5-31:The Upset Girlー誠実で無神経な一言ー

「つい……悪ふざけをした。悪い」


「もう~はらはらしたんですからね」


 頬を膨らませて、彼の肩をパンっと音がするほどの強さで叩く。両手を合わせて「ごめん」と私に謝るカティーアを見て、ホグームさんとイガーサさんは、やっと武器を下げて焚き火の周りへ戻ってきた。


「どういうことなの?」


 イガーサさんが複雑そうな面持ちで口を開く。

 自分の向かい側にいるカティーアを、頭の先からつま先までじっくりと見ながら言葉を続けた。


「カティーアと、確かに髪色も瞳の色も同じ……でも」


「アイツ、もっとほそっちょろいし、ちびネ」


 私もこの間、少年時代のカティーアを見たからわかる。イガーサさんと行動を共にしている方のカティーアは、まだあどけなさも残っているし、不健康と言えるほど細い。


「そうか?俺はてっきり、イガーサ恋しさに作戦を無視してこっちへきたんだとばかり思ったぜ」


 ホグームさんが豪快に笑ってみせると、イガーサさんとアルコさんが「やれやれ」とでも言いたげに首を左右に振って苦笑いを浮かべた。


「俺は、未来からきた」


 髪をかきあげたカティーアは、イガーサさんを見ながら耳にぶら下げた蝶の耳飾りを露出した。


「あ」


 口元に手を当てたイガーサさんが、それを見て小さく声を漏らす。

 返事をする代わりに頷いたカティーアは、流れるような所作で、蝶の紋様が刻まれている右手の甲を三人に見せた。紋章から出た橙色の光が辺りを一瞬だけ照らして、三人は少しだけぼうっとする。


「未来の……カティーア……」


 蝶の紋章が放つ光によってすんなりと彼が言ったことを信じた三人が、一斉に私へ視線を向けた。


「ジュジさんは……彼とどういう関係なの?」


「わ、私は彼の……」


 イガーサさんの問いに対して、咄嗟に弟子ですと言おうとした私の肩をグイッとカティーアが抱き寄せる。


「俺の伴侶だ」


 イガーサさんの瞳孔が一瞬だけスッと縮んだ。


「え」


 小さな声を漏らしたイガーサさんが固まって、みんな一斉に押し黙る。

 ホグームさんと、アルコさんが横にいる彼女の表情を確認し、それから私とカティーアの顔を見た。

 私も驚いて、そして、彼女の内心を慮って声を失う。


「び、ビックリしちゃった。その、ね、あ、変な意味はなくて……おめでとうというか」


 最初に口を開いたのはイガーサさんだった。

 あたふたと手元を動かして、取り繕うような笑みを浮かべた彼女は、腰に下がっている革製の水筒に手をかける。

 でも、慌てていたのか、手から滑り落ち、べちゃんという音と共に彼女の体に当たった。

 イガーサさんの、若草色の服をしっかりと濡らした水筒は、地面に落ちて土を湿らせていく。


「き、着替えてくるね。ついでに体でも拭こうかな。ごめんなさい」


 イガーサさんはサッと立ち上がり、足早にテントへ向かうために背を向けた。

 彼女の背中を見送ったカティーアの表情は、ここからじゃよく見えない。

 小さな溜息と共に、彼はポイと焚き火の中に白っぽい軽石のようなもの魔物除けのお香を投げ入れる。


「お前どうするんだよイガーサがあんなに動揺してるのみたことないぞ」

「オマエはバカ」

「そうですよ無神経です」


 彼女がすぐには出てこないことを確認したホグームさんが、声をひそめながらカティーアへ詰め寄った。

 それを見てアルコさんも同じように声をひそめて彼へ罵倒の一言を投げつける。

 せっかくなので私も言いたいことを投げかけると、カティーアは「うーん」と言いながらふわふわの髪の毛をワシワシと掻いて、もう一度溜息を吐いた。


「明日の作戦に支障が出ないように、ちゃんと後であいつには話をするから」


 胸がチクンと痛む。

 無神経だと彼を糾弾したけれど、彼は私に対しても、イガーサさんに対しても誠実な回答をしてくれた。

 私のことを考えてくれてるのはわかってる。でも、イガーサさんと話をするという彼の言葉に、素直に頷くことが出来ない自分に気付く。


「とりあえず……ホグームとアルコは武器の手入れしておけ。魔人蜘蛛の糸アラクネシルクの補充と……」


 鶴革の袋コルボルドから、カティーアは剣の手入れ用のオイルと、道具を次々に出して敷物の上に並べていく。

 それから魔法で凍らせていた鹿肉といくつかの野菜、そして果実も取り出した。最後に少し大きな鍋を取り出して、火に焚べる。


「すげぇ……」


「便利なもの持っているネ」


 二人は鶴革の袋コルボルドを興味深そうに見つめて、それから並べられたものを手に取る。

 アルコさんは、束ねられた魔人蜘蛛の糸アラクネシルクを手に持ちながら伸縮させている。

 それから、オリーブ色に輝くオイルの入っている小瓶を手に取って元の場所に座ると、弓と矢を取り出して作業を始めた。

 オイルと、鞣した革を手に取ったホグームさんも剣の手入れを始めたみたい。みんなが黙っているので、焚き火のパチパチとした音だけが響く。


「俺は食事を作るから……ジュジはあいつにこれを持って行ってくれ」


 カティーアから手渡されたのは、象牙色の革紐で編まれたバングルだった。綺麗に四つ網で編まれた中央は何かの骨を磨いた台座が付けられていて、台座には、小指の先よりも一回り小さい透明な魔石が嵌め込まれている。


「痛みを和らげる魔法を込めた」


 一言でわかってしまう。彼がこれを彼女のために作ったのだということ。

 それに対して、少しだけ嫌だなと思う私は多分、心が狭い。


「わかりました」


 多分、嫌な顔をしている。だから、彼に見られる前に早くイガーサさんへこれを渡してしまおう。

 そう思ってカティーアへ背を向けようとした。けれど、手首を捕まれて、グイと引き寄せられて、立ち止まる。

 顔を見られたくなくて、咄嗟に顔を背けたけれど、彼は私の顎に手を添えて私の顔を自分へ向けてしまう。


「悪い。多分、嫌な思いをさせている」


 そのまま数秒見つめ合って、彼が私を抱きすくめた。彼の唇が耳元に当たって、少し掠れた小さな声が吐息と共に耳に当たる。以前ならきっと私が我慢しているのを知っていても、私から何も言わない限り、知らない振りをしようとしていた彼が……。

 大丈夫と言おうとして、私は首を横に振った。愛する人が変わろうとしているのなら、私も耐えてやりすごすのはやめよう。


「そうですね。でも……あなたの気持ちもわかるから心配しないで」


 頭を優しく撫でられる。少し困ったような顔をしたカティーアは「よろしく」と言って私の背中を押してくれた。

 心配しないでいいとは言ったけれど、胸は緊張で張り裂けそう。

 ドアの代わりに、人目を阻む役割を果たしている革の垂れ幕に手をかけて、私はテントの中へ足を踏み入れた。

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