5-22:To be with himー変わってしまったことー

「ねぇ、カティーアも詠唱魔法だけじゃなくて、あたしみたいに体に魔法を纏えば魔力をたくさん使わずに、素早く攻撃が出来るんじゃない?」


 この日は、少し浮かれていた。

 よくわからないけれど、この前助けてあげた街の領主さんがすごくいい人だったみたい。

 久しぶりの大きな街。石畳が綺麗に敷かれた道を馬車に乗せられて案内されて、大きいお屋敷に招かれた。

 キラキラと天井からつり下がっているのは、光魔法を閉じ込めた魔石で飾られたシャンデリア。

 しっかりと焼いた豚肉には、甘酸っぱい果実のソースがかかっているし、しゅわしゅわと不思議な泡が出る赤い葡萄酒は、すごく美味しかった。

 魔法院からも許可が出たので、あたしたちはつかの間の休息というものを楽しんでいた。


 カティーアも、なんとなく表情が柔らかい気がする。

 小さく呪文を唱えた彼の手から、真っ赤な魔法陣が浮かび上がった。

 魔法陣の中心からは、炎で作られた尾の長い鳥が飛び立ち、お屋敷の天井を優雅に羽ばたいて一周する。

 その鳥のあとを、背中に羽が生えた水の馬が嘶きをして追いかけた。


 幻想的な催しだと領主さんや、招かれていた貴族たちがよろこんでくれたし、カティーアは、たくさんの女の人に囲まれてお酒を金の杯に次々と注がれている。

 あたしたちも、放っておかれることはなかった。周りに来た良い身なりをした人達が、今までの旅路であったことを聞きたいと次々と話しかけてくる。


 前日がそんな浮かれた場所だったから、あたしは気が大きくなっていたんだと思う。

 目が覚めて中庭で運動をしている時に、隣にカティーアが来たから口が滑った。

 眠そうだった目を丸く見開いて、固まっている彼を見て「しまった」と少しだけ後悔する。


 あたしなんかが魔法の天才に何を言ってしまったんだ……と思い直して謝罪を口にしようと口を開き掛ける。でも、その前にカティーアから「あんたの戦い方……気になってたから教えられてやるよ」ってうれしい言葉が聞けて思わずニコニコしてしまう。


