3-30:The end of the nightmareー目が醒めたよー

「……なぁ、そういえばあんたジュジのこと、どう思ってんだ?」


 よりにもよってそんな事を聞くか?タイミングが最悪だなと思わず心の中で悪態をついた。

 表情が強張らないように、なるべく声が震えないように最新の注意を払って俺はジェミトの質問に答える。


「大切な弟子だ。そう思ってる」


「それが本当なら、ジュジは泣かねーんじゃねーかな」


「あ?どういう意味だ?」


 予想に反した解答に反射的に敵意を顕にした俺の顔を見ながら立ち上がったジェミトは、ツカツカと目の前にやってきた。

 背が高いとは思っていたけれど、目の前に来ると改めてジェミトの背の高さが際立つ。

 自分の顎の位置に肩が来る相手を至近距離で見るために仕方なく視線を上に持っていくと、眉をひそめて俺を見下ろしているジェミトの金色の瞳と目が合う。


「再会した日、村に残れって言って泣かせたろ。大切な弟子ならなんで見放すような真似すんな。使えなくなったら適当な村に捨てるっていうのかよ」


「知ったような顔で好き放題言ってくれるねぇ」


 イライラを隠しきれないまま、ジェミトを睨みつける。


「見捨てられたってあいつが泣いてたんだよ。あんた、ジュジあいつが自分のこと好きだって知ってるんだろ?大切に思ってるなら酷い仕打ちなんてしてんじゃねーよ」


 そんな俺に全く怯まずにそう言ってきたジェミトは、俺の胸辺りに手を置いて軽く突き飛ばした。

 突き飛ばされたことに腹が立つより先に、ジェミトの言葉の意味がわからず思わず頭を乱暴に掻きむしる。


「……は?好きな人が出来たからここに残りたいって遠回しに言ってきたのはジュジだろ?だから俺は村に残ってもいいって……」


「はぁ?何考えてんだよ……。どう見てもあいつが好きなのはあんただろ?」


「何言ってるんだ?俺のことは親代わりとして慕ってるだけだろ?」


 詰め寄って言い返した俺の言葉を聞いて、ジェミトが大きくかぶりを振った。


「それなら……過去の女と重ねられてるとか、過去の女の代わりに自分が死ねばよかったなんてジュジは悩まねーだろ」


「なんだそれ」

 

 予想すらしていなかったジェミトからの言葉に驚きすぎて、笑いが込み上げてくる。

 過去の女と重ねていた?嫉妬?ジュジが、俺の過去の女に?そこまで考えて「子供がいる」と言ったことや、セルセラの記憶があるということは、過去の関係を持った女性との記憶も彼女に存在するということに今更気付かされる。

 嫌われていたわけでも、心移りをされたわけでもなく、嫉妬と不安でジュジの様子がおかしかったことがわかって今まで胸の底に張り付いていた薄皮のようなものが破れて頭の中がスッキリした気がした。

 いきなり笑いだした俺を怪訝な表情で見つめるジェミトの肩に手を置いて俺は久しぶりに気持ちよく笑う。


「カティーア……あんた、大丈夫か?」


「大丈夫大丈夫。むしろ絶好調だ。なるほどねぇ……」


 一頻り笑い終えて、やっと思考が言葉に追いつく。


「何年生きてもどんなに経験豊富なつもりでも好きな女が出来ると俺は自分のことも相手のことも見えなくなるらしい」


 頭がスッキリとした俺は、目の前で戸惑いながらも安心したような表情をしているジェミトの両肩に手を置いて姿勢を正した。


「……ありがとう。早とちりでとんでもないことをするところだった」


「好き放題言ったから、あんたに一発や二発殴られる覚悟はしてたんだけど……そんな風に真正面から感謝されるのは照れくせーっていうか……」


 頭を掻きながら目を伏せて笑うと、まるで人懐っこい大型犬みたいだなと思いながらジェミトのことをマジマジと見つめる。

 こいつがジュジの新しい想い人ではないなら、聞きたいことがある。例えば俺がケトム・ショーラに辿り着いた夜にジュジと二人きりで抱き合っていたこととか、ジュジの出したツルを払いもせずに一緒に寝たこととか……。

