5-17:A being to eat me.ー私と彼の正体ー

 あたしたちが馬車に乗って逃げ出した日、何があったのかを聞かされた。

 あの火事や爆発は、アルパガス軍の操る竜騎兵による敵襲だったらしい。

 もう綺麗な白い塔は焼け落ちたし、場所がバレてしまったので使い物にならない。でも、今いる場所は今のところ安全だと灰色のローブを着た耳長族が話してくれた。

 なんでも、ここは第二の拠点としてずっと前から秘密裏に作っていた場所なので焼かれた場所より小さいけれど、そこまで不備はないらしい。


 角がある偉い耳長族たちが、新しい結界を開発したって話を耳にした。それに、耳長族の魔法使いが総出で結界を張っている珍しい場面にも出くわした。


「士気をあげるため中庭周りダケきれいにしてるネ」


「だははは。こっちはスカスカで大変そうだな。にしても、どこをみても同じ顔のやつが作業してるのは不気味だな」


 ホグームとアルコが話している通り、庭園とその周りがすごく綺麗だったけれど、塔の中はまだあちこち建設中らしい。


「ホムンクルスってやつネ。魔法院も醜悪グロいモノつかうヨ」


 ホムンクルスは、魔法で生み出される道具。ヒトの形をしてるけど、感情も自我もない。

 説明をされたし、わかってはいるけど、なんとなく無碍に扱えない。それはホグームも同じみたいだった。

 カティーアはヒト型の道具ホムンクルス消耗品の民あたしたちのことも、どちらも道具として認識して、使っている。それは身を以て知っている。

 アルコも合理的な性格というか、割り切りが良いから、彼らが感情も意思もないとわかるととして扱うようになった。

 でも、あたしとホグームは彼ら・彼女らをついつい人として扱ってしまう。だから、食事を持ってきてもらえばお礼を言うし、倒れていれば心配をする。

 あたしはわかってる。でも、ホグームは、まだ知らない。

 カティーアが呪われていることも、どうやって呪われているのに生きているのかも。


 それは思っていた通りのタイミングで起きた。


「なにしてるんだ!ほむんくるすってやつらとちがってこいつは悲鳴をあげたぞ」


 三人でする訓練の初日を迎えた日。

 指示をされたカティーアが、魔法をいくつか疲労したのをあたしたちは見学した。

 大きくて綺麗な幾何学模様の魔方陣が彼の背後に現れて、藁を束ねた的を焼き尽くすほどの大きな炎を放っていたのを覚えている。


 それから、あたしたちは別行動で運動をして、休憩時間に、ホグームが少し席を外した。

 大きな声が聞こえて駆けつけたあたしとアルコが目にしたのは、険しい顔をしてカティーアの胸元を掴んでいるホグームだった。

 二人の足下には真っ黒な獣が横たわって死んでいた。

 胸ぐらを掴んでいるホグームの手を、カティーアは手で払い落とす。

 自分を睨みつけているホグームから目を逸らしながら、めんどくさそうに金色の髪をかき上げたカティーアは僅かに顔をしかめた。

 その表情が、あの時の幼かったカティーアと重なって吐き気がこみ上げてくる。あたしは、思わずその場にしゃがみ込んだ。


「……素材ルトゥムは、俺のために繁殖させてる。ただ使うべきものを使っただけだ」


 圧倒的に自分より体格の良いホグームが激昂しているというのに、彼は怯える様子がない。

 それどころか、カティーアは、淡々と自分の事情を述べている。それは冷酷で、残忍なように思えた。

 あたしたちが揉めていることに気が付いた衛兵たちが、数人駆け寄ってきた。あたしとアルコを押しのけた番兵たちは、ホグームとカティーアの間に割り込んで、二人を引き離していく。


