5-29:One Last Missionー最後の任務ー

 魔法院へ帰ると、ホムンクルスに出迎えられて、応接間へと案内される。


 静かな廊下を通ると青く煌めく扉があった。今日は扉の前に立つ兵士はいないみたい。

 もう案内してくれたホムンクルスも立ち去ってしまっていた。カティーアが取っ手を掴んで扉を開くと、いつもの長椅子に座ったプネブマさんともう一人の男性がこちらを揃って見る。

 男性の額にも、細くて綺麗な一本の白角が生えているので、すぐに耳長族だということはわかった。

 彼は、時折キラキラと光を反射する灰色のゆったりとしたローブを身に纏って、にこにこと笑顔を浮かべている。


「やあ、はじめましてだね。ボクは風魔法を使う素材ルトゥムを第13管理区から魔法院へ連れてきた偉い人だよ」


 色素の薄い水色の虹彩を輝かせながら、彼が首を傾げると、胸辺りまで伸びた銀色の髪が揺れる。髪が衣類に当たって立てる微かな音もまるで楽器みたいだなって思った。

 すごく綺麗な人……。思わず耳長族の男性に目を奪われていると、私の視線に気が付いた彼が小さく手を振ってきた。

 慌てて「すみません」と謝りながらお辞儀をすると、彼はふふっと笑ってカティーアとプネブマさんへ視線を戻す。


「ボクはイペロホ。ここで魔法についての研究をしているんだ」


 カティーアは訝しげに彼のことを見て首を捻る。まるで見覚えがないとでも言いたげな様子だ。

 それはイペホロさんにも伝わっているみたいで、彼は眉尻を下げて苦笑する。そして、小さく咳払いをすると、ローブの襟元と姿勢を正した。


「この頃のカティーアくんとは、直接会うことがなかったからね。ボクが担当しているのは主に非攻撃魔法や魔法陣の研究なんだ」


「……下部構造インフラの研究者か」


 ふむ……と小さく頷いたカティーアは、納得した様子を見せる。

 イペホロさんはあらぬ疑いが解けたからか、ホッとしたのか、へらっと気の抜けた笑みを浮かべた。


下部構造インフラ……ですか?」


「そこの可憐なお嬢さんにお教えしよう。ボクは、発声言語が違う者同士の意思疎通の手助けや安全な飲料水の確保、一定範囲内の気候操作が可能になる……いたたた」


 イペホロさんが顔を顰めて足下を押さえた。何かと思ってみてみると、プネブマさんが彼の足を思い切り踏んでいる。


「余計なことを部外者に話さないでちょうだい。貴方の役割は、三日後の任務についての説明でしょう」


 足を離されても、足をさすって痛がりながら目に涙を浮かべるイペホロさんを、彼女はむっとした表情で見ながら話を続けた。


「まったく。氷柱の乙女プネブマは真面目だなぁ……」


 渋々と言った様子で、イペホロさんはこちらに身を乗り出す。プネブマさんの合図で、長机の上には地図といくつかの小さな木彫り人形が置かれた。

 どうやらこれはアルパガス城の見取り図で、人形たちは私たちやイガーサさんたちを示す物らしい。

 人形を動かしながら、イペホロさんは話を続ける。


「まぁ、カティーアくん……ああ、どっちもカティーアなのか……」


「赤の魔法使いでいいだろう」


「それもそうだね」


 イペホロさんの緊張感のない様子に、少しイラッとしたのかカティーアが溜息を吐きながら応える。

 そんなことは意に介さずと言ったような感じで、彼はマイペースに作戦の説明をしていく。


「……俺は実際にやったから覚えてる。表門でカティーア昔の俺が囮になってアルパガス城の兵士をおびき寄せる。その間に、イガーサたちを赤の魔法使いがアルパガス城の王座まで先導する。それでいいだろう?」


「そうそう。話が早くて助かるよ」


「アルパガス城内に残る兵力なんてほぼないはずだ。ここで俺をわざわざ使う利点はあるのか?イガーサたちに赤の魔法使いを引き合わせて、混乱を引き起こす方が危険だと思うが」


「私としても、別動部隊と赤の魔法使いが直接会うことは避けたい事態だったの。でも、それをすべき理由についても、この男が話してくれるから、聞いてちょうだい」


別動部隊の子たちイガーサちゃんたちもかなり実力はあるんだけど、この前偵察を送ったときに妙な気配がしたんだよねー。ちょっとやばいなーって気配がさ」


 見取り図の上を滑るイペホロさんの細い指は、アルパガス城の裏門をなぞり、一つの水路に囲われた中庭を指し示す。


「ここに妙な反応があるんだ。悍ましくて禍々しい……えーっといわゆる、魔力溜りっていうのかな?まるでなにかが生まれてきそうな……」


 声を潜めながら、彼は青くて綺麗な瞳でカティーアの顔を見た。

 眉間に皺を寄せたまま、カティーアは彼の指先を見る。


「多分、アルパガスと並ぶくらい強力な何かが出てきそうなんだよね。いやあ、ボクの取り越し苦労だったらそれでいいんだけど。この魔力溜りから何かがでてきた場合、別動部隊のみんなは死んで、ボクたちもおしまいってこと」


 まるで他人事のようにイペホロさんは言ってのける。

 セルセラの記憶にはないことで私も少し混乱する。あの時、力をほぼ使い果たしたカティーアが城内で出会ったのは、魔力回復に使えそうな数人の耳長族たちだけのはず……。


「城に潜入するには……魔力溜りを処理しないといけないってわけか」


「そういうこと。淀んだ魔力溜りは触ると魔力を吸い取られる。多分赤の魔法使いカティーアくんの呪いをすごく進行させちゃうだろうから、この魔石を使って浄化と回収をして欲しいんだよね」


 イペホロさんは、鈍く銀色に輝く円筒状の魔石をカティーアに手渡した。

 魔石の表面には小さい文字でなにか刻まれているけれど、私には読めない文字だ。どこの言葉なんだろう。不思議な形をしている。


「アルパガス暗殺のための別動部隊の面々を城内に送り届け、その吸魔の銀杭シレント クラウィスを持ち帰れば、素材ルトゥムの彼を引き渡しましょう」


「……引き受けるしか選択肢はないだろう?相変わらずいい趣味した命令の仕方だぜ」


 不機嫌さを隠すことないまま、彼は目の前にいる二人にそう言って席を立った。


「魔力の回復手段とかは、なくてもいいのかい?」


 慌てたイペホロさんがカティーアを引き留めようと腰を上げた。でも、プネブマさんにローブの端を思い切り引っ張られて勢いよく椅子に腰を下ろす。

 カティーアに手を引かれて部屋を出る。

 私たちの背中に投げかけるように、プネブマさんが「また連絡するわ」とだけ言ったのが聞こえた。

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