2-3:Same Name But-英雄と同じ名を-

「名前はカティーア……か。あの英雄と同じ名前なのにちっこい体で大変だな」


「親が179代目の大英雄カティーアを好きだったらしくて……。俺も大英雄にあやかりたくて魔法使いになったまではいいんですが、実力の方はパッとしなくて……はは」


「がっはっは。よくあることだな。せいぜい足を引っ張らずにがんばってくれよ」


 カティーアに連れられたのは、都市部から離れた田舎町。街道沿いにあるからか、これでも多少栄えているらしいけれど、川沿いに広がっている広い畑の他には宿屋と小さな雑貨屋、それに酒場が数軒くらいしかない。遠くの丘には多分、領主らしき人が滞在するための大きな建物があるけれど本当にそれだけだ。

 私は、村の隅に突貫で建てられた小屋で、魔法院から派遣されているらしい討伐対の銀鎧を身に付けた人とカティーアが話しているのをハラハラしながら見守っている。


(偽名とか使おうと思わなかったんですか?)


(さっきのやりとりを聞いたろ? ありふれた名前だから、その必要はない)


 いちいちヒヤヒヤしたり、慌てている私を見て気の毒に思ったのか、この前のムノーガでの話し合いが功を奏したのか、カティーアは私が投げかけた素朴な疑問もすんなりと答えてくれる。


(で、でも……)


(休暇の時や、任務の待機時間では素性を隠して酒場や市場に顔を出してたからな。お前よりも俗世については詳しいつもりだぞ。安心しろって)


 ちょうど先代……179代目のカティーアが引退してから今年で20年だ。179代目のカティーアが形式上引退した頃に子供を産んだ人たちは、我が子が大活躍した英雄にあやかれるようにカティーアの名前をつけることが流行っていたと彼は言うけれど……。


(まぁ、伝説の英雄の正体が、こんな優しげな好青年だとは思うまい)


(……確かに見た目の年齢は青年ですが)


 彼は確かに私には優しい。それに見た目もとても若々しい。

 だけれど、なんだかちょっと悔しいのでそっけなく返事をすると、カティーアは拗ねたように少しだけ唇を尖らせた。


(カティーアは優しそうだし、好青年にも見えますってば)


 思っているよりも悲しそうな顔で、チラチラをこちら見るカティーアに耐えかねて一言付け加えると、彼はうれしそうに微笑んで前を向いた。

 小屋の中には次々と人が来ては、銀鎧の兵士と会話をしている。よたよたと歩いているお爺さんはさっき追い返されていたけれど、基本的には誰でも討伐対に参加出来るみたい。

 しばらくしてから、青い鎧を身に付けた兵士が私たちを呼んだ。

 青鎧の兵士が誘導してくれたのは、私たちが一時的に住む簡素な住居だった。

 空葺屋根と土壁で作られた大きな長屋にも似た家は、どうやら集団で住むことを前提に作られているらしい。

 部屋にはたくさんの寝わらと、荷物を置くためのキャビネットが無造作に配置されているだけだ。各々が好きな場所を陣取り、鎧や私物を整理しはじめている。


(本当に……いろいろな格好の人がいるんですね)


(寄せ集めの自警団みたいなもんだからな)


 腰を下ろしたカティーアの膝上に乗りながら、私は辺りを見回した。

 派手に思えた彼のマントだったけれど、それよりも派手というか奇抜な服装や鎧の人はたくさんいた。

 私は、箱庭と魔法院しか知らなかったからというのもあるし、カティーアに話してもらうまでは周りの人の服を見る余裕もなかったから、彼が特別派手で奇抜だと思い込んでしまっていたみたい。

 よく見ると、部屋の中にいる人達だけでもかなり奇抜というか、個性的な服装をしている。

 私が見たことのある軍隊は、魔法院直属の灰色のローブの魔法使いと真っ白な鎧の兵士たちで統一されていた。でも、ここでは鮮やかな緑色のいかめめしい鎧を付けたり、真っ青なローブに色とりどりの刺繍をしている人から、質素な毛織物に身を包んで緊張した面持ちの少年まで様々な人がいる。


「今回のカティーアは何人いるんだ? とりあえずカティーアって名前のやつは全員手を挙げてくれ」


 家の扉が開かれて、大柄な男の人が入ってきた。革鎧で身を固めた彼の言葉に反応して手を挙げたのは全員で五人だった。


「二十人中、五人か。まあ、少ない方だな。お前らも慣れてるだろうが適当にあだ名で呼び合え」


 手を挙げたのは、ローブを着ている華奢な男性二人と、鎧を身に付けた体格の良い男性三人の五人だった。多分、ローブを着ているのは魔法使いの人なんだと思う。

 初めて参加してみた魔物討伐部隊では、初めて見るものもたくさんあってたのしかった。

 その中でも一番興味深かったのは、きちんと呪文を唱えて魔法らしい魔法を唱えるカティーアの姿だ。


(カティーアも、普通の防御魔法を使えたんですね)