 一度、別室で待機するように言われて、小さな部屋に押し込まれる。

 無言のまま、足元を見て重い空気をしばらく味わってから、あたしたちは魔法院の総括に呼び出された。

 衛兵たちが前後を挟む形で、あたしたちは白い塔の中へ案内される。ツルツルとした手触りの壁と銀の装飾がされた室内を歩いていく。


 やっと立ち止まった衛兵は、青く煌めく不思議な扉の前で立ち止まる。


「入れ」


 あたしたちは、言われた通り部屋へ入った。

 カティーアを先頭にして、アルコ、ホグーム、あたしの順で部屋に入ってすぐに置かれていた長椅子に腰掛ける。


 すぐに、別の扉から女性の耳長族が入ってきた。ゆっくりとした動きは、尾羽の長い大きな魚を思わせる。

 額に半透明の美しい角が生えている女性は、プネブマと名乗った。プネブマは、長机を挟んだ向かい側へ座ると、あたしたちの顔を見て上品に微笑む。

 他の耳長族よりも透明感のある銀色の真っ直ぐな髪は、頭頂部の少し下で一つにまとめられている。


「新たに魔法院の統括になったプネブマよ。今回は、あなたたちにキチンと説明しておきたいことがあってここへ来て貰ったわ」


 大きな透明の板が嵌め込まれた窓。そこから差し込む太陽の光が、彼女の白いローブを照らしてきらきらと光る。

 真っ白で細い指を重ねながら、彼女はスッと涼しげな目元を細めた。


「特別な人事だったのに説明が足りないまま訓練をさせてしまったのはこちらの落ち度ね。申し訳なく思っているわ」


 頭を下げると、綺麗な銀色の髪がサラサラと音を立てて肩から落ちる。

 流れる水みたい……と見とれていると、キュッと薄い唇を結んで顔を上げたプネブマと目が合った。


「まず、カティーアの体質のことから説明しましょう」


 そう言って、プネブマはカティーアについて話し始めた。

 彼は、ほとんどの耳長族を凌ぐ強力な魔力を持っていて、すごい大魔法を使うことが出来ること。

 そして、彼が魔法を使えるのは、獣の呪いが関係していること。

 最後に一番重要だと言って聞かされたのは、カティーアが魔力を使いすぎると、彼の身体を獣の呪いが蝕んでしまうこと。


「彼が獣の呪いに呑まれたとき、魔法院の大魔法使いは、アルパガスより強大で危険な魔獣になるわ」


 プネブマに見つめられたカティーアの表情は何も変わらない。

 机に置いてあるお茶で口を潤したプネブマは、更に話を続けた。


「しかし、彼が魔獣になるのを防ぐことが出来るわ。それが、ホムンクルスや消耗品の民ルトゥムを使って獣の呪いを分けることなの」


 プネブマの言葉を聞いて、ホグームは腕を組んで小さく唸り声を上げた。


「……つまり、アレはカティーアにとっては食事だとか薬を飲むと同じってことか?」


 生きる上で、ヒトは獣を殺す。だから、人の形をした道具の生命を使うことも仕方ない。

 わかってはいるけれど……。


 眉間に皺を寄せたまま首を傾げるホグームは、さらに言葉を続ける。


「それにしてもよぉ……やっぱり目の前でされると良い気分ではいられねえな。オレたちは大勢の人間を救うためにアルパガスを殺すんだろ?」


 カティーアの体質を否定するわけでもなく、殴りかかるわけでもない。プネブマとカティーアを交互に見た彼は、赤い逆立った髪をワシワシと掻いて困ったような表情を浮かべた。


