Jiuji
4-10:Determination To Rely On-差し伸べられた手-
ファミンの母親―ドゥダールが姿を消してすぐに、彼女は気絶するように眠りに落ちた。
あれだけ痛めつけられたのだから当然だと思うけど、肉体的な傷よりも心の傷が深い気がして心配になる。
夕食を食べ終わった私は、まだ目を覚まさない彼女の看病をするためにお湯を持って部屋の扉を開けた。
「え?待って!」
ちょうど部屋の窓に足をかけているファミンと目が合って、私は大きな声を出しながら手に持っていた桶を放り投げた。
窓辺に駆け寄ってファミンの肩を掴む。
少し力を込めてひっぱると、彼女の細くて華奢な体は私が思っていたよりもさらに軽かったみたいで、勢い余った私は、ファミンを抱えたまましりもちをついてしまった。
いたたた……とお尻を押さえていると、その音を聞きつけたらしいシャンテが息を切らせながら部屋へ入ってくる。
「母親の元に……戻るつもりなのか」
「姉さんのためにあたしは働かないといけない。だから戻る」
立ち上がったファミンの骨ばった細い手首をシャンテがしっかりと掴んだ。
「あんな親なら姉さんと逃げちまえばいいだろ?」
「あたしと姉さんだけで生きていけっていうのか……?無理だ。あたしは何も出来ない何も知らない。取り柄といえば、殺すことと盗むこと。頭が良くて優しかった姉さんは……あたしがあんなふうにしちゃったから」
「んなのこれから知っていけばいいだろ?」
取り乱してかぶりを振るファミンを見てるシャンテの言葉にも熱が籠る。
助けたいけど、彼女は助かろうと思っていない。どうしようもなくて二人のやり取りを見つめるしかなかった。
「どうしようもないんだよ。誰に頼れるってんだ。なんでも持ってるあんたらとあたしは違うんだよ!」
「……違うけど、違いませんよ」
シャンテの胸を目掛けて握った自分の手を軽く押し付けるファミンに、私は思わず声をかけていた。
「ああ?」
眉間にしわを寄せて露骨に苛立った様子のファミンは、涙を服の袖で拭うとこちらへ顔を向ける。
緑と青と銀色が混ざり合っている不思議な色合いをした瞳が、私を捉えたままキュッと釣り上がる。
「クソみたいな世界はなかなか変わらないけれど、自分が変わることなら出来る。私はそう教わりました」
カティーアから教わったことを口にする。
お説教みたいになってるのはわかってる。でも、放っておくのは嫌だった。
「だからなんなんだよ」
困ったように、眉を八の字にしたファミンへ近付いて、手を優しく握る。振り払われなくて内心ほっとしながら、私は話をつづけた。
「助けてくれる時に助けてと言えるように……変わることも大切なんじゃないですか」
「おれたちは……少なくともおれは助けるよ。友達、だろ?」
私が握ったファミンの手に、シャンテが手を重ねてくる。
運が良くて、親に激しく虐げられなかっただけの私の言葉はきっと彼女を救えないかもしれない。
でも、言葉だけじゃなくて、ファミンが私たちの差し出した手を取ってくれればなんとかできるかもしれない。そう思った。
「あたしは……あんたたちのことを利用しただけで」
「でもあの時、ファミンはおれたちを殺そうとしなかった。そうだろ?」
「……」
まっすぐに自分の目を見ながらはっきりとそう言い切るシャンテの言葉を聞いたファミンは、目を泳がせてから俯く。
「若者同士で話し合いか?青春ってやつだねぇ」
黙ったままのファミンの言葉を待っているところに、カティーアが声をかけてきた。
ジェミトと一緒に部屋まで来た彼は私たちをみてニッと笑うとゆっくりと足を進めて、自分を睨みつけているファミンの前までやってきた。
「出ていきたいなら俺は止めない。でも……仲間の大切な友達が助けを求めるなら、その時は知恵も力も貸してやる」
「え?」
目も口もまん丸に開いてファミンが驚いていると、ジェミトがカティーアの肩越しに彼女に笑いかける。
「子供だけでなんとかできねーことを手伝ってやるのも大人の仕事だからなぁ」
「ファミン……私たちが、なんとかするから」
しばらく、私たちの顔をじっと見比べていたファミンは半開きだった唇をキュッと一文字にしてうなずいて見せた。
胸がドキドキする。このまま見捨てたくない。でも、助かる気のない人を助けるのは難しい。
「……その……」
そっと、小枝みたいに細くて白い指が差し出した私の指先に重なる。
そして、薄く血色の良くない唇が開こうとした。
その時、地響きと破裂音が響き渡り、そのあまりにも大きな衝撃のせいか部屋が揺れる。
