7-12:Amulet Of Thornsー茨の御守りー

「ジュジ!」


 中庭に訪れた私に気が付いて大きな声で名前を呼んでくれたフィルへ手を振り返した後に、こちらを振り向いてくれたセーロスへ頭を下げる。


「怪我はよくなりましたか?」


 迎寒祭サマインがもうすぐ迫っている。そのせいか、学院カレッジもなんだか落ち着かない雰囲気が漂っていた。

 そんな中、今日からセーロスの授業が再開するとフィルから聞いていたので、時間を見計らって中庭へと足を運んでみたのだ。

 肩で息をする男子生徒や、石畳の上で仰向けになって横になっている生徒たちがいるけれど、セーロスは一人だけ息を荒げるどころか、汗一つかかないまま涼しげな顔で立っている。


「この通りだ。問題はない」


「よかった。これ……先日のお礼です」


 上品な紅色に染められた天鵞絨ビロードの袋に入れた写本と共に、エランの葉で編んだブレスレットを手渡した。


「これはオレが君に渡したものではないが……」


 袋を受け取ったセーロスが、ブレスレットを手に取って首を傾げる。


迎寒祭サマインのリース作りをしていて、材料が余ったので……魔除けの御守を作ってみたんです」


 この時期は、強化魔法を施されて砕けないように加工された植物が多く出回っている。

 だから、私がを渡しても不審に思われないはず。

 やっぱり少しだけ不安だけど。

 手渡してから、返答を待つ時間で、装飾具が好きではなかったらどうしようとか、好みを聞いてから作ればよかったとかいう後悔がぐるぐると頭の中を巡る。


「すまない。……物を贈られることに慣れていなくてオレの勘違いかと。ありがとう」


 彼は唇の両端を僅かに持ち上げて、腕にブレスレットを嵌めてくれた。


「よかった」


 思わずそう呟くと、背後から近付いて来た足音が私の真後ろで止まる。


「ああ、ジュジちゃん、ここにいたんすね」


 どことなく柔らかさを感じさせる低い声の主を振り返って確かめる。栗色ブルネットの髪だけれど、目が隠れる程伸ばされた前髪の中にある一束だけ真っ白な毛束が目立つ彼は……確か学院ここで雑務を任されていると言っていた男性だ。 


「ええと……ネスルさん、お久しぶりです」


 やっと思い出した彼の名を告げて頭を下げると、彼は一瞬止まって、それから口元に笑みを浮かべた。


「ひっひ……こんな雑用の名前まで覚えてくれるなんてあんたは優しいっすね」


 猫のように背を丸めているけれど、頭の位置はセーロスと変わらない。

 大きな人だな……と改めて思っていると、彼が口を開く。


「検査の時間が早まったらしいっすよ。校門の前に馬車が停めてあるんで、そこまで付き添います」


「一人でも別に」


 ネスルさんが校舎の向こう側を指差しながら告げた。ここは中庭だけれど、校門はすぐそこだし、わざわざネスルさんの手を患わせなくても……。そう思って申し出を断ると、ネスルさんは肩を落として首を左右に振った。


