2-4:Boy With One Horn-角を持つ少年-
カティーアは鋭い犬歯を見せて楽しそうに笑うと、さっきまで緩めていたブーツの紐を結び直した。
体の感覚を確かめるように、つま先を地面にトントンと当てた彼は相手へ目を向ける。
黒髪の青年が、おいでと言いたげに手を上に向けて手招きをするのを見たカティーアはピョンっと小さく跳ね、フッと小さく息を吐いて笑う。
「いいねぇ」
そうぼそっと呟いた次の瞬間には、体を前傾気味にしながら風のような速さで青年へと走って向かっていく。
姿勢を低くして走るカティーアが下から掬い上げるように蹴りを放ち、それを避けずに受け止め足を掴んだ青年が、そのまま拳を振り下ろす。
カティーアは体を捻って拳をよけながら回転して、勢いをつけた足から青年の手が離れた。
距離が離れたところを青年が体を滑り込ませて低い蹴りをいれてくると、カティーアはそれを飛び越える。そのまま、地面に手を付け体を二回宙で回転させたカティーアは、低い位置で着地し相手の方へと間髪入れずに向き直った。
青年は、カティーアに滑り込むような蹴りを避けられたのがわかると、そのまま目の前にある木の塀を蹴った。
体ごと方向転換をした青年は、そのままカティーアの方へ突進してくる。
よけきれずに青年の突進を受けたカティーアが、勢いを受け流すために彼の腰を掴んで背を丸めた。しかし、青年はカティーアの腕を掴んだまま後ろを振り向く。
カティーアの体が少し地面から浮いたかと思うと、青年が彼の腕をそのまま強く引っ張る。勢いを殺せないまま、カティーアは背中から地面に打ち付けられた。
仰向けになった相手に間髪入れずに追い打ちを掛けようとした青年は、カティーアの体にまたがり、顔に向かって拳を振り下ろす。
青年が振り下ろした拳を首だけ動かしてうまく避けたカティーアが、体を捻って青年の下から抜け出した。
カティーアは体をしならせ、勢いをつけると一瞬で立ち上がって姿勢を正す。
「っおら」
目まぐるしい戦いの中、カティーアの繰り出した蹴りが青年の兜を捉え、そしてそのまま振りぬかれた。
魔法を
「っ……はぁ……殺してないよな?」
さすがにカティーアも疲れたのか膝に手を当て大きく息をしながら、倒れた青年の方を見る。
「ああーくっそー」
声を上げた青年は、カティーアの蹴りが当たったらしい場所に手を当てながら、上半身をむくりと起こした。
「お前本当に魔法使いかよ……そんな動き反則だろぉが……」
青年の蒼い瞳に戦う意思がなさそうなことを感じた私はホッと胸をなでおろしたい気持ちになる。
カティーアは、切れた口の端の血を拭いながら悔しそうな顔をしている青年に近寄って手を差し伸べた。
青年はそんなカティーアを一瞬睨んで、そのあとすぐに目をそらし照れた様な顔をしてカティーアの手を取って立ち上がった。
「カティーアだ。こっちはジュジ。……俺の
「俺はランセ。よろしくな」
そう言って顔を上げた彼の額に角が生えているのに気が付き、私とカティーアは思わずそれを凝視する。
見間違いでも、飾りでもなさそう。
大人の親指くらいの長さはある、一本の真っ白な角に見覚えがある気がするんだけど……なんだっけ。
「兜の飾りだと思っていたが」
カティーアがそう言って、私も頷く。そうだ。彼の兜の飾りだ!
