6-12:Arbitrationー休戦ー

「少し手合わせすりゃわかる。あんたは強いってな」


 オレの言葉を聞いた青年の暗い青色をした瞳がキュッと虹彩ごと小さくなり、三白眼が見開かれる。ギラリと鋭い眼光を揺らめかせながら、青年は手の甲を下にして、まるで挑発でもするように指を内側に折り曲げて招きをした。


「オレはランセ。じゃあ、もう少し遊ぼうぜジェミトちゃん」


 箒をくるくると回して、脇へ抱えてランセと名乗った青年を見据える。オレの名前を知っている理由まではわからないが。

 こっちが武器を持ったというのに、ランセは怖がることなく勢いを付けたままこちらへ近付いて来た。

 少しは様子を見るものだと思っていたせいで、反応がワンテンポ遅れる。

 死角になる下から上に向けて棒を回転させて当てようとしたが、ランセは棒が来た方向に腕を凪ぎ、鈍い音と共に棒を弾き返した。


「普通なら骨が折れてるぞ」


「丈夫なのが取柄なんでねっ」


 次の瞬間には、ランセがこちらに向かって地面を蹴って進んできた。

 そのまま棒を回転させ衝撃を逃し、脇に抱え直した棒を目の槍の様に突き出す。

 眼を狙ったが、最低限の動きで頭だけずらして避けられた。

 棒を避けたランセは、速度を緩めないまま棒伝いにこちらへ近付いてくる。戦斧ならこのまま腕を引いて、相手の首を引っかけられるのに……賊や手癖の悪い商人共を相手にするのとはワケが違う。

 棒先を下げて足を掬おうと横に凪いだ。しかし、ランセは気配を察知したのか両足でピョンと小さく跳んで棒を避ける。走り出す前の狼みたいに身体を縮めたランセは、勢いよくこちらへ直進してきた。迎え撃とうと棒を突き出すが、一撃一撃を的確に避けていく。

 軌道を読まれないようにくるくると棒を回転させながら引き、両手を使って棒を前へ押し出した。咄嗟に手を出したランセは、棒を受け止める。


「――っ!」


 両手が塞がったランセの腹を、勢いよく蹴り出した俺の右足が捉える。

 目を見開いたまま、ランセは棒から手を離して尻餅をついた。


「痛ってぇ~」


 手応えが確かにあった……そう思った相手は、蹴られた場所を擦りながら立ち上がり、こっちを見て楽しそうに唇の両端を上げる。

 手加減なんてしていない。肋を何本か折るつもりで思い切り蹴りを入れたはずだ。


「まだ楽しませてくれるよなぁ?」


 さっきまでのやりとりが嘘だったみたいに、軽快な動きで数回飛び跳ねたランセは、拳を握った手を額の横辺りで構えて腰を落とす。

 午後の授業を知らせる鐘が鳴ってから、結構時間が経っている気がする。このまま続けたら人が集まってきてしまう。

 嫌な予感は的中したみたいだ。チラリとランセの後ろを見てみると、見覚えのある子供たちが二人ほどがこちらへ駆け来ている。巻き添えにでもしたら大変だと、構えていた棒を降ろし「いい加減終わりにしよう」と言葉を発しようとした。


「うっわ! 痛っ! ま……うわ」


 空からほぼ直角に滑空してきた灰色の塊がランセの顔辺りに集まっている。よく見てみると、それは十数羽の小さな鳥だった。

 腕をぶんぶんと振るランセだったが、鳥たちは腕が当たりそうになると器用に上へ逃げ、他の鳥たちは容赦なくランセの目元を足で引っ掻こうとしている。

 何が起こっているのかわからずに、ただ小鳥の群れに襲われている様子を眺めていると、聞き覚えのある声が背後から聞こえた。


「喧嘩はそこまでにしてくれよなあ」


 どこかで見たことがある……か? としばし考える。目を隠すほど伸ばされた前髪、そこにある一束の白い毛束を見てあの時、オレとジュジを学院長室へ案内してくれた雑用の青年だと気が付いた。

 あの時は猫のように丸めていた背中を、今は真っ直ぐ伸ばしているからか、青年の印象は初対面と大きく違っていた。

 確か、ネスルという名だった気がする。ゆっくりと校舎から歩いてきた青年はオレの後ろで立ち止まった。彼の前髪の間から、キツネを思わせるような細い目の中にある鉛白えんぱく色の瞳が垣間見える。

