iigha

5-12:Want to be strongー変わりたいと願ったー

――お願いします神様。


 それは、なんてことない願いのつもりだった。

 たとえば、明日は晴れてくださいとか、蒔いた種が枯れませんようにとか。

 叶えばうれしいな……なんて気軽な願い。

 昔、父さんが作ってくれたプルメリアの形をした木の飾りを握りしめて目を閉じる。


――あたしは、強くなりたい。


 願って、願って……いつもそれだけで終わっていた。


「覚えとけイガーサ。クソみたいな世界を変えるのは大変だけどな、自分を変えることは出来るんだ」


 あたしの頭を撫でたその人は立ち上がってどこか遠くを見る。褐色の肌をした大きな背中に向かってお父さん!と声を出したところで目が覚めた。


 弟が生まれてすぐのこと。子供を二人産んだ家族の男は、この白い壁に囲まれた村から出て大英雄の完成に協力するために命を差し出す。

 これがあたしたち消耗品ルトゥムの民にある決まりの一つ。

 でも、父は使命を果たす日が来る前に、同胞たち数人を引き連れて村からの脱走を行い……失敗した。

 あたしたちを置いて、父は逃げようとしたのだ。置いて行かれたことは幸いだったのかもしれない。だってあたしたちは反逆の意思はなしとして処刑は免れたのだから。


 でも……戒めとして、あたしはしっかりと目の前で見せられることになった。

 青白い顔をした金髪の子供に触られたお父さんの最期を。

 醜い獣になり、四肢が捩れて血を吐きながら絶命する消耗品ルトゥムの民に課せられた運命を。


 こんな夢を見たのは多分、今朝のことが原因。

 子供であるあたしが成人になった。だから母さんに、消耗品ルトゥムとしての使命を果たす順番が回ってきた。

 あたしたちは、成人すれば魔法院が選んだ相手から一人を選んでつがいを作り、子供を二人設ける義務が課せられている。

 二人の子供のうち、一人が成人をすれば英雄のために命を捧げる……それがあたしたち消耗品ルトゥムの民だ。


 それでも、割り切れるわけじゃない。

 母さんを迎えに来た兵士に殴りかかって「あたしを連れてけ」と叫んでしまった。

 あっという間に広場に待機していた兵士が何人も来てあたしはあっけなく取り押さえられた。


「今は戦時中で消耗品の民ルトゥムが足りない。運が良かったな小娘。処刑は免除してやる」


 あたしに頬を殴られた兵士は、忌々しそうな顔でそういうと去って行った。

 クソみたいな世界は簡単には変わらない。

 逃げようとしても、父さんみたいに捕まることはわかってる。

 私は、首から下げている父さんの形見でもあるプルメリアの飾りを見て下唇を噛みしめる。


「お前らの中で魔法が使える個体でも出りゃ英雄様に命を捧げるよりも別の使命を与えてやれるんだがな。奇跡でも起こらん限り無理な話だ」 


 兵士の中にいた一人が、そんなことを漏らしていたのを思い出した。あたしは、思わず下唇を噛みしめる。

 魔法……耳長族だけが使える不思議な力。目に見えない存在の力を借りて火でも水でも風でも無から生み出せる奇跡の力。

 ヒト族には使えない。だから、ヒト族の中で唯一耳長族みたいな魔法を使えるカティーアというヒト族が英雄と言われ、あたしたちの命を糧にして魔法の研究をしている。

 恐るべき異界からの侵略者アルパガスを倒すために……。


 あたしは、多分いくら鍛えても鎧を身に纏った大人をはね除けられない。

 タフリールも怪我をして、母を連れて行かれたショックで寝込んでる。

 あたしがあんな魔法院の兵士やつらくらい倒せるほど強ければ、弟は泣かなくて済んだし、母は連れて行かれずに済んだのに。


「イガーサ、これを守るのは貴女よ。役目を果たす順番が来たら、次の人に託しなさい……」


 金色に光る蝶の形をした耳飾り。昨夜渡すときは大人になった証……なんていってたけど嘘だったじゃない……。

 柔らかな木の革で編まれた窓からは月明かりが差し込んでいる。

 タフリールの小さな寝息が聞こえて、外は虫が鳴く音しか聞こえない。

 村のみんなはもう寝静まったのかな。


 殴られて少し腫れてしまった頬に、すりつぶした薬草を塗った布を当てる。口の中も切れたらしい。まだ口の中が鉄くさい。

 身体を堅い干し草のベッドに倒すと身体のあちこちが軋むように痛んだ。


――強くなりたい。変わりたい。


 もう一度そう頭の中で唱えて、目を閉じた。今夜はもう眠ろう。

 外に咲いているプルメリアの香りが濃い。部屋に吹き込んでくる風向きのせいかもしれない。風の吹き込んでくる場所を見るのも億劫で、頬を撫でる甘い香りに身を委ねた。

 ゆっくり瞼が重くなる中、急に目の前が橙色に光ったので慌てて身体を起こす。

 橙色の温かな光からはプルメリアのような甘くて優しい香りがした。


 光は、いつのまにかふわふわと集まってきて、女性の形になっていく。

 驚いて声を上げようとするけど、喉が張り付いてしまったみたいに声が出ない。

 周りに助けを求めようとしたけれど、あたしの足は動かない。


 周りを見回して、やっと気付く。自分の足下が土ではなく濃い紫色をした雲だってことに。


わたしは契約を司る神レスカテ」


 光る女性は、そういってあたしを抱擁した。

 甘い花プルメリアの香りが強くなる。懐かしい温かさが身体を包む。いつのまにか、あたしの両頬には涙が伝っている。


「愛しいわたしの子。蝶の飾りを持つわたしの血を分けた可愛いヒトの子」


 よくわからない。とりあえずこれは母さんじゃない。だから、自分の名を名乗る。


「あたしは消耗品の民ルトゥムのイガーサ。母はオドヘヤ、父はトクース。よくわからないけどあたしはあなたの子供じゃないよ」


素材ルトゥムなどという名を与えられ家畜として飼われる憐れな子供たち……あなたたちはわたしの子……神と通じ神の奇跡をその身に宿す特別な御子……」


 これは夢じゃない。夢かもしれない。

 頭の中がぐちゃぐちゃでうまく考えられない。

 ただ、あたしの心の中が叫んでる。魂が泣いている。

 これは愛すべき我々の神であり、この方が言っていることは本当なのだと。

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