4-6:Thieving kittyーこそ泥娘ー
「なんなんだここ」
「いいから大人しくしてろって」
大きな開けた部屋の角には豪華な暖炉があつらえてあって、きれいに磨き上げられた石のローテーブルを毛皮が張られた長椅子が挟んでいる。
こんな広い部屋だというのに寝具がないのは、ここが客間だからだ。
彫りこみできれいな模様が描かれている白木の衝立の奥には、さらに個室がいくつかあって、その一つが寝室になっている……らしい。
おれは落ち着きなくあたりを歩き回るファミンの手を掴んで隣に座らせた。
部屋の主であるカティーアは部屋の奥からジュジと共に歩いてくると、革張りの長椅子にゆったりとした姿勢で座ってこっちを見る。
ジェムは用事があるからってどっかにいったけど、こんなことになるならついてきてもらえばよかった……と後悔していると、品定めをするような目でファミンを見ているカティーアと目が合った。
「銀貨二枚で、部屋の確保はしてやる」
「人でなし!」
「慈善事業で人は助けられねーからな」
カティーアは表情を変えないまま、情けない声を出したおれに淡々とそう告げた。
「カティーア……」
「ちゃんと仕事の分け前はシャンテにも渡してる。俺はこいつらのお守りじゃない。対等な仲間だと思ってるからな」
ジュジが声をあげると、カティーアの表情が少し和らいだ。
対等な仲間だって言われてうれしくはなるけど……銀貨二枚はおれにとってはなかなか大金だ。
「だからこそ、面倒事を頼まれるなら相応の報酬をもらわないケジメが付かないってだけで意地悪を言ってるわけじゃない」
隣に座っているファミンは落ち着かないみたいで、体を左右に揺らしている。やけに肩がぶつかってくるな……と思うけど話を中断するわけにもいかない。
おれは、そのままファミンを放置してカティーアと話を続ける。
「意地悪で言ってるわけじゃないってのはわかってるけどさぁ」
「かつての大英雄様が銀貨二枚で依頼を受けてやるんだ。破格だろ?」
ニッと笑ってみせたカティーアに根負けしたおれは、腰につけている革の小袋からなけなしの銀貨を二枚出して手渡して頭を下げた。
「……頼む」
「素直でよろしい」
おれから銀貨を受け取ったカティーアは、そのまま銀貨をジュジに手渡すと、立ち上がってファミンの前まで来た。
目を逸らすファミンの顔を覗き込むようにかがみこんだカティーアは、彼女の腕を掴んだ。
「それで、だ。今
俯いていたファミンが、視線だけ動かしてカティーアを見る。
カティーアの口元はいつも通り笑っているのに、目は全然笑っていない。
どういうことなんだよ……とカティーアとファミンの顔を見比べていると、ファミンは小さく舌打ちをした。
「……返せばいいんだろ」
カティーアから露骨に目を逸らせたファミンが、控えめな自分の谷間に手を突っ込む。おれの足元には谷間から取り出されて放り投げられた金貨が一枚チャリンと音を立てて落ちた。
「は?」
慌てておれは自分の腰につけてる革袋を開いて中身を改める。確かに、一枚だけ入れていた金貨がなくなっていた。
さっきモゾモゾしてたのはおれの財布から金をくすねていたのか……とショックと言うよりも手際の鮮やかさに驚きながら、床に落ちた金貨を自分の革袋の中へ戻す。
「盗みをするな、嘘を付くな、俺の荷物にはさわるな。それで街の守衛に突き出すのはやめてやる」
カティーアの言葉に言い訳するでもなく、ファミンはぶすっとした表情をしたまま大人しく首を縦に振った。
こうして、ファミンはおれたちが泊まる宿で明日まで匿われることになった。
新たな部屋を確保するために、おれたちがファミンを連れて部屋を出ようとすると、立ち上がったジュジがカティーアの袖を引っ張って呼び止める。
「お湯を頼んでもいいですか?あと、私の服で少し大きいのがあったでしょ?……この子に譲ってもいい?」
「……ああ、わかった」
泥やほこりにまみれ、くすんでカサついたファミンの頬を、ジュジはそっと手の甲で撫でる。
氷水に飛び込んだときの狼みたいに目を丸くして、体を強張らせた彼女に、ジュジは柔らかく微笑んでみせた。
表情をこわばらせたまま固まるファミンの手を包むようにして握ったジュジは、衝立の奥にある部屋の一室へ入っていった。
二人の様子を顎をさすりながら見ていたカティーアは、部屋の扉が閉まると背を向けてさっさと部屋の外に歩き出す。
「様子見ってとこだな。さ、行くぞ」
手すりにまで彫刻が施してある階段を下りて、受付のある広間まで来たカティーアは、辺りを見回した。
どうやら宿屋の主人を探していたらしい。目的の人物を見つけた彼は、整った顔にサッとはちみつのように甘い笑顔を貼り付けた。
わざとらしく足音を立てて歩くカティーアに気付いた宿の主人は、立派な木の長机で作業をする手を止めてこちらに目を向けた。
「これはこれは。なにか御用でしょうか」
宿屋の主人は、近付いてくるのがカティーアだとわかると、仏頂面だったくせに途端に愛想のいい笑顔を浮かべ始める。
「頼みたいことがあるのだ。……内密にしたいことなので耳を貸してくれ」
恰幅のいい宿屋の主人にカティーアは耳打ちする。