飾りじゃなくて、額に生えているものだったなんて。
カティーアと私たちは顔を見合わせた後、再びランセさんの額の角に目を向ける。
それが奇妙だったのか、彼は不思議そうな顔をしながら自分の額と頭の当たりを探るように手でペタペタと触った。
「あ……。これ? ええっと、角。ああーでも、まいったなーバレたらマズいんだよな」
あまり危機感が伝わってこないのは、彼の妙に間延びした話し方のせいなのだろうか。
ランセさんは兜が取れていたことに気が付くと頭をポリポリと掻きながら落ちた兜を回収しに向かう。
「まぁ、そっちも隠し事はあるみたいだし、お互いさまってことで。じゃあまたなカティーアちゃん」
手をひらひらさせてマイペースに去っていくランセさんに戸惑いながら、私たちは彼の背中を見送った。
しばらくしてから、私たちも転移魔法を使って宿舎へと戻ることにした。
特に何もないまま無事に魔物は姿を消し、討伐隊は解散することとなった。
次の仕事を見つけるまでどうしようかと、二人で食事をしながら考えていると、急に頭を誰かに撫でられた。
何事かと思って驚いて唸りながら振り返ると、見覚えのある兜が目に入る。
「よう。人がいるから話せなかったけどさー、カティーアちゃんの手、なんかあるっしょ」
ランセさんだ。彼はカティーアの左手を指差してへらへらと笑う。
「あ? 今更脅しか?」
私を後ろから抱きしめ頭をグリグリしているランセさんに対して、カティーアは不機嫌さを隠さずに声を低くする。
「ちがうって! そんな怖い顔すんなよ」
そんな彼に対して、ランセさんは両手をあげ戦う意思がないと示すようなポーズをとって答えた。
ランセさんが手を離したお陰で解放された私は、カティーアの足元へと移動して体を丸める。ホッとしたような表情を浮かべながら私の頭を撫でるカティーアは、ランセさんのことを訝しげに睨み付けた。
「人がいるとお互い話しにくいだろうしさ、ちょっと来てくれよ」
ランセさんは溜息を吐きながら立ち上がると、すぐ近くの宿を指さして去っていった。
腕のことに何故言及されたのかを知りたかった私たちは、そのまま彼の後を追う。
いくつかのドアを通り過ぎ、豪華とは言えないが粗末でもない少しガタついたドアを開けて、ランセさんは私たちを招き入れた。
部屋には簡素なベッドと木箱に板を乗せた簡易的な机、そして無造作に椅子代わりの木箱が散らばっている。
カティーアが適当にテーブルの近くにある木箱に腰を下ろしたので私もその隣に座った。
ランセさんも木箱に適当に腰を下ろすと、まず自分の身の上のようなものを話してくれた。
ランセさんがいうには、彼は「鬼」という一族で、海を越えた先にある故郷では同じように額に角が生えた人たちがたくさんいるらしい。
「なんか昔、島に来た異世界人が俺らのこと鬼って言ってたからかっこいいし付けたって親父たちは言ってたけど、そういう話あるの?」
「文献では、いくつか伝承として悪さをする妖精の類としてオニと呼ばれる存在は描かれていたりする……だが、実在していたとは……。いや、過去にも角がある種族はいたんだ。今でいう耳長族も、古代には額に角を生やしている個体が多数派だった」
カティーアも珍しく興味を示し、ランセさんの角を撫でてみたり、角の根元を触ろうとするが、ランセさんは根元を触られるのはくすぐったいらしく、伸ばされたカティーアの手を払いのける。
嫌がるランセさんを見てカティーアはケラケラと笑って更に触ろうとしてじゃれあいのようになってるのをみると二人とも同世代の青年同士のように見えるから不思議だ。
「俺たちを誘ったのは、別に身の上話をするためじゃないだろ?」
ひとしきりじゃれ合った後、一息つきながらカティーアは本題に移った。
真面目な顔に戻ったカティーアは、革で出来た
カティーアの腕を見て目を丸くしたランセさんを見て私たちは顔を見合わせる。
何かの拍子に腕を見たわけではないらしい。
「匂いっていうか、気配っていうか……カティーアちゃんと、カティーアちゃんの犬から神獣の匂いがしたから、さ? 気になって?」
「神獣?」
本で読んだことがある。魔王と共に世界を荒らし回った伝説の獣……。
カティーアが生まれた頃には、もう殺し合いの果てに姿を消してしまったという話も旅の途中で聞いた気がする。
「俺の故郷……ここから北東へ海をずっと進んだ先の島に神獣? の生き残りのでっかい亀がいるんだけど、そういう情報、必要そうだなーって……さ?」
私とカティーアの顔を交互に見て笑顔を浮かべるランセさんに対して、カティーアは顎に手を当てて眉間にシワを寄せる。
神話と呼ばれてもおかしくないくらい昔から生きてるカティーア……そんな彼ですら知らない島があるなんて。
かなり怪しいと思うけれど、案外知られていないことなんてたくさんあるのかもしれないし……。
返事を待っているランセさんの様子を見る限り、作り話をしているとは思えない。
角も作り物や幻影ではなく、きちんと生えているようだし、なによりも訓練していたとしてもヒト族がカティーアと戦って平気なはずがない。例え、彼が魔法を
暫く考えていたカティーアは、ランセさんに向かって不敵な笑みを浮かべながら口を開いた。
「で、俺になにをしてほしいんだ?」
「鬼退治……かな」
ランセさんは相変わらず間延びした、のんびりとした話し方でそういうと拳を前に突き出して来た。
カティーアは了承の返事をする代わりだと言わんばかりに彼の拳に自分の拳をつき合わせて力強く頷く。
今度の行き先は、未知の一族の故郷の島ということに決まったらしい。
安請け合いしても大丈夫かな……と心配をしながら私は二人のやりとりを見守ることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます