3-31:Unfulfilled Promisesー未練ー

――愛してるわ。ようこそ世界へ私の愛しい子

――俺のことを怖がらないか?大丈夫か?

――大丈夫よ、あなたはこの子の父親パパじゃない

――ねぇ、コダルト、この子に名前は?考えて来てくれたって言ってたわよね

――考えたよ。前にヤフタレクが言っていた故郷の言葉……希望アマルってあったろ?すごくいいなって思って……どうかな……

――最高ね。コダルト、ありがとう……


 ズキンと頭が傷んで脳裏に忘れていた記憶が駆け巡る。

 言葉にできない感情と共に溢れてきた涙を拭く余裕すらないまま、目の前で再生されている俺の両親と名付け親の姿を一瞬たりとも見逃さないように見つめることしか出来ないでいた。


「なぁ……お前もカヤールを愛していたんだろう?実はな……お前の心の声がずっと聞こえていたんだ。でも、聞かないふりをしていた。それなのに……最後まで図々しい頼みをして本当に悪いと思ってる」


「それなら……ちゃんと戻ってきて酒でも奢ってくれよ」


 俺を片手に抱きながら、困ったように頭をかいたコダルトは、笑いながら背中を向けて、どこかへ行こうとするヤフタレクにそう言葉を投げかける。


「そうだな……それまで……息子を……俺達の故郷を頼む……」


 振り返ってそれだけいうと、狼の姿に戻ったヤフタレクの姿はあっという間に見えなくなった。


 また景色はぐにゃぐにゃと変わり、コダルトの記憶の世界は次の場面の準備を始める。

 ジェミトも気が付いているのか、言葉をかけてくる様子はない。

 無言で並んだままの俺達を導くように、記憶の世界は次の世界へ案内していく。

 

 次の場面は、胸を一突きにされて絶命したのであろう金髪の女性の死体と、首と胴が切り離されている巨大な狼の死体……そして、二人の前に幼い俺を抱きながら立ち尽くすコダルトの姿から始まった。

 同じ空間には、両親の死体の他にも真っ黒な獣の姿になり、体がねじ切れて絶命している数体の死体も転がっている。

 これが亀の言っていた呪いか。確かに俺が振りまいていたものと同じだと乾いた笑いが出そうになる。

 コダルトに抱かれている幼い俺は、まだ死をわからないのか不思議そうな顔をして動かなくなった金髪の女性へと手を伸ばし、それを泣いているコダルトに止められた。


「酒……奢るって約束はどうなったんだよ……子供と魚釣りして……狩りもしたいって言ってたじゃないか……」


 幼い俺を抱きしめながら、コダルトがその場に泣き崩れたところで、世界は次の場面に移る準備をし始める。


 重い展開の連続でさすがに何も話せないままの俺たちの気持ちを知ってか知らずか、ぐにゃぐにゃの景色はすぐに次の場面の再生に移る。

 見覚えのある景色だ。今のケトム・ショーラの入り口からもよく見える見慣れた位置……今では雪の積もらない畑になっている場所でヤフタレクとカヤールの遺体は埋葬されることになったようだった。

 涙を流しながら葬儀を執り行う村人たち……だったが、その悲しみに包まれた空気を破壊するかのように白い鎧の騎士たちを従えた一人の女が馬に乗って現れた。

 鱗に覆われた真っ白な肌、真っ黒な闇のような髪、そして血のように赤い瞳と唇をしているその女の姿は白蛇を思わせた。

 薄いベールのようなものを羽織った白蛇のような女はゆっくりとコダルトに近付いてくると、ニヤリと大きく口を歪めて笑った。


「対神獣用に作った妾のかわいいかわいい部下が帰ってこないと思って来たのだけれど、どうやら犠牲以上のものは手に入れられそうねぇ。……まぁ、神の御子は死んだけど。さ、お前たち、これを持ち帰りなさい」


「はっ!カガチ様」


 カガチと呼ばれた白蛇のような女の命令で、彼女の後ろに控えていた騎士たちは埋められようとしているカヤールとヤフタレクの遺体を持ち帰るために武器を構えながら前へ進んだ。

 コダルトを筆頭にした村人たちはそうはいかないと、手にしていた松明や石を騎士やカガチへと投げ始めるが、騎士たちは進む足を止めない。


「神獣のいない辺鄙な村など恐れるに足りん」


 物を避けるために後ろへ跳んだカガチは、大きく歪めた口を更に歪めると、手に持っていた扇を振って、氷の刃を村人たちへと放った。それは、昼間セーロスが使った魔法ととても似ていた。

 氷の刃がこちらに来たことに対して、幼い俺を庇うために体を捩じらせながら咄嗟に手を前に翳したコダルトの手からは、大きな炎の壁が放たれた。

 何人かの村人はコダルトの作り出した炎の壁によって氷の刃から逃れられたが、氷の刃はかなり広い範囲に飛んでいたようで、炎の壁が前になかった不幸な村人の何人かの首はボタボタと重い音を立てて地面に落ちていく。


「あの獣の力をいくらか譲られたものがいるのか……面白い」


 楽しそうに笑いながらコダルトへ一気に距離を詰めてくるカガチに対して、片手に俺を抱いているコダルトは手にしていた戦斧で彼女からの扇での打撃武器のような重さの攻撃を防ぐのが精一杯のようだ。


「ふむ……その貴様が大事そうに抱えているそれは……面白いものをもっているな」


 素早い殴打を重ねて、防戦一方のコダルトを観察していたカガチは、彼に抱かれている赤ん坊おれに目を付けたようだった。

 コダルトがそれに気が付いた時には、赤ん坊の俺の首は彼女の不意を突いて開かれた扇の鋭利な刃によって跳ね飛ばされ、妖しく微笑んだカガチの手に俺の頭部が抱えられる。


「カティーア!」


 そう叫んだコダルトがカガチに掴みかかったときには既に遅く、彼女の手からは俺の頭部は離れ、既にヤフタレクの頭部を回収していた魔法院の騎士たちの手に渡る。


「貴様……」


 カガチは、コダルトに掴まれた肩から炎が吹き出し、氷が割れるようなパキパキという音を立てながら溶けているにも関わらず笑みを絶やさずに彼を見つめ続けている。


「それは神獣の護りを得た御子。こんなことで死ぬはずはない」


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