(得意ではないが、まあ、人並み以上には使える)


 緊張感もないまま何も考えずにポンと口から飛び出て来た私の失礼な発言に、カティーアは苦笑いをしながらそう答えてくれる。

 本来、ヒト族の魔法使いが行うのは、体への衝撃を和らげたり、痛みの感覚をすこし鈍くする魔法だったり、暗い場所を照らすための魔石に魔力を注ぐ……といった補助行為だっていうことは、箱庭に居た時に本でさんざん読んだので知っていたんだけれど。

 でも、カティーアがそんなヒト族の魔法使いらしいことをするんだと思わなくて、見たときは驚いてしまった。


(本気を出したら怪しまれるから、思いきり手を抜いているが)


(他の人は確かに一生懸命に呪文を唱えてますね)


 喧騒や怒号が前方ではそれなりに飛び交っている中、私たちはのんびりを会話しながらそれを眺めている。

 少し離れた場所では魔法使いらしきヒト族が、汗びっしょりになって呪文を唱えているのが見えた。

 魔法使いは、私も耳長族の魔法使いしか見たことがなかったので、初めて見たヒト族の魔法使いはこんな風に魔法を使うんだって勉強にもなった。

 

 何日かして魔物討伐部隊での生活にもようやく慣れてきたころに、ちょうどその村近辺に巣くっていた魔物たちも姿を消した。そして、私たちのはじめての仕事は終わった。

 報酬として渡された革袋の中身は、白褐色の軽石のようなもので出来た数枚の石貨と、銅貨だった。


(全部で銀貨1枚ってところか)


(そ、そんな少ないんですか?)


(……可愛い弟子には庶民の価値観もこれから教えていかないといけないな)


(え)


 銀貨は、どうやら田舎でならそれなりに高価な報酬らしい。私たちは魔法使いなので銅貨が足されているけれど、基本的に報酬は石貨で、討伐隊がある村でのみ使えるお金なのだという。

 そんな話をしながら、私たちは村の屋台で食事をしたり、酒場へ行ってみて次の仕事がありそうな村がないか聞いたりした。

 どうやら魔物はそれなりに頻繁に発生するらしく、近くの町で魔物討伐隊が結成されると聞けば、その町に向かって討伐隊に参加するということを繰り返しているうちに季節が二つほど巡っていた。

 移動をする時は、時々転移魔法を使うこともあったけれど、基本的には馬車を使ったり、鳥が引く車に乗ったりした。家畜化された竜の背中に乗った時もある。


「特に急ぐ予定もない。とりあえず海沿いを北に向かおう。魚が美味いしな」


 とカティーアが言っていたので、私たちはのんびりと海沿いを北へ向かうことにしていた。

 その途中で、私たちは少し大きな規模の討伐隊募集を見かけたので参加することに決めたのだった。


(今回はちょっと大変そうですね)


(追加の傭兵の募集だからな。死傷者が思ったよりも出ているらしい)


 魔物討伐隊への参加にも徐々に慣れてきた。

 楽な現場なのかどうかも見分けられるようになったし、カティーアのことを髪色や瞳の色、珍しいときにはマントの柄で呼ぶことにも動じない。

 でも、今回はなんだかいつもよりも、緊張感が漂う現場だったのがわかった。


「おい! 前線が崩壊したらしい」

「魔物が攻めてくるぞ」

「魔法使いを下がらせろ!」


 ばたばたと激しい足音と、血の匂い。同時に飛び込んできたのは、前線が崩壊して私たち魔法使いの部隊がいる位置にまで魔物が攻め込んで来るという報せだった。

 鼻をつく魔物独特の腐臭を感じて「ワン」と彼に鳴いてみせると、木で作られた簡易的な防壁が破られて、前線で戦っていたらしい兵士の引きちぎれた体を咥えている芋虫の体を模した黒紫の魔物が数匹姿を現わした。。

 鳴き声で気を引いてしまったからか、芋虫の魔物は体の一部を鋭く伸ばして針のように変化させると、こちらへ向かってその鋭い触手を伸ばしてきた。

 目の前に一瞬だけ半透明の膜が出来て消えていく。カティーアが私に硬化魔法をかけてくれたみたい。それから、こちらに伸びてきた触手を手で引きちぎって止めた彼は、周りに人がいないのを確かめると姿勢を低くする。