「な、なんなんだ」
ファミンが声を怯えた声をあげて私の腕にしがみつく。
カンカンカンと魔物の来襲を告げることを知らせる鐘が鳴り響いて、静かだった街は火が付いたようにうるさくなる。
なにかが壊れる音、割れる音、重いものを引きずるような音と悲鳴がまぜこぜになってなにがなんだかよくわからない。
窓を開いてみると、建物から出てきた人で街はごった返していた。
「助けてくれ化け物が壁を……港に逃げろ」
「蛇だ!巨大な蛇がきた」「馬車がやられた」
「守衛はなにしてる!?早く」
街の人々が波のようになって外壁がある方から海の方へと逃げてくる。
人が逃げてくる方を見てみると、石造りの外壁からは黒い大蛇の頭が覗いていた。
黒い大蛇が身体を大きくうねらせて外壁に体当たりをするのが見える。
ドンっと大きな音が鳴ったかと思うと、頑丈そうな石造りの外壁はボロボロと崩れて石造りのタイルが敷かれたキレイな道や建物を壊していく。
「デカいの以外にもお客さんがいるみたいだぜ」
黒い大蛇によって壊された外壁跡からは。人間の大人ほどもある蛇の魔物たちが次々に入り込んでいるのも見える。
「黒い蛇……
「いや……多分ちがう」
窓から身を乗り出して一部始終を見ていたカティーアは、顎に手を当てて少し考えるような顔をした後、スッと黒い大蛇のお腹あたりを指差した。
「血が……赤い」
前に進み出た黒い大蛇のお腹に幾つかの傷が見える。そこからは、真っ赤な血液が垂れている。
「黒い騎士や魔物の体液は……紫ですね」
「いい子だ。だからアレは
カティーアに促されて、私だけじゃなく、みんなが黒い大蛇の頭に目を凝らす。
「宝石?」
シャンテが首を傾げて窓から身を乗り出すと、宝石という言葉に反応したのか、ファミンがシャンテの隣で同じように身を乗り出した。
確かに、シャンテの言う通り、黒い大蛇の頭上には人間の大人くらいの大きさをした透き通った黄褐色の宝石がある。
「母様!」
それだけ叫んだファミンが、そのまま窓から飛び降りようとするのをシャンテがはがいじめにして止める。
彼女の言葉を確かめるために目を凝らすと、確かに宝石のようなものの中には、ドゥダールの上半身だけが奇妙な形で埋まっている。
腰から下と両肩から先はどうやら蛇と一体化しているみたいだけど……意識を失ったまま蛇に取り込まれている?
よくわからないまま首を捻っているとスッと肺が一瞬で凍ってしまいそうなほどの冷気が頬を刺す。
「気に入ってくれたかい?娘の抜け殻と母親を使ったボクの作品」
氷みたいに冷たい声だなと思った。
咄嗟に声がした方へ顔を向けると、肩まで伸ばした真っ黒な髪を靡かせた一人の青年がすぐそばにある木の枝に腰かけていた。彼は微笑みながらこちらを見ている。
白っぽい
「まぁまぁ、ボクは今すぐキミたちをなんとかする気なんてないよ。それよりさ、早くアレをなんとかしたほうがいいと思うよー」
「ミエド!お前、姉さんをよくも!」
手をひらひらと振って私達に笑顔を向けているミエドに、ファミンが殴りかかろうとするけれど、ミエドは体を僅かに逸らしてギリギリで彼女の拳を避ける。
「ボクはなにもしてないだろう?ただ、キミに宝石を与えて……ああ、確かにキミのお姉さんだったものを素材には使ったか。……でもあれはもうキミの姉さんではないから問題ないよね?」
「嘘つき!お前は……姉さんを助けるって……そう言ったからあたしは……」
辛そうに言葉を詰まらせるファミンを見ても、微笑み一つ崩さないままミエドは言葉を続ける。
「二人を元に戻す方法を探しますと言っただけで、助けるとは言っていないよ。それに……もとに戻す方法なんてなかったんだ。ボクはなんの嘘もついていない……そうだろう?」
「――っ!」
もう限界。そう思ってファミンの代わりに口を開こうとした時、私の鼻先を炎の球が掠る。
その炎球は、ミエドに掴みかかろうとするファミンの横を通り過ぎ白っぽい彼のマントの下にある彼の心臓を穿った……ように見えた。
けれど、炎が彼の身体を捉えること前に、彼はスッと姿を消したお陰でカティーアの炎球はミエドが座っていた木に穴を空けて消えてしまった。
『残念だなぁ……折角仲良く慣れると思ったのに。じゃあ、ボクは帰るよ。戦うのは苦手なんだ……またね……不死のお兄さん』
声だけがその場に響く。気配も追えないし、周りにある草花の妖精たちの会話を拾ってみたけどミエドの姿はどこにも見当たらなかった。
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