6-7:Contract for elvesー繋縛の書ー
頭が痛くなってきそうな話だ。
カガチという女の指令で俺の両親は殺され、同じヤツが呼び寄せた神のせいで俺は大切な人を殺めてしまった……。
湧き上がってくる怒りを両手を握りしめて耐える。くだらない私情をここに持ち出したとしても、きっとヘニオは眉一つ動かさないまま思ってもいない謝罪の言葉を述べるし、必要とあらば俺の目の前で頭も下げるのだろう。
隣に座っているジュジの手が、そっと俺の手の上に重ねられた。言葉はないが、それだけで幾分か楽になる。
「ああ、それと神獣について知っていることも話しておきましょう。
「……続けろ」
ジュジが息を呑んだ音が聞こえた。代わりに緊張してくれている気がして、少しだけ気が楽になる。
どうせ俺の親が神獣だったという話でも来るのだろうと予想しながら、ヘニオに話を続けるように促した。
「彼ら神獣と呼ばれる存在は、カガチを殺すためにこちらの世界へ来たという説が有力になっているわ」
「……異界からの刺客、とでもいうわけか」
どうせ知っている情報が来るのだろうと思っていたが、思ってもいない事柄が伝えられて内心動揺する。
「そうよ。だから、私たちはカガチを封じた後も神獣と神の御子の血を継いだあなたを生かすことにした。神殺しの神獣と旧き神と繋がる者との間に出来た子供なら、カガチや異形の龍神を殺せるかもしれない……と考えてね」
「
淡々と感情を交えずに話をしていたヘニオが、感情らしきものを僅かに露わにした。ふっと息を漏らすように短く笑い、肩を竦めた彼女だったが、すぐに元の表情に戻ってこちらを見る。
「俺に神殺しをさせるつもりなら、さっさとやればよかっただろ? 何故すぐにカガチを殺さなかった?」
「魔力を使えば、獣の呪いに蝕まれる燃費の悪い兵器を動かすには、それなりにたくさんの
平然とヘニオはそう述べた。確かに事実ではあるが、それはそれとしてジュジのいる場所で
苛立っていても仕方ないが……と横目でジュジを見たが、彼女は怯んだ様子も傷付いた様子も見せずにまっすぐヘニオを見つめていた。
この程度で動揺していた自分を恥ながら、俺も気を取り直して正面を向く。
「異界から持ち込まれた古代の文献を解読し続けた
「神獣がそうだったって話じゃないのか?」
「異界の書に記されていたのは、破壊神アシュタム。どうやらその破壊神が中心になってカガチを倒すために神獣を生み出した……ということまで
アシュタム……聞いたことはないはずなのにどこか懐かしい気持ちになる。
見知らぬ世界にいた神の名。炎を司る神ならば、同じ力を持つ俺の父と関係があるのだろうか。
「じゃあ、神獣も、俺も使い物にならない今、その異界の神を召喚するってのか?」
「いえ、あなたを神殺しに育てる前にその案も打診されたわ。でも、不可能だった。破壊神アシュタムを異界に顕現させるには五体の神獣を贄に捧げる必要があると記されていたけれど、神獣たちはカガチの手に寄って全て死に絶えていたのよ」
神獣は全て死に絶え……と聞いてジュジの眉が微かに動いた。
(言いたいことはわかるが、
どこかで
彼女は小さく頷いてヘニオへ視線を戻した。
おそらく魔法院はランセの故郷にいる神獣のことを知らない。まだ伏せておくべきか……。
少なくとも今、バカ正直に手持ちの情報を曝け出す理由はない。
俺たちが目配せし合っている間、話を止めていたヘニオが再び説明を再開した。
「どんな手でも試すべきだと結論を出した
「莫大な魔力を確保するために
ジュジが質問をすると、ヘニオは静かに頷いた。
何も言及や質問がないということは、今のところ俺たちが神獣について情報を握っていることはバレていないとみて良さそうだ。それか、神獣がいなくとも問題のない強度の高い計画が実行中なのか……。
「その通りよ。莫大な魔力を確保するために、私たちはアルパガスが死んでからも
「
最初に、お前は使い捨ての道具だと伝えたときもそうだった。初めて実物の
気を取り直して、俺はヘニオにさっきから思っていた疑問を投げかけた。
「それだけ準備をしていて、封印を解いたのは何故だ」
「……あなたが魔法院をめちゃくちゃにしてそこの
フッと一瞬、ヘニオの口角が上がった気がした。
瞬きをするとすぐに消えていたから見間違いかもしれない。微笑む理由も思い当たらない。彼女にとって楽しい思い出でも、愉快な思い出でもないはずだ。
気にしないふりをして、俺は彼女に話を続けるように促す。
「私は、始祖の六角の魂と記憶、そして魔力を有するこの
小さな声で「これカティーアのせいって事か?」というフィルの声が聞こえてくる。うるせえと心の中で思いながらチラリと視線を送ると。目を丸くしたフィルが、ジェミトの背中に隠れるように移動した。
