1-5:Meet the Heroー私と英雄ー
カティーアの家で生活をするようになってから数日が経った。
弟子候補生になると封書には書いてあった。でも、一向に魔法の勉強を始めたり、修行のようなことをする気配はない。
日中は家事や、魔法書の写本、庭にある畑にある薬草の世話をして過ごしている。
カティーアは家を空けることも少なくない。お仕事で色々な式典に出ることもあるらしいし、調査のための遠出をしないといけないこともある。
その間は、一人で本を読んだり縫い物をしたりすることも多い。
基本的に、家の外から出ない私だけど、唯一、カティーアと二人で外出する用事がある。
「さて、じゃあ仕事に行きますか」
「はい」
その行事を彼は仕事と呼んでいる。
仕事へ行く日は、いつものワンピースの下に黒い脚衣を着て、なんの革かわからないけれど綺麗で艶のある革のベストを着る。
森や山、洞窟でしばらく歩かなければいけないからだ。
「手を離さないように」
差し出された彼の手に触れると、赤く光る魔法陣が足下に浮かんでくる。
彼が仕事と呼ぶ内容の詳しいことは知らない。
何度か聞いてみたけど、いつも「まあ、気分転換みたいなものだ」とはぐらかされてしまう。
それを信じているわけではないけれど、私が必要なのだということはわかるし、これくらいしか役に立てそうにないのでそれ以上は毎回聞けなくなってしまう。
今日も、いつもみたいに太陽が沈んでから仕事へと、私たちは出掛けた。
「今日は、森なんですね」
「毒草や虫に気をつけるんだぞ。まあ、セルセラがいるから草に関しては安心かもしれないが」
そんな他愛ない会話をしながら歩いていると、開けた場所へ辿り着いた。彼はいつも持ち歩いている赤い革袋から、銀色の杭を幾つか取りだして目を閉じる。
小さな声で唇だけ動かして呪文を唱えている彼の手元は、青白い光を帯び始めた。そして、勝手に浮き上がった銀色だった杭は四角を描くように等間隔で地面に突き刺さっていく。
「じゃあ、少し奥へ行ってくる。銀の杭より外側には出ないように。魔物除けの結界を張ってあるから」
「あの……お手伝いは」
「……セルセラと一緒に白くて小さい花を摘んでくれないか? 湯で煮出すと体の調子を整える薬にもなる」
少し考えるように視線を泳がせてから、彼は結界の中に咲いている白い花を指した。
庭にも咲いている珍しくもない花だから、このためにここに来たんじゃないってことは私にもわかってる。
それでも、余計なことを言ったら嫌われてしまいそうで、私は頷いていい子の振りをした。
彼は、どこかへ姿を消して、しばらくすると戻ってくる。
服が破れていることもあるけれど、怪我はない。
「ローブの内側、破けてますけど大丈夫ですか?」
「ああ、このローブは特別製だ。放っておけば直る」
「でも……内側のサーコートまで……」
彼の脇腹辺りの服がまるで鋭い爪で引っかかれたように破けていた。
それを指摘すると、彼は眉を一瞬顰める。
でもすぐにへらっと力の抜けた笑い方をして「気にするな」と言ってふらふらと先へ歩いて行ってしまう。
時々疲れているような表情も浮かべるときがあるけど、彼は何も言ってくれない。
弟子なのに……どうしてだろう。でも、詳しく聴けないまま私は彼の言うとおりにいい子にしていた。
彼が帰るまでは、私はセルセラと一緒にぼーっと待っている。たまにセルセラに話しかけてみるけれど、彼女の声は聞こえない。
独り言を時々つぶやきながら、花輪を作ったり、空を見て彼の帰りを待つ。
「よし、帰ろう」
もしよければ、破れたところを縫いましょうか? その一言すら言えないでいる。
別に乱暴をされたわけじゃない。時々難しい表情を浮かべるけど、カティーアは基本的にいつでも優しい。多分、嫌われてはいないと思う。
余計なことを聞いて、敵意を向けられたり、弟子を取り消しになるのは怖い。
だから、少しでも眉を顰められたり、話をはぐらかされるとそれ以上何も聞けなくなってしまう。
「なあ、足りないものはないか?」
「大丈夫です。またお出かけですか?」
「ああ。二、三日で戻るからいい子にしていてくれよ?」
この家に来て最初の数日は、ほとん会話をしてくれなかった。
でも、最近、家にいる時は一緒に食事をしようと声をかけてくれる。
家を空ける日があれば、こうして食料の備蓄を確かめてくれるし、帰ってきたら外の世界のことを少しだけ話して聞かせてくれたりもする。
立ち入らないように言われている部屋は幾つかあるけれど、特に不自由もしていない。居間にある本棚には数え切れない程の本があるし、菜園の手入れは楽しい。
