5-18:Why you're here.ーここにいる理由ー

「大丈夫か?」


 先を歩いていたホグームが、あたしがいないことに気が付いて振り返る。

 いつの間にか頭を抑えて壁に寄りかかっていたみたい。慌てて笑顔を作って、そのまま前にいる二人に駆け寄った。


「ちょっとだけ、疲れたみたい」


「どうせ、作戦が開始されたら休めないヨ。今のうちに、ふかふかの寝床を堪能するネ」


 アルコにまで心配をさせてしまった。

 ここで大丈夫だと言い張っても、多分もっと心配をさせてしまう。

 二人の言葉に甘えることにして、あたしはあてがわれた個室で横になることにした。


 太陽の香りがするリネンのシーツの上に寝転がる。

 シーツの下にある干し草は、かび臭くもほこり臭くもなくて心地が良い。


 耳飾りを片方取って、紫色に輝く宝石を見つめる。

 宝石の中は、ゆらゆらと水面みたいにゆっくりと蠢いているけど、さっきみたいに語りかけはしてこなかった。


 魂を捧げるって、どういうことなんだろう。

 耳飾りを、また自分の耳に付けて目を閉じた。


 ……。

 ……。


 いつのまにか、暗いところにいて目を覚ます。


 自分の身体すら見えない暗闇で、辺りから人がすすり泣く声や、誰かの名を恨めしそうに呼ぶ声が聞こえてくる。

 ぶるると身体が震えて、自分が寒さを感じていることに気が付いた。

 芯から冷えるとは、こういうことなのだろうか。それに、なにもかもが満たされない気持ちになる。

 悲しくて、つらくて、さみしくて、寒い。楽しいことが全然考えられない。


 そうだ……あたしはなにをしようとしていたんだっけ。

 タフリール……あの子を死なせたくない。あとは……思い出せない。

 やらなきゃいけないことが、あったはずなのに。

 頭の先がズキズキとして、手を額に当てようとする。でも身体は言うことを聞いてくれなくて、いつまで経っても腕が動かない。

 少しだけもがいていると、ポッと橙色の光が辺りに灯った。

 それで、やっとあたしは気が付いた。

 見えないと思っていたけど、それは間違いだ。

 身体が動かないんじゃない……あたしの身体が……ない。

 

 ないはずの手足が、身体がどんどん冷たくなっていく。

 助けて……とないはずの腕を上に伸ばそうとした。

 

「おい、目を覚ませ。聞こえてるか?」


 声をかけられて、スゥッと身体に空気が入ってきた気がした。

 目を開くと、窓からは太陽の光が差し込んでいる。

 慌てて上体を起こして、思わず自分の身体を触って確かめる。

 手も足もきちんとあることにホッとして、それから声の主に目を向けた。


 金色の髪と、不健康そうな白くて細い首筋。

 驚いた顔をしてカティーアを見ていると、彼は気まずそうに目をそらした。


「部屋の前を通ったら嫌な気配がしたから入らせてもらった。別に、あんたを使おうとしたわけじゃない」


 それだけ言うと、カティーアはさっさと出て行ってしまった。

 なんだか、幼い頃に見た記憶と違いすぎて、少しだけ戸惑ってしまう。

 それにしても、さっきまで見ていた夢はなんだったんだろう。すごく不気味だ。


 魂を捧げたら、もしかしてあんな感じなのかな……。そうだとしたら、女神レスカテの提案に乗らなかったのは、正解かもしれない。


 気持ちを切り替えるためにも、身体を動かそう。

 動きやすい服装に着替えて、訓練のために解放されている広場へと向かった。


 カティーアは、あたしに何も言ってこない。ホグームにも、アルコにも不満を漏らす様子はない。

 あたしたちのせいで、かなり制限をさせてしまっているのにな……と少しだけ悪く思う。


 訓練で、近くの森にいる中型の魔物を退治する時のことだった。

 カティーアは、あたしたちが身に纏っている防具に強化魔法をかけたきりつまらなそうに後方で待機していた。時々、何もない空間を見上げて小さな声で何かを話しているみたい。口元が僅かに動いているのが見える。