 姿勢を低く保ったまま、勢いよく芋虫の方へ走り出したカティーアが地面を蹴って宙に浮いた。

 空中で体を捻った彼は炎を纏わせた足先で芋虫の頭を蹴りで刎ねようした…けど、足先が芋虫の魔物の体に当たる前に、それはドンという大きな音と共に勢いよく遠くへ飛んでいった。

 芋虫の魔物は木に体をぶつけるとそのままキュウウウウという断末魔をあげてドロドロの塊になって動かなくなる。

 空振りをしたお陰で勢いを殺せず、転びそうになりながら着地するカティーアの横に私は急いで駆け寄った。


「いってー」


 何が起きたのかわからず様子を探っている私たちの目の前に、一人の青年が姿を現した。

 呑気な声を出したその男は、変わった角の飾りが付いた兜をかぶっている。

 麻で出来た衣は深くて鮮やかな蒼色だ。

 カティーアより少しだけ小柄なその青年は、頭をさすりながら立ち上がると、私たちの方をまっすぐ見つめて首をかしげる。


「お前……さっき」


 兜から覗いた黒髪をかきあげた青年が口を開こうとした。

 その時、後方から更に大きな足音と悲鳴が耳に入ってきたので私たちはそちらに視線を向ける。

 悲鳴の主は前線から逃げてきた他の兵士たちだった。兵士たちの背後からは芋虫の魔物が数体地面を転がるように走ってくる。


(退くぞ)


(は、はい)


 助けたいけれど、私一人ではどうすることもできない。ごめんなさいと心の中で謝りながら、パッと背を向けて走り出したカティーアの後を追って私もその場を後退した。

 蒼色の服を着た小柄な青年がまだこちらを見ていた気がする。けれど知らないふりをして、後方の基地で先に逃げていた魔法使いたちと無事合流した。

 そのあと、なんとか残りの人達で魔物たちを食い止めたのか、小屋の中では司令官らしき中年の恰幅の良い兵士とその他の生き残ったのであろう兵士たちが新しい作戦を立てているみたいだった。


(あの芋虫の魔物たち……深夜のうちに一掃しておきますか? そうすれば死傷者もこれ以上出ないはずですし)


(時間外勤務か……なやましいねぇ)


 悩んでいたカティーアだったけれど、仕事で面倒が増えるのは嫌だと思ったらしい。

 みんなが寝静まった頃に、私たちは宿舎を抜け出した。

 魔物がいた場所はここからだと馬車に乗ってしばらく移動しないといけないような距離だ。

 周りに人がいないことを確かめてから、転移魔法を使って昼間の場所へと移動した。


「めんどうだが……お前が怪我をしたら大変だしな」


 カティーアは、ないやる気をなんとか絞り出したいのか、転移してきた位置でゆったりと欠伸をしたり屈伸をしてからやっと歩き出す。


(もう、また靴紐を緩めてる。ちゃんとしないと転んじゃいますよ)


 はいはいと言いたげに片手をあげて頷くも、靴紐を締め直す様子もなく、一人でゆらゆらとやる気なく歩き出すカティーアを私は追いかけようとした。


「よお、来ると思ってたんだ」


 声がして振り向くと、そこには昼間の角の兜を身につけた黒髪の青年が立っていた。なんだか嫌な予感がする。


「もう魔物は全部片付いてるぜ。それよりっ」


 カティーアに向かって青年は走り出した。それから、不意に大きく跳びはね、体を反らしながら拳を振りかぶる。

 カティーアはその渾身の一撃であろう拳をひらりとよけると、そのまま落ちてくる青年の胴体に向かって拳を振りぬいた。


「っ……くは」


 カティーアの振りぬいた拳は見事に青年の腹に当たって、彼は少し離れた位置まで飛ばされて倒れた。

 カティーアは何か物言いたげに彼を指さしたけれど、結局何も言うことが見つからなかったみたいで、言葉ないままクルリと踵を返す。

 そして、私の横にきて大きなため息をついて腰を下ろそうとした。


「まだ俺は寝てなんかねーぞ」


 後ろ駆けてきた青年から勢いよく繰り出される拳が見えた。カティーアはそれを見ないまま最低限の動きで避ける。

 でも、青年からの反撃は予想外だったみたいで珍しく慌てた顔をしたカティーアは、ゆっくりと振り返った。

 自分の顔を見て、楽しそうに笑いながらピョンピョンとリズムよく飛んでいる青年を見て、カティーアの口角が持ち上げたのが見える。


「楽しませてくれよ?」


 そういった彼の横顔はとても楽しそうだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る