家の周りは深い森に囲まれているし、誰も訪ねてきたことはないけれど、全然退屈なんかじゃない。箱庭にいるときよりも、静かな生活のはずなのになんだか不思議なくらい。
憧れの人の弟子になったっていう、ずっと夢見ていたことが叶ったからなのかな。
……だから、少しくらいわからないことがあってもそのままにしようと思う。
だって、彼に嫌われて幻滅されてしまったら困るから。
この生活を、なるべく長く続けたいから。
誰も来訪しない家の扉が開くのは彼が帰ってくるときだけだ。
扉が開くと、鈴の音が鳴る。だから、私は何をしていてもそれを中断して、彼を出迎えた。
「ジュジ、手を出してごらん」
三日ぶりに帰ってきたカティーアを出迎える。彼は、ただいまと言うよりも早く私に手を出すように言った。
素直に言うことを聞くと、そっと手を重ねられる。
重ねられた彼の手が退けられると、私の手の上にはヒイラギの実より小さな、虹色に光るキラキラした石が数粒乗っていた。
「綺麗ですね。……これは?」
「ドラゴンの涙」
私の顔を見て、彼は機嫌がよさそうに右の口角を持ち上げて、話を続ける。
「珍しいドラゴンがいるっていうから巣の調査に行ったはいいんだが、結局巣立ちをした後でな。がらくたみたいなものだけど、君くらいのニンゲンの娘は、こういうの好きだろ?」
「は、はい」
「いい子に留守番をしてたご褒美ってやつだ」
お礼を言おうとしたけれど、カティーアはくるりと踵を返して私に背を向ける。その日は、そのまま階段を上り、自室へと帰っていってしまった。
彼は、こうやって留守にするたびに小さなものを渡してくれる。でも、私に物をくれた後は、なんでか目を合わせてくれない。
なんとなく、お土産をくれる彼の声も表情も、いつもよりすこし優しい気がして、嬉しくなる。
……彼は元々、常にヘラヘラしているので表情がわかりにくいから、私の勘が当たっているのかは、わからないけど。
透き通っている桜色の貝殻、燃える水が入った魔法の小瓶、私の肘から先くらいの長さがある銀色をした鳥の風切羽……。
短い期間の間に、こんなにたくさんの宝物をもらった。
今まで彼が持ち帰ってきたものを、こうして私室の棚に飾って眺めていると、幸せな気持ちになる。
普段は恥ずかしいから、この部分に大きな布をかけて隠しているんだけど……。
「ジュジ……今日の夕食は」
突然扉が開いてカティーアが、部屋を覗き込んできた。
驚いて、慌てて棚に布をかけようとしたけど、手が滑ってそのまま腕は空を切る。
勢い余って床に尻もちをついた私を、カティーアは目を丸くして見ている。
小さな音を立てながら、彼の足元に棚から落ちたものが幾つか転がっていって、彼が屈み込むのが見えた。
「その……あの……」
「気をつけろよ? ほら」
拾ってくれた大切な物を受け取る。耳から火が出そうなくらい熱い。
「あ、ありがとうございます……宝物……見られるの恥ずかしくて」
不思議そうな顔をしているカティーアに、少し弁解をすると、彼の手が止まる。
「宝物、か」
眉尻を下げながら笑った顔が少し寂しそうで、よくわからないけど胸の部分がぎゅって痛くなった。
一瞬だけ眉間に皺を寄せたカティーアは、すぐに私に背中を向けてしまう。
「お前は、昔の知り合いに似てるから甘やかしたくなるのかもな」
そのまま彼は部屋を出ていってしまった。用事……あったんじゃないかな? と思うけど、私もそれどころじゃなくてその日はベッドの中に潜り込んで眠ってしまった。
そんな細やかな幸せがずっと続いてくれればいいのに。
でも、たまに思い出す。私は彼の弟子のはずなのに……と。
魔法……使えるなら使ってみたいんだけどな。
そう思っているけれど、カティーアは魔法について聞くと「そのうちな」といって話をはぐらかす。
「魔法を教えてもらえないのは……私に何か原因があるんですか? 何か不満があったら直すので教えてください」
なにかしてしまったのだろうか……それとも才能がなさすぎる?
弟子失格になってしまうんじゃないかと心配になって、勇気を出して聞いてみた。
「いや、不満があるとかそういうことではない。君は、そうだな……十分役に立ってくれている」
言葉を濁したカティーアに、いつもどおりはぐらかされてしまう。
機会を見つければ似たような質問をしてみたけれど、彼は曖昧な微笑みを浮かべて言葉を濁すばかりだ。そして、質問をした後はいつも自室に籠もってしまう。
彼の部屋には、入ってはいけないと言われている。
彼と話せない時間が増えてしまうなら、つまらないことは聞かない方がいい。私は、彼に魔法を教えてほしいというのを諦めた。
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