 プネブマが言うには、彼には契約を結んだ妖精が見えているらしい。あたしと、レスカテみたいなものなんだろうか。

 カティーアは、あたしと目が合うと気まずそうに目をそらした。彼もホグームやアルコとは、たまに話して、少しだけ笑ったりしているのに……。

 やっぱり、道具とは対等に話すなんて無理なのかな。

 彼の「道具でも役に立つなら突然ヒトとして扱ってやるってのか」って言葉を思い出して、溜息を吐く。


 少しだけモヤモヤした気持ちを抱えながらも、四人行動に慣れるためにという口実で行われていた訓練は無事に終了した。


 元々あたしたち三人は、魔法院が襲撃される前から連携を取る練習をしているから戦闘に不備はない。

 それに、魔力の消耗を抑えるために、カティーアは補助魔法しか今のところ使っていない。

 だから、彼の腕を蝕んでいる獣の呪いは悪化していないようだった。とはいえ、一応旅立つ前に数人のホムンクルスは使用しなければいけないらしい。

 物陰から聞こえた骨の軋む音と、空気や血液が狭い場所から漏れる音。少しだけ耳を塞いでいたらすぐに終わった。

 そんな工程を経て、あたしたちは魔法院を旅立った。


「……音、聞こえてただろ」


「……大丈夫。これくらいは慣れるから」


 ホグームが何か言おうとするのを手で制したあたしは、目を合わせようともしないで、ぶっきらぼうに言うカティーアに答える。


「生きるため他の生き物、犠牲にするはワタシタチも同じネ。ただ少し形ちがうだけヨ」


 荷物を入れた小さな革袋を背負ったアルコが笑う。

 何か言おうとしたカティーアが、あたしの肩に触れる。

 父のことを思い出して、身体が強ばってしまう。

 無言のまま眉を顰めたカティーアは、髪をガシガシと少し乱暴に掻いた。そして、無言のまま、あたしから離れた彼は、ホグームと会話し始める。


 しばらく歩くと、小さな街があった。

 木を組んだ壁に覆われた街の入り口には、見張りの兵士が立っている。

 怪しまれたけれど、魔法院を出るときに渡された一角馬ユニコーンの紋章が入った小さな石膏の札を見せると、街で一番大きな屋敷へと案内してもらった。

 屋敷の中には、街を取り仕切っている領主が待ち構えていて、あたしたちに保存食や、薪、小さな炎が出せる魔石なんかを提供してくれた。


「世界を救ってくれる英雄様だ。今夜はわたしの家に泊まってくだされ」


 領主はそう言ってくれて、大きな家へ案内してくれた。

 思っていたよりも快適な旅になりそうだ……なんて思っていたけれど、そう甘くはない。


 快適な一晩を経て、出発したあたしたちを待っていたのは、なにもない森の中と荒野の連続だった。

 商隊の護衛を引き受けて別の街へ行ける日はマシなほうで、そうじゃないときは野営をしてすごした。

 幸いなことに、カティーアが活躍をしないといけないような巨大な魔物も、アルパガス軍の兵士達とも、まだ出会っていない。


 護衛をしていた商隊と別れて、港町へ向かうために山を登っていた日のことだった。

 今日中に山を下れそうにない。野営の準備をして、魔物よけの結界を張り、野兎の塩漬けを鍋に放り込んで待つ。


「結局アルパガスを倒しても、平和なんて来ないのはわかってるだろ?お前らは、何が目的で戦ってるんだ?」


 暇だったのか、彼なりに気になっていたのかはわからない。少しだけ驚いたあたしは、咄嗟に手に持っていた器に目を落とす。


「家族の弔いのためネ。ワタシ、平和に興味ないヨ」


 鍋をかき混ぜているカティーアに、アルコがあっけらかんとして答える。あたしは、顔を上げて二人の方を見た。

 アルコは自前の毛皮があるのけど寒がりみたいで、まだ寝るには早いというのに既に毛皮の毛布に身体を包んでいる。

 小さな声で「へぇ」と言ったカティーアの口角が少し持ち上がった。けど、アルコが故郷の言葉とあたしたちの言葉の違いに対する愚痴になり始めるとすぐに持ち上げた口角は下がり始める。

 魔法院に居た頃よりも、少しだけ感情を見せるようになってきた彼をよく見たくて、あたしは身を乗り出した。


「翻訳魔法があるっていっても、キヤ《猫》族とウル《狼》族には使えない。改良の余地ありネ」


「オレは、大英雄として有名になって故郷の平和を守りたかったからな。そのために魔法院に来たんだ」


 汚れを落とし、油を染みこませた革でしっかりと磨いた剣を鞘に収めたホグームが、大きな声を出す。アルコの愚痴が中断されたからか、カティーアの表情が、年相応の少年のようなものになる。


「うまいことアルパガスを倒せば、そんな大英雄がいる村を襲おうと思う賊なんていなくなるだろうしな」


「アンタみたいな巨漢デカイヤツいるだけで、襲おうとはまず思わないネ」


 愚痴を遮られたからか、少しだけ拗ねたように耳を伏せているアルコがそういうと、ホグームは豪快に笑って胸を反らす。それから力こぶを作ってみせながら「がはは」と笑った。


 一緒になってホグームたちと笑っているカティーアが、流れるような動作でスープをよそっていく。

 スッと自然に受け取られた木の器を再び手渡されて、彼と目が合う。

 思わず視線を落としながら、あたしは意を決して口を開いた。


「あたしは……同胞なかまを……ううん……弟を助けるために戦ってる」


 彼が持っている器を落としそうになったのを見て、言わなきゃ良かったと後悔する。

 これじゃ、遠回しにカティーアを非難してるのと同じだ。怒らせてなければいいけど……。

 咄嗟に閉じた目を、恐る恐る開いて彼を見てみる。でも、彼はさっきまでと変わらない……どちらかというと、上機嫌にも見える表情をして「へぇ」なんて相槌を返すだけだった。


「そういえば……お前はなんのために戦うんだ?」


 シチューを食べながら、ホグームがカティーアへ質問を仕返すと、彼の動きが一瞬止まる。

 眉間に皺を寄せたと思ったら、急に作り物っぽい表情をこちらに向けて彼はあっけらかんと「特にない」と答えた。

 嘘だ。アルパガスを倒したら呪いが解けるとか、なにかそういう理由でもなければ、死ぬかもしれない危険な任務に参加するはずがない。

 ただ、言いたくないことを無理に聞き出して、嫌われてしまうのは少し怖かった。

 ただでさえ、あたしは彼から避けられがちなんだから。これ以上仲が険悪になったり、トラブルになったら任務に支障が出る。


 ホグームとアルコが話を盛り上げてくれるお陰で、その日の夜も、それからの数日も彼とは気まずいことにはならないまま無事に旅は進んでいる。


 それからも、共に行動している人間関係に関しては順調な旅だったと思う。

 でも、西の大陸へたどり着いてから、状況は悪くなっていた。

 北上するにつれて、魔法院からの支援は減る一方だからだ。


 最初は、快く援助してくれると表明していた街もたくさんあったのに、アルパガス軍から取り返した領地を守るので、手一杯なところが増えた。西の大陸は特に大変みたいで、あたしたちを表立って助けてくれることはほとんどない。

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