 彼はオレの隣で足を止めてニッと笑って見せてから、ランセに声が届くように、筒のような形にした両手を口元へ当てて大きな声を出す。


「お客人、こっち兄さんはこれから仕事なんだ。仕事の邪魔ぁするのはよくねーよなあ? 大人しく退いてくれるなら、その鳥たちも建物の中まで追いかけてこねーだろうさ」


「あ~! わかったって! 痛い! 悪かったって! ジェミトちゃんも、またな」


 ネスルの声は届いたらしい。鳥に追われながら、ランセはオレの横を駆け抜けて校舎の中へ戻っていった。


「ケケケ……。ビックリしたっすか?」


 特徴的な笑い方だ。つい最近、どこかで似たよな笑い方を聞いたことがある気がして、オレはネスルの顔を見上げる。


「助かった。ところであんた、どっかで……」


「ほらほら、生徒ガキ共が迎えに来てるっすよ。先生センセー自分オレなんて放っておいて仕事へ戻ってくださいっす」


 肩を揺るように笑ったネスルは、いつのまにか猫背に戻っていた。さっきまでの堂々とした近寄りがたい雰囲気では無く、どことなく気弱そうで親しみ深い青年の顔をしたネスルはオレの背後を指差す。

 オレを迎えに来てくれてらしい生徒たちは、少し離れた位置で両肘を抱えるような格好をして立っていた。


「わざわざ呼びに来てくれたのか? ごめんな」


 迎えに来てくれた女子生徒二人に軽く謝ると、ようやく二人の表情は和らいだ。礼をしようと振り向いたときにはもう、ネスルは姿を消していた。

 腕を生徒たちに引かれて我に返ったオレは、まるで千変万化狸シェイプシフターに化かされたような気持ちになりながら、中庭の運動場へと向かった。


「ジェミト先生、すごかったよ。あんな箒でビュンビュンって謎の刺客から身を守っててさ」


「でも素手のやつに押されてたんだろ? やっぱり剣とか槍が強いんだって」


 子供はそういう強さについて話すのが好きだよなと思いながら、気付かないフリをして授業を続ける。

 一応、学院長からは自衛術ということで剣や槍、斧などがない場合の戦い方や、野営の仕方を教えてくれと言われているのだが……どう教えて良いのかなんてよくわからない。とりあえず数日間続けてみて文句を言われていないのだから、どうにかなっているんだろうと思いながら、オレは野営についての解説を続ける。


「だってよー! ジェミト先生とマキシム先生が戦ったらさー」

「ええ? 絶対にマキシム先生が強いよ!」


 興奮し始めて雑談をする声が大きくなってきた生徒たちの横へ忍び寄ったオレは、いきなり二人の肩の上に手を置いた。


「いつでも手入れされた武器や寝床があるとは限らないからな。オレの話もちゃんと聞いてくれよ?」


 気まずそうに顔を見合わせて、二人は「すみません」と謝る。年下の子供に何かを教えるのは村に居た頃から慣れているが……学院カレッジにいる子供たちはほとんどが素直に言うことを聞くことに少しだけ驚いた。

 話していたのがフィルやシャンテなら、多分こうはいかないだろう。あいつらは、文字の勉強をしていようが、なんだろうが興味が無かったり、つまらなかったりしたらすぐに文句を言うか、逃げ出している。

 弟たちや、村の子供たちも似たようなものだった。

 ここで教えることになった子供たちの素直さに面食らうよりも、むしろ我が強すぎる気のあるシャンテとフィルたちが心配になってくる。

 年齢的には成人だが、二人ともまだ子供といって差し支えない。

 オレが今教えている生徒たちよりも、更に下の初等部で文字や算術、薬学などを学ぶらしいが……。


「ジェミト先生! 彼女とかいるんですかあ?」


「ん? ああ、じゃあ次の時間、実技でオレに一撃でも入れられたらその質問に答えてあげよう」


 ぼうっとしているのを見抜かれたのか、野営のために簡易的な屋根を作る練習をしていたはずの女生徒が、オレの袖を軽く引いて微笑んできた。

 学院カレッジの子供であっても年頃の少女ってのはどこでも変わらないらしい。故郷でも少女たちから色恋沙汰を聞かれることは多かった。

 軽く髪を撫でてやって笑いかければ、彼女たちは「きゃあ」と黄色い声をあげ、隣の友人と顔を見合わせて頬を赤らめる。

 今は、二人の心配よりも目の前の仕事を真面目にしていこう。魔法院の仕事とはいえ、子供たちにも職員たちにも恨みはない。

 焚き火を起こすのに手間取っている生徒の手助けをしてやったり、ナイフの使い方を教えたりしながら、オレは少しだけ、この仕事も楽しいと思っている自分に気がつき始めた。


 まさか、氷の蛇魔法院で仕事をすることになるなんてな。お前カンタレラに話したらどんな顔をするんだろうな。

 授業も無事に終わり、校舎へ戻っていく生徒たちを見ながらオレは久々に彼女のことを思い出す。もう、お前のことを思い出しても胸が痛くなくなったみたいだ。

 少しだけ寂しさを感じながら、後片付けをしてオレも校舎へと戻った。

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