうに持っていたブーツをそのまま床に放り投げて、こちらへ駆け寄ってきたカティーアは、そのまま私の体を抱き寄せて、頭を優しく撫でた。

 それでも、私の不安は減ったりしない。キュウンと鼻が鳴ってしまう私の顔を覗き込んだカティーアは、心配そうな顔をして私のことを抱き上げベッドに運ぶと、その隣に自分も座る。


(だ……だって……いろいろなところに連れて行ってもらいましたけど……ヒト族がいない場所が多くて……逃げてると思ってて……でもこんな魔法院の近くで派手な格好をして……それにお金だってあんなお金みたことなくて……カティーアは生活力とかなさそうですし……このままお金を使って将来あなたが食事にも困ったらどうしようとか……この先どうするのかも全然話してくれなくて……)


 堰を切ったように出てきたのは、楽しかったり珍しかったけど、それと同じくらい不安だったこと。

 尾は勝手に垂れ下がり、自然とクゥンと言った情けない鳴き声が漏れていた。

 私がヒトの姿だったらきっと涙を流しながら号泣をしてる。

 そんな私の様子を最初は驚いて少しうろたえながら見ていたカティーアは、話が進んでいくうちに段々とホッとした顔になると、私をぎゅうっと抱きしめながらこう言った。


「よしよしよし……そうだよな。お前は外の世界も魔法院以外の俺も知らないし、説明しなきゃわからないよな。大丈夫、落ち着いて」


 そのあとに小さな声で「俺も久しぶりの自由ではしゃぎすぎて説明を忘れてた。ごめん」と付け加えた。


「かなり昔に『そんなにポンポン次の英雄が見つかるのは不自然だ! もっと英雄として相応しい人間を厳選をしろ』みたいな文句が多発してから、次の代のカティーアが生まれるのは10年とか20年空いたりするし……まぁ俺の子供がまた名乗りでもあげるから大丈夫だろ……多分……追手が来たとしても俺に勝てるようなやつなんて魔法院にもそうそういないしな」


(え……子供……いるんですか……)


「……あー。まぁそりゃ……長く生きてりゃ色々と、な」


 カティーアの子供を名乗る人たちのことは、箱庭という閉じられた環境にいた私ですら耳にしたことはあることだった。

 英雄カティーアが空席の間は、立候補者についての噂を箱庭に来訪する商人や、兵士達が話しているものだから嫌でも耳に入る。

 その噂の中でもよく聞いたのは、初代カティーアの血統だとか、何代目カティーアの血を継いでいる……なんて言われていた人の事だ。それに、歴代カティーアの正体について考察されている本などもめざとく見つけて読みふけっていた。

 私が彼の正体を知ったあの日、カティーアはたった一人だったと彼自信が白状してからは、何故か彼の子孫を名乗っている人たちは全員嘘をついているとか、そういう妄想に取りつかれて気を大きくしている人だと思い込んでいたのだけれど……。

 色々というのは詳しくはどういうことなのかとか、子供は何人いるのかとかを聞こうと私が身を乗り出すと、カティーアはそそくさと立ち上がって顔をそらす。

 ベッドから降りて立ち上がったカティーアは、私に背を向けるとわざとらしく大きく伸びをして窓際へと歩いて行く。

 鮮やかな色ガラスが嵌め込まれて大きな黄色い百合の花を描いているステンドグラスが、落ちかけた日光を受けて壁に綺麗な影を落としていた。


(あ……きれい)


 そういえば、私のいた箱庭では窓にガラスなんてなかったな。

 カティーアの家に住んでから初めて窓に透明な板が張られているのを見た。内心驚いたのを思い出す。


「だろう? 透明なガラスもいいが今では魔法院以外だと滅多に見られないからな」


 箱庭に住んでいた頃は、家には細長い板を間隔をおいて横板を掛け重ねた戸があった。板の隙間から光が差し込むを見るのも嫌いじゃなかったな……なんて思い出す。

 それはなんだかとても懐かしくて……彼と共にもう二回以上もそれぞれの季節を過ごしたんだなって思うと不思議な気持ちになる。

 それに……彼を一緒になってからは、本当に色々なことを教えてもらった。


(あ、そうじゃなくて、その……これからのことを)


 彼は湯水のようにお金を使うし、当たり前だけど、私の知らないことをたくさん知っていて、私の知らない顔もたくさん持っている。

 だから、不安で、それをちゃんと話したくて、私は勇気を出して、逸らされそうになった話を元に戻す。


「ああ。ええっと……そうだな。なんて言えば良いのか……まあ、金の心配は、しなくていいんだけどさ」


 綺麗に通った鼻筋を人差し指で掻きながら、照れくさそうにこちらを振り向いたカティーアは、柔らかく微笑んでいた。

 なんだか、とても久し振りにこうやって彼の表情をちゃんと見つめられた気がする。

 ベッドから飛び降りて、彼の足下まで近付いていくとカティーアは膝を付いて私と目線を合わせてくれた。

 そっと垂れた耳に触れた長い指が、ゆっくりと動いて波打っている黒い毛皮の表面を撫でていく。


「俺たちを追ってこないとはいえ、魔法院が何をしているか無視するわけじゃない。あいつらの動向も探りたいし、サボりすぎて体が鈍るのもよくないしってことで……」


(……何か考えているんですか?)


「そこらへんの平民に混ざって傭兵をしようと思う。田舎で傭兵をする分には塔の内部に関われるようなお偉いさんはいないだろうし、万が一問題が起きてもどうとでもできる」


 カティーアはそういいながら、腰に下げていた鶴革の袋コルボルドから地図を取り出すとムノーガから遥か南の田舎村近辺を指差した。


「こういうところで魔物退治をするときは、体裁的には正規軍を名乗っているが、傭兵や地元民を掻き集めているから審査も緩い。それに相手にするのは小型の魔物ばかりだから安全だ。更に、末端とは言え魔法院の情報もそれとなく流れてくる。良いことづくめだと思わないか?」


(私には判断しにくいですが……カティーアならどんな魔物相手でも安全なのでは?)


「まだ戦いになれていないお前が怪我をしたら困る」


 真剣な表情を浮かべたカティーアが、私の頬を両手で挟んでむぎゅっと寄せてくる。

 首を振って彼の手を振りほどくと、カティーアは「お前は不死身じゃないんだからな」と唇を尖らせながらそう呟いた。


「お前に俺が好きな場所を色々見せたら、傭兵として魔法院の末端に潜り込もうって、思ってはいたんだが……どうも俺が浮かれすぎてて話してなかったらしい」


 頭をポリポリとかきながら、申し訳なさそうにするカティーアの頭を、前足で軽くパンチをする。それから少し驚いたように目を丸くしている彼の額に自分の鼻先をギュッと押し付けた。


(好きな場所……だったんですね。もう……それなら、いいです)


 好きな場所を見せたかったといわれて許してしまう私は、自分で思ってるよりも単純な生き物なんだろ。

 少しだけ自分自身にも呆れながらも、尾が左右に揺れるのは隠せない。


(じゃあ、働く前の最後の夜は、ゆっくり眠りましょう)


「ああ、そうしよう」


 彼に抱き上げられて、私はベッドへと運ばれる。

 花びらが敷き詰められて甘い香りで満たされている寝床で愛しい彼に抱きしめられながら久し振りに安心しながらゆっくりと微睡みに身を任せた。

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