「ホムンクルスや素材ルトゥムは人間に含まれないと考えりゃいい。プネブマ、そうだろう?」


 ホグームをチラッと見て、溜息を吐いたカティーアが姿勢を崩す。長机の上に両足を放り出して頭の後ろで腕を組む彼を見て、プネブマは首を小さく横に振った。


「そのことについても、話しておきたいことがあります」


 満月をそのまま嵌め込んだような灰色の瞳が、あたしを正面から捉える。

 胸の辺りがキュッとして背筋が伸びる。

 消耗品ルトゥムの民を人間ではないと言った彼は、あたしがそうだと知ってどんな顔をするんだろう。

 軽蔑?侮辱……?それとも、一緒に冒険なんて出来ないというのだろうか。

 頭の先から冷えていくような感覚がして、今にも倒れてしまいそうになるのを下唇を噛んで耐える。


「今回、あなたと共に任務に就くイガーサは、消耗品ルトゥムの民です」


「……旅先でいざとなったら使えってことか?」


 一瞬の間が空いて、カティーアは姿勢を崩したままそう返す。思わずカティーアのことを見るけど、彼はあたしのことなんて見もしていない。

 ホグームが立ち上がってカティーアに何か言おうとして、アルコに膝を叩かれる。

 気まずそうな顔をしたホグームが、椅子に座り直したのが視界の隅で見えた。


「イガーサの素材ルトゥムとしての利用は禁じます。彼女は立派な戦力であり、貴重な魔法を扱えるヒト族ですので」


「道具でも役に立つなら突然ヒトとして扱ってやるってのか。慈悲深い魔法院は随分とお優しいことをしてくれるねぇ」


 バカにするように笑ったカティーアの鋭い犬歯がチラッと見える。目は全然笑っていない。

 ハッと鼻を鳴らして、カティーアは立ち上がると部屋の出口へと勝手に向かって歩きはじめた。


「その女を使うなってのが俺への用件だろ?用件が済んだなら、部屋に戻る」


 プネブマが何かを言う前に、乱暴に扉は閉められた。

 部屋の中に待機していた兵士たちがうろたえたようにしているのを見て、彼女は「そのままにしておきなさい」とだけ言うと、綺麗なガラスで出来たゴブレットを手に取った。

 長机に置かれたままですっかり冷めてしまったお茶を口にしたプネブマは、姿勢を正してあたしたちの方へ再び視線を向ける。


「あなたたちの士気に関わるのなら、人前でホムンクルスや消耗品ルトゥムの民を使っての魔力補給は控えさせます」


「さっきから話してる消耗品ルトゥムの民って何なのかわからないヨ。有限の回復手段なら金髪のアイツ、魔法を使わないで進んだ方がいいネ」


 どうしようかと目を見合わせたあたしとホグームをよそに、アルコは身を乗り出して話し始めた。


「……それは嫌悪感とは別の理由で……ということかしら」


 腕を組んで耳を貸すプネブマを見たアルコは、小さく並んだ牙を見せて笑ってみせる。


「詠唱を必要とする上に目立つ魔法、大勢を相手にするのは有効。野盗や魔物相手に使うものじゃないヨ。大勢を相手にしない時は魔力の温存する方がいいネ」


 確かに、彼の魔法は強力だった。でも、アルコのいうことももっともだ。

 素早い魔物を相手にする場合はあたしの魔法で事足りるし、隠密で動くときには彼の魔法は目立ちすぎる。


「……わかったわ。カティーアについては、任務に支障が出ない限り現場の判断に任せましょう」


 腕組みをして目を閉じたプネブマは、少し間を開けてからアルコの言葉に頷いた。

 そして、手元にある羊皮紙に何かを書き付けると、近くにいる兵士にそれを手渡した。


「もう戻って構わないわ」


 そう言われてあたしたちは席を立つ。

 わざわざ立ち上がったプネブマが、真っ青な扉を開いて「どうぞ」と声をかけてきたので少しだけ驚きながらも、あたしたちは部屋を後にする。


「……貴女の弟、特別待遇で保護をしているわ。任務に励んでちょうだい」


 そう耳打ちをされて、振り返ったけれど扉はもう閉まっていた。

 綺麗に磨かれた青い扉に、自分の驚いた顔だけが写る。


 あたしが頑張っている間は、タフリールは使われないってことなんだろう。

 あたしたちは、カティーアがアルパガス城へたどり着くまでの使い捨ての踏み台なのかもしれない。

 でも、それでもいい。あたしは最後に死んだってタフリールが生きていてくれれば、頑張った甲斐がある。

 レスカテと結んだ契約は、弟の無事じゃない。あたしが魔法を使えるようになること。

 だから、弟はあたしが守るしかない。


――魂を捧げてくれるなら、弟を守ってあげるのに


 蝶の耳飾りからそんな囁きが聞こえてきて、あたしは首を横に振る。

 タフリールに「村に戻る」って約束したんだ。だから、まだ希望がある限り魂を捧げるなんて出来ない。


――わたしの可愛い子。困ったらまた蝶の耳飾りに願いなさい


 妖しげなのに、甘えたくなる不思議な笑い声は、段々と小さくなって聞こえなくなった。

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