 肩を持っている手に力を入れると、ジェミトがキョトンとした表情で俺の顔を見るので、なるべく真面目な目をして、口元だけ笑みを作って気になっていることを口に出した。


「それで……俺の大切な宝物と添い寝してた件について聞きたいんだが、一発や二発……殴られる覚悟はあるんだよな?」


「なんで知って……いや……アレは……流れっていうか……つい昔の女に似た雰囲気があって抗えなくて」


 露骨に目を逸らすジェミトに毒気を抜かれた俺は、こいつの肩を軽くグーで叩く。

 背中を向けてクククっと肩を震わせて笑う俺の顔を見て、怒ったふりをしつつも笑いながらジェミトが何かを言おうとしたところで、狼の唸り声と誰かの怒鳴り声が聞こえて意識が一気にそちらへと向く。

 気がつくと歪んでいた空間は森の中に変わっていた。


 緊迫した雰囲気に俺たちは思わず息を潜めてお互いの顔を見合わせる。

 ガサガサと音がしている方へと歩いていくと、美しい赤銅色の毛皮に血をつけたヤフタレクと、その背に乗せられた赤子を抱いたコダルトの姿が見えた。

 人の姿に変わったヤフタレクは、目を閉じて眉をひそめながら自分の手で自分の心臓を抉り取る。


「この子を頼む……俺はカヤールを助けに行く」


「でも……さすがの神獣でもあんなやつら相手じゃ……」


「……俺が死んだら……妻と子を頼む」


 突然自分の心臓を抜き出し始めたヤフタレクの行動に驚いたのか、コダルトの顔は真っ青だ。

 口をパクパクと開閉させて言葉にならない声を発しているコダルトの服をはだけさせたヤフタレクは、自分から取り出されても強く脈打っている心臓をコダルトの胸に強く押し当てた。


「ヤフタレク……なに……を」


 コダルトの言葉に無言で微笑んだヤフタレクの心臓は、静かに内側から溢れてくるように出てきた真紅の炎に包まれる。

 心臓が全て炎に包まれると、続いてコダルトの体も心臓と同じ真紅の光に包まれた。

燃えるコダルトの体の中に溶け込むように消えていくヤフタレクの心臓が見えなくなると、彼を覆っていた紅い光が足先から消えていく。

 光の中から現れたコダルトの肌は、透明感のある白から、ジェミトやヤフタレクと同じ褐色へと変化を遂げていた。

 そして、心臓が溶けていったはずの部分と、右肩にはジェミトにあるものと同じ炎と狼を模した刻印魔法陣が浮かび上がっている。


「最愛の子……俺とカヤールの愛の結晶……お前にも俺から贈り物をあげよう」


 コダルトが抱いている赤子を、ヤフタレクは人の姿のまま優しい瞳で見つめる。

 赤子が「うー」と機嫌の良さような声を上げて、自分が差し出した人差し指を小さな手で掴むとヤフタレクは微笑んで、赤子の額と自分の額をくっつけた。


「神獣ヤフタレクの愛息子アマルよ……お前の高貴な魂と肉体が何人にも穢されぬよう……お前の真名をここに封じ、新たな名前と共に俺の命の力を譲り授けよう……。お前が再び真の名を思い出したとき……その時は……お前が幸せの中に在りますように……」


 アマルと呼ばれた金色の癖っけの薔薇色の頬をした赤子は、今から自分の父がどうなるかもわかっていないようで無邪気に笑うと、ヤフタレクが自分の頬に当てた鼻先を手で叩きはしゃいだ声をあげた。


カティーア……私の故郷の言葉だ。災いや悪神がお前を避けて、お前を罪から救済たすけてくれるヒトと出会えるように……」


 ヤフタレクがそう言って、アマルの頭に手のひらをそっと押し付けて歌うように囁く。

 すると、赤子を包んでいた白い毛織物に記されていた名前らしき文字が消え、その上に見慣れない文字が金色で刺繍のように記された。

 一瞬だけ見えた古代文字でもないどこかの世界の文字は小さな炎に包まれた後、見慣れた俺の名前に書き変わる。


 アマル……俺の本当の名前……。

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