何を話しているかわからないが、宿屋の主人は目を大きくして大げさに頷くと壁に掛かっている木製の鍵に手をかけた。
その鍵を受け取ったカティーアは、宿屋の主人のふくよかで柔らかそうな手を握ってなにかを手渡し、さっと踵を返しておれの方へ戻ってきた。
「二等室の個室の鍵だ。あとは好きにしろ」
おれに鍵を手渡したカティーアは、そういうとおれの言葉も聞かないでそのまま宿の外へ出て行った。
好きにしろって言われてもな……とにかく、ファミンを迎えに行こう……。
おれは受け取った鍵をしっかりと握りしめ、元来た道を妙にそわそわとした気持ちで戻った。
「あ。今取り込み中だから、椅子に座ってちょっとまっててね」
ノックの後、明るい声でジュジが答える。
言われた通り少し部屋の外で待っていると、温かい空気と甘い蜂蜜の香りと共に扉が開いた。
どうやら湯を浴びていたみたいで、濡れた髪を一纏めにして高い場所で括っているジュジの頬はわずかに赤みを帯びていた。
「もういいよ」
おれたちの故郷では入浴といえばサウナが一般的だった。でも、ジュジやカティーアにとっては湯を張った大きな桶に体を浸すことが一般的らしい。
東の大陸でも大衆浴場も栄えていて、おれとジェムは面白がって色々な浴場に行ってみたりもした。
なぜジュジみたいに個室の風呂に入らないかって?個室に風呂がついている部屋を借りようと思ったらいくら金があっても足りないからだ。
おれとジェムが泊まるような悪くはないけど最上ではない部屋は、風呂なんてついていない。というか、そんな金を払えるカティーアがおかしいだけだ。宿を取るたびに金貨20枚も30枚もじゃらじゃら出せるなんて貴族でも領主でもなかなかいないと思う。
おれたちもそこそこ良い部屋に泊まれているので、カティーアがおれたちに渡す金をケチっているわけではない。
「ファミンもお湯を浴びたんだよ」
「あ……ああ」
ジュジに手を引かれて、ファミンがおれの前におずおずと姿を現す。
ボロボロの野良猫みたいだったファミンは、ただ風呂に入って少しめかしただけなのに見た目がすごく変わっていた。
埃や泥がついていてくすんだように見えていた肌は、お湯で温まったお陰で透き通るような白い肌だということがわかったし、ボサボサでパサついていたはずの金髪は艶を取り戻し、燭台の火を受けてきらきらと光って見える。
「な、なんだよ」
「いや、その……似合ってるし、綺麗だなって」
「でしょう?似合うなーって思って私の服を一着譲ったの」
恥ずかしいのをごまかしたいのか、ファミンはおれの胸元を手で軽く押して顔をそむける。
ツル模様の刺繍で裾が縁取られた若草色のドレスを着た彼女は、どこかの令嬢だって言われても信じてしまいそうなほどきれいだった。
「またね、ファミン」
おれとファミンを部屋の外まで見送ったジュジは、ゆるゆると手を振る。
無視をするかと思ったけど、ファミンはぎこちなく手を振り返して、ゆっくりとジュジに背中を向けた。
妙に緊張しながら、彼女の手を引いてさっきカティーアから鍵を受け取った部屋まで向かう。
近くの部屋からはにぎやかな笑い声が聞こえてくる。誰かに見られるのも面倒だし……と自分に言い訳をしながら、おれたちは部屋に入った。
とりあえず宿は確保したけど……これからどうすればいいんだ。
そんなことを思いながら、とりあえず少し硬めのベッドに腰を下ろす。すると、ファミンがおれの隣に座った。
「な、なんだよ」
声が上ずる。
客にはならないって言ったし、そういうことはないと思うけど……。もし、そういうことを求められたらどうすれば……そんなことを考えながら、身を寄せてきたファミンの顔を見た。
「おまえ、大きなドラゴンをたおす魔法使いの話、知ってるか?さっき黒髪の女が話をしてくれた。姉さんも好きそうな話だった」
目を輝かせながら、ジュジから聞いた話が気に入ったと話すファミンは、見た目よりもずっと幼くて、まるで少女みたいにあどけない笑い方をする。
言葉遣いも乱暴だけど、どことなく幼い。おれより背が高いから勝手に年上だと思っていたけど……案外おれと同じくらいか年下なのかもしれない。
「ああ、ジュジの好きな神話か。あれならおれにも読めるから今度借りればいい」
「字は……読めない」
急に、ファミンが表情を曇らせた。
「あたしは取り柄がないんだ」
「おれだって読めるようになったし、それくらい教えてやるよ」
眉をしかめて、絞り出すようにそう言ったファミンの肩を思わず掴む。
字が読めないくらいでそこまで悲観することはないじゃねーか。そう言ったけどファミンはおれの手を振り払ってそのままベッドから立ち上がった。
「あたしはばかだからな。おしえても無駄なんだ。母様が言っていた。それにお前もすぐあたしになにか教えようなんて気はなくなるさ」
「は?」
部屋を出て行ってしまうような気がして、おれの死角へ移動したファミンの方を慌てて振り返る。その瞬間、鈍い痛みが頭に響いて、意識が遠のいた。
椅子を手にしていたファミンは、今にも泣きだしそうな幼い子供みたいな顔をしている気がした。
「なん……で」
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