ガキは難しい話が続くとすぐに飽きるし、くだらないヤジを飛ばしてくるな。さっさと終わらせるためにも今はフィルを無視することにして、俺はヘニオへ視線を戻した。
「
「実力差を理解した良い判断だ」
軽口を叩くも、ヘニオは俺を相手にしない。いつも通りの反応だ。
そして、もう一つ良い情報を得た。ヘニオは「呪いを受け止めても壊れない」と言った。つまり、魔法院は俺が獣化の呪いを克服していることまでは把握していないと見て良さそうだ。
奥の手になり得る俺のことを魔法院は殺せない。そして、俺が獣の呪いに呑まれるリスクがあると思われている限り、恐らくジュジのことも殺せないはずだ。
顎を一さすりするフリをして浮かんだ笑みを隠す。
「他に聞きたいことはあるかしら?」
ヘニオの言葉にジェミトが声を上げた。
「
スッと目線をそらしたヘニオは、懐から小さな黒い革袋を取りだした。更に、そこから小指の爪ほどの大きさしかない透明の棘をつまみ出して、机の上にそっと置く。
「
「そのせいでオレたちの村はなぁ……!」
言葉を荒げる自分を見ながら、淡々とした口調で「兵器の試作品が想定外の挙動をして、被害が大きくなってしまった件に関しては申し訳なく思っているわ」と述べたヘニオに、ジェミトは舌打ちをした。そんな態度を見て、ヘニオは何かに納得したかのように小さく頷いてから言葉を続けた。
「見たことがあると思ったら……
「いらねえよ。それに……オレは次期領主じゃない」
低く唸るような答えて、ジェミトはヘニオを睨み付けるが、ヘニオはそれに怯む様子もなく、短く「そう」とだけ言って、涼しげな表情を浮かべたまま耳に後れ毛をかきあげた。
誰からも質問がなくなったのを確かめるように、俺たちへ視線を配ってからヘニオは姿勢を正して俺に目を戻す。
「足りない情報は、協力をすると確約されなくても提供するわ。ただし、
薄らと青い文字が浮かんでいる羊皮紙を、彼女は片手で器用に机の上に広げた。
俺は異論がないかどうか確かめるために少し離れた場所へ座っているジェミトへ視線を向ける。あいつはしかめっ面を浮かべているものの、静かに座って
こちらの視線に気付くと、ジェミトは俺の顔をまっすぐに見つめてから、首を縦に振った。
「わかった。内容を確認させてくれ」
フィルとシャンテはもう飽きたとでも言いたいように、欠伸をかみ殺しながらつまらなそうな表情を浮かべいてる。
さっさと済ませてしまおう。
ヘニオに声をかけて、改めて机の上に目を落とす。
「滅多に目に出来ない物だ。よく見ておくといい」
俺はジュジにそう伝えて、彼女の肩を抱き寄せながら二人で
書かれている内容を見て、圧倒的に俺たちに有利なものだったことに内心驚きながら、俺は項目を一字一字確認していく。
俺たちへ課せられた条件は一つだけ。カガチ、そして異形の青き龍神を倒すために力を貸すことと書かれている。
「曖昧な定義の文章ですが、大丈夫ですか?」
「この書を俺が何故信頼しているのか教えてあげよう。ここに書いてある文言は、一方だけが命令をしても勝手に発動するような物ではないんだ」
首を傾げるジュジに、俺は薄らと青く光る文字の中から「両者は対等な立場とする」という文言を探して指でトントンと叩いて見せた。
「この場合、どちらかから命令や指示が発生したとしても、俺たちも魔法院にも、それを断る自由は確保されている。だが……もう一押し欲しいな」
一つ条件を付け加えたくて、机の上に置いてあるペンへ手を伸ばす。
「……俺とジュジには、魔法院内を移動する自由も保証する……と」
「かまわないわ」
水鳥の羽根ほどの大きさがある蜉蝣の翅が使われたペンは、魔力を介する契約によく使われるものだ。
魔力を秘めて発光するインクにペン先を付けて、話ながらペン先を走らせた。
最後に、
「カティーア?」
目を丸くしてジュジがナイフに手を伸ばして俺を止めようとした。
魔力を伴う契約には、血が必要なことが多いと教えていなかったな。後で教えるとしよう。
「大丈夫」
そっと彼女の手を受け止めて、微笑むと彼女は渋々と言った様子で腕を下げて両手を膝の上に置き直した。
俺と向かい合うように座っているヘニオも、腰に掛けてある小さな鞄から、ナイフを取りだして白く艶のある取っ手を口に咥えた。
お互い向き合って、机の上に置かれた
ヘニオは、氷のように透き通るナイフの刃を真っ白な腕に当てている。
「いくぞ」
俺たちは同時に自分の腕に一筋の傷をつけた。
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