「なるほど……。炎を出すというよりは、腕の周りを燃やす感じがいいのか」


 最初は、詠唱のない慣れない魔法に手間取っていたカティーアだったけど、すぐにコツ掴んでしまった。

 あたしの風の魔法は女神から契約で得た能力とはいえ、安定した出力を出し続けるようになるまで結構な期間がんばったんだけどな。

 少しだけ、嫉妬しながらもカティーアが英雄だとか天才だと持て囃されるだけはあると実感してしまう。


「イガ-サみたく風を纏わせるのは無理だが……炎ならなんとかなりそうだ」


「すごい……。あたしでも時間がかかったのにこんなすぐに形になるなんて。天才ってこういうことを言うのね」


 渦巻く炎を両手首に纏わせたカティーアが、満足そうな顔でこちらを見てくる。

 ああ、笑ったこの人の顔をずっと見ていられたらいいのに。

 そう思って褒めたつもりだったのに、カティーアの表情が少し硬くなって焦ってしまう。

 焦ったあたしは、慌てて言葉を続けた。


「あの……ごめんね。避けられてる気がして、どうしても話すきっかけが欲しくて」


 動きを止めてあたしを見つめている彼の、折れてしまいそうなくらい細い手に、あたしは自分の手を重ねていた。


 父さんのことを彼は使った。それに、頻度が低いとはいっても、同族を彼は今も使っている。


 小さな頃は、カティーアが憎くて嫌いだった。化け物だと思ってた。

 でも、旅をしている内に、あたしの憎しみも、彼への気持ちも変わってしまった。

 カティーアは化け物なんかじゃない。それに、英雄でもない。

 あたしと同じ魔法院の道具で、それに……あたしと同じで、笑いもするし拗ねたり、へこんだりする人間だった。


 それに、日々使われている同胞たちに対しては、いつのまにか、あたしは悲しくなったり胸を痛めたりしなくなっている。

 いつの間に、他人事だと思うようになっていたんだろう。いつのまに、タフリールだけ無事ならいいと割り切ってしまったんだろう。

 あたしのためにって、自分が辛いのに消耗品ルトゥムを使うのを減らしているカティーアの方が、ずっと人間らしい。そんなことを考える。


――生きるため他の生き物、犠牲にするはワタシタチも同じネ。ただ少し形ちがうだけヨ


 魔法院から旅立ってすぐのころ、アルコが言っていた言葉を思い出す。

 世界を変えるのは難しい。でも、自分を変えることは出来る。そう言っていたのは父さんだった。

 あたしは……ちゃんと変われているんだろうか。変わってしまったのではなく……。

 服の上から、父さんの形見の花飾りを握りしめる。


「あなたのこと、今は憎んだりしてない。同族ルトゥムを使うのも……こんな時だし……こういう犠牲が出るのも仕方ないとは思ってる」


 こんなことを言っても、彼が弟を使わないと言いださないのはわかってるし、使う相手を決める権限がないのもわかってる。

 ただ、言葉が止まらなかった。隠し続けているほの暗い気持ち。

 魔法を使う自分が、思っていない方向へ変わってしまうのが怖かった。人間でなくなるような、そんな気持ちになるのが怖かった。

 彼なら……魔法を使えるカティーアなら、あたしの怖さがわかるんじゃないかって、そう思った時には、言葉と気持ちが溢れて止まらなくなる。


「……てっきり嫌われてるかと思ってた」


 ぼそりと、目線を外しながら呟く彼の言葉に、あたしは首を横に振った。


「最初はね。でも、ホムンクルスを使うことも、あたしたちルトゥムを使うこともあなたにとっては仕方ないことだから……ってわかったの」


 さっき思い出したアルコの言葉を思い出しながら、彼の手を包み込む。少しだけかさついていて、冷たくなった彼の両腕にはもう魔法は渦巻いていない。


「同族っていっても全員のことを知ってるわけじゃない。それに……あなたがいなかったら結局、魔物やアルパガスの配下にもっとたくさんの人が殺されているもの……」


 あたしは、うまく笑えているかな。

 同族を使っても仕方ないなんて言って、酷いやつだと罵られないかな。

 彼が呪いに蝕まれているのは、元はといえばあたしに遠慮して消耗品ルトゥムの民を使うのを控えているせいなのに。


 でも、彼は何も言わないまま、あたしの目をまっすぐに見つめてくるだけだった。

 暗めの紅い瞳が少しだけ伏せられて、もう一度あたしを見る。そして、ゆっくりと手を開いた彼は、細くて冷たい指を、あたしの指にそっと絡みつける。


「世界はなかなか変わらないけど、自分を変えることは出来る……。お父さんがそう言っていたから」


 カティーアは、無言のままだ。あたしから目をそらすことなく、紅い瞳でこちらをしずかに見つめてる。

 怖がりながら、あたしは言い訳を口にした。


「だから、あたしは戦う道を選んだ。弟を運命から解放するためには、こうするしかなかった……」


 こうするしかなかった。

 弟から離れることしか出来なかったし、同族を見捨てても大丈夫になるしかなかった。

 こんな言い訳ばかりの醜い人間でも、彼はあたしのことを罵ったりしないだろうか。

 不安になりながら、彼を見つめ返す。深紅の瞳は、あたしの醜い心を見透かしているような気がして目がそらせない。


「……俺も変われるのか……な。呪いがなくなれば……もう……」


 いつもの自信に満ちた声でもなく、疲れているのを隠すような無理をしている声でもなく、ただの年若い少年のような声だった。

 でも、そのあどけない声と表情はすぐに隠されてしまう。かぶりを振って唇の片方をつり上げながら彼は自嘲的に笑った。


「いや……忘れてくれ。変わったところで、俺が自分のためにたくさんの人を殺したことは変わらない。それに……魔法を使えない俺には何の価値もない……だから俺は」


 思わず、結んでいた手を振りほどいて彼の両肩を掴んでいた。

 そのまま腕を折りたたんで彼を抱き寄せる。

 

「あなたの呪いが解けても、あたしが一緒にいるって言ったら……変わる気になる?」


「は?」


 薄く血色の悪い唇に自分の唇を重ねる。

 眉をつり上げたカティーアが、驚いたまま固まった。

 一度、唇を離して息継ぎをする。そのまま見つめ合ったあたしたちは、またどちらからともなく唇を重ねた。

 化け物だったカティーアは、人間に近くなった。

 あたしは、多分化け物に近くなった。


 このままたくさん人を殺して、魔物を殺して、同族を見捨ててどうなっていくのかわからない。

 ただ、弟が助かった後の世界で、あたしはカティーアと生きていけたら……そう思ってしまったのだ。

 

――クソみたいな世界を変えるのは大変だけどな、自分を変えることは出来る。


 変えることは出来た。

 変わってしまうこともある。


 自分を変えた後……どうすればいいのかも教えてくれたら良かったのに……。

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