「ちょっと前に妖精が暴れる事件ああいう騒ぎもあったっすからね。警備を厳重にって言われてるんすよ」


 ああ、と相槌を打つと、力を抜いたようにネスルさんが笑う。

 腕をそっと取られて軽い力で引き寄せられてから、彼は私に後ろにいるセーロスを指差したみたいだった。

 彼に言われてみて振り返ってみると、セーロスは僅かにだけれど、眉間に皺を寄せてじっとこちらを見ている。


「ジュジちゃんに怪我があったら上も、そこにいる剣術バカも怖いんで……自分オレの為にも一緒に移動してくれるとありがたいっすね」


「心配してくれてありがとうございます、ちょっと行ってきますね」


 頭を軽く下げると、セーロスが僅かに目を細めて小さく溜息を吐いた。


「本来ならば、オレの役目だが……職員としての職務を放棄するわけには行かない。気をつけていってくるといい」


 彼は、それだけいうと後ろにいた生徒達に声をかけ始める。

 どうやらこれから実習も兼ねて校内の見回りをするらしいことがわかった。フィルの一段と大きい文句が背後から聞こえる中、私たちは中庭を後にした。


「ジュジちゃん、もうすぐ糸紡の月冬のはじまりっすけど、ここには慣れたっすか?」


学院カレッジにはなんとか慣れてきましたが……白い塔ここには何度来ても緊張しますね」


「ここが気楽だなんてのは、一部の変わり者や耳長族共でしょうからね。自分オレも得意なわけじゃねえからわかりますよ」


 馬車キャリッジの前で佇んでいるカティーアを見て、前髪の間から僅かに覗いているネスルさんの目が一瞬鋭くなった。

 よくわからないけれど、一瞬だけ敵意のような、殺意に近いものが彼から出ている気がして驚いて、私は思わず息を飲む。


「ああ、あいつがもう待ってるのか。んじゃあ自分オレはここいらで仕事に戻るっすよ」


 でも、すぐに彼はいつもの調子を取り戻して、パッと笑顔を浮かべて私から距離を取った。


「あ、あの」


 背中を向けていたネスルさんに声をかけると、不思議そうな表情で彼が振り向く。その表情は、やっぱり、いつも通りの穏やかな表情だ。


「職員の方、みんなに渡してるんです。ネスルさんも、これ、よかったら」


「あんたの作る御守アミュレットなら効果は期待出来そうっすね」


 ネスルさんは私が手渡した草編みのブレスレットを持ったまま、手をヒラヒラと振ってから回れ右をして足早に去って行った。

 私が作る物に効果があるってこと……お世辞かな? でも、ランセが来た時も、来賓用の館に私たちを案内してくれたし、事情を知っていたりするのかな……。

 嬉しいような、少しだけ不安なような気持ちになりながら、私は先に待っていたカティーアの元へ駆けよった。


「大丈夫だったか?」


「あ、はい。ちょっとばたばたしましたけど」


 御者の人が扉を開いてくれた客車に乗り込むと、扉がゆっくりと閉じられる。しばらくして、馬車キャリッジは徐々に走り出した。

 魔法院の心臓部、白い塔へと続く大通りはたくさんの人や馬車が行き交っている。

 大きな門を二つ抜けると徐々に人が少なくなる代わりに、豪奢な服で着飾った豪商の方や、貴族かそれ以上の地位がありそうな人達とその臣下たちや、褐色や灰色のローブを実に纏った魔法使いたちの姿がちらほらと馬車の中からでも覗うことが出来た。


「ああいうドレスが好みなのか? 今度仕立てさせてもいいが……そうだな、色は瞳に合わせて深い緑にしようか」


「ち、ちがうんです! ただ見慣れない人達だなと」


「ああ、いくら魔法院と言えど後援者パトロンは必要だからな。ああやって招いて色々としてるのさ」


 そんなことを話しているうちにあっと言う間に白い塔へ着いてしまった。

 入り口に立って真上を向いても頂上が見えないほど高い塔は、いつ見てもすごく綺麗で……だけど少しだけ怖いなと思う。

 カティーアと一緒に昔の白い塔を見た時はここまで嫌な気持ちはなかったのだけれど……やっぱり、初めて来た時の怖い記憶がまだ消えないから、こんなことを思うのかもしれない。

 何度来ても慣れないな……と思いながら、カティーアに手を引かれて魔石で動く自動昇降機へと足を運んだ。

 磨かれた白い石で作られた箱は無機質で、落ち着かない。上を仰ぐと、天井の中央には、人の頭ほどもある青い魔石が嵌め込まれている。

 静かに魔石が光ると昇降機の中が水中にいるみたいな淡い青に染まって、コツコツという小さな音が響きわたった。

 談笑する間もないくらいの、ほんのちょっとの時間で響いていた音が止まり、外側からゆっくりと扉が開かれる。


「では、ジュジさんはこちらへ」


 青みがかった灰色のローブを実に纏った耳長族の一人が、私を丁寧に案内する。

 カティーアに手を振ってから、私はその人に大人しく付いていく。もう、何度目かの検査なので緊張はしていないけれど……ここは、カティーアと初めて魔法院に来た時に閉じ込められた部屋を思い出すから、ちょっとだけ苦手だった。

 真っ白で無機質な廊下は、なんだか少しだけ肌寒い。


Εγκριση承認


 抑揚のない声が天井から聞こえるのと同時に、淡い水色の光が、私を案内してくれている耳長族の手元に灯る。

 シンプルなドアノッカーのついた扉を開くと、部屋の奥にある小さな寝台へ連れて行かれた。

 壁際に置かれている棚には色々な器具や薬品が規則正しく並べられている。


「では、左腕を出してください」


 白く清潔なリネンのシーツの上に寝かされた私は、言われるがまま左腕を差し出した。

 耳長族の人たちが私を取り囲んで、腕に刻まれた蛇の鱗模様の痕に魔石や何かの鱗、冷たかったり温かい液体や粉を当てていく。

 必要最低限の言葉だけしか交わさない中で、ふと開いた扉の向こうに妙な気配を感じた。

 魔物に近いようなわたしたちに近いような……。視線を気配の方へ向けると腰まで伸ばした銀色の髪を靡かせて歩く女の人が見えた。彼女の髪は……ヘニオさんやイペホロさんの透き通るように白い銀色とは違っていて、なんだかよく磨かれた剣みたいだなと思った。


「少し眠くなりますよ。力を抜いてください」


 ぼうっとしていると、そう声をかけられた。

 部屋全体をほんのりと照らしていた光蟲ランプシーたちが瞬きを止めてじっと静かになる。

 爽やかさを感じさせる甘い薫衣草ラベンダーの香りが部屋中に満ちてきて、段々と瞼が重くなってくる。

 ぼんやりとカティーアのことや、迎寒祭サマインのこと……それに、腕に刻まれた痕のことを考えながら、私は意識を手放した。

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