5-7:Squatting Beastー守護する獣たちー

「さて、道を開くからじっとしてろよ?」


 落ち着きなく動き回るフィルとシャンテに釘を刺して、俺は初めて転移魔法を使うために集中しているジュジへ目を向ける。

 妖精の通り道アンブラクルムへつながる道は、普段なら魔方陣を描くか、コツを掴んで念じさえすればいつでも開くことが出来る。

 しかし、昨日の契約で新たに開いた門は少し仕様が違っていた。

 ジュジは、首から下げられた小さな宝石に手を添えて目を閉じる。


 彼女の手を取って、俺も目を閉じた。

 閉じた瞼の裏に、真っ赤に光る魔方陣が浮かび上がる。

 彼女に触れている部分が熱を持ち、口にすべき言葉が頭に浮かんでくる。


「「幽世を通る血脈 道を満たす古から続く奇跡の力よ 我らは流離う者 我らは赦されし者 善き隣人の道筋よ 我らが親交の印 今ここで示す 妖精の通り道アンブラクルムよ開き賜え」」


 二人揃えて呪文を口にする。

 体から魔力が抜けて行く感覚を味わいながらゆっくりと目を開くと、ジュジが目を丸くして在るものを見ている。

 成功したか……と思って俺も彼女の視線を追うと、腕を伸ばせば届きそうな位置に、大人一人が通れそうなくらいある真っ暗な空間が口を開けていた。

 彼女が俺の手を一瞬離し、再び指を絡み合わせてしっかりと手を繋がれる。


「え……行くってここを通るのかよ?」


「先が何も見えないぜ?」


 フィルとシャンテがぎょっとしている横で、ジェミトも少しだけ口元を引きつらせて開いた入り口を指さす。


「てっきり炎が封じられた村ケトムショーラを出た時みたいに、魔方陣の上に乗るんだとばかり思っていたからな……勇気は、いるな」


 見本を示すように俺とジュジが先に足を踏み入れる。

 足下は見えない石畳でもあるようで、カツンと靴底が音を立てる。


「ほら、大丈夫」


 ジュジが伸ばした手を、フィルが恐る恐る掴んだ。

 目を閉じてフィルが門の中にピョンっと飛び込むように入り、その後にシャンテも続く。

 最後にジェミトがゆっくりと門の中に足を踏み入れると、背後にあった入り口が閉じた。

 真っ暗な空間では繋いでいる手の感触と各々の息づかいしか感じられない。

 目の前を、黒で塗りつぶされたのかと錯覚するほどの暗闇の中、獣の唸り声のような音が聞こえる。


「ひっ」


 剣を握る気配がしてフィルの肩を押さえる。

 怯えを察した粘獣姉の残滓が、妹を守るために棘を生やしていたのだろう。俺の手に鋭い痛みが走った。


「なにもしなければすぐ終わる。耐えろ」


 声を潜めてそういうと、コクリと頷いたのかフィルの髪が俺の手に触れた。

 さっきから手を繋いでいるジュジの息が少し浅くなっている。緊張しているのだろう。

 ヒタヒタと見知らぬ足音が俺たちを取り囲む。薬と血の匂いが混ざり合った生温かい吐息が時折手の甲や髪に吹きかかる。


「混ザり物ノ花、そしテ刻外レ」「許可しヨう」

「花ノ石持ツモノ、許可すル」


 ぐるぐると俺たちを取り囲んでいた気配が消えると同時に目の前が急に明るくなる。

 すべてが見えないくらいの暗闇から急に外へ出たことで少しだけ混乱をしながらあたりを見回す。

 どうやら森の中にいるようだ。


「こ、こわかった……」

「毎回あんな怖い目に遭うのかよ」


 ジュジとフィルが顔を見合わせて泣きそうな顔になっている。シャンテも口には出さないまでも相当怖かったのか、ジェミトの服の裾をしっかりと握っていたのが見えた。

 恥ずかしかったのか俺と目が合った瞬間にパッと手を離していたので、他の奴らには気づかれなかっただろうが……。

 年頃の若人が見せた小さなプライドにクスッとしながら、小さく震えているジュジの手をぎゅっと握り返す。


「契約を変えると、ああやって通り道で蹲る獣ラビツが見定めに来る」


 真っ青な顔をしているジュジたちが気の毒になったので説明をしてやることにした。

 多分、俺たちの周りをうろついていたのは通り道で蹲る獣ラビツだ。

 道を許可なく通ろうとする肉の殻を持つ者を殺す妖精の通り道アンブラクルムに住む魔物……。

 獅子のたてがみに蛇の顔、狼の四肢に大きく曲がった背中を持つ。そんないい趣味をした見た目のことを話すと、ジュジはともかく、フィルやシャンテが「転移魔法を使わない」なんて言い出しそうなのでやめておく。


「門番たちと利用者の顔合わせみたいなもんだ。次からは瞬きをするより短く転移は終わる。安心しろ」


 嘘は言っていない。ジュジの首飾りさえあればあいつらが俺たちを襲うことはないだろう。


「襲ってきたとしてもあたしが返り討ちにしてやるよ」


「お、おれだって怖くなかったからな」


 フィルが言い出した強がりに釣られてシャンテも大きなことを言う。

 一応、大人とされる年齢だとはいえ、こいつらはまだ子供のようなものだ。強がりを聞き流しながら、俺は森を見回した。

 人目に付かない場所へ来たのはいいが……イガーサの故郷は故意に避けていた為、ここがどこなのか見当がつかない。

 俺は、楽しそうにフィルと話しているジュジの肩をそっと叩いた。


「しばらく南の方へ行くと川があって……えーっとそこから街道にそって川を下っていくと大きな街が見えるそうです。多分それが偉大なる女戦士が眠る街アルワーディンだと思うんですけど」


 ジュジは肩を叩かれただけで何を聞きたいのか察したようで、他の妖精たちから聞いた近くの情報を俺に伝える。

 歩いて半日もかからない位置らしい。

 貴族だけではなく、近隣の村や町に住む人々も、偉大なる女戦士が眠る街アルワーディンにある神殿へ行くと聞いている。

 イガーサは、今では風の女神の生まれ変わりだとか、戦の加護があると吹聴されたせいもあり、今では祈りを捧げられる対象だ。

 特別な変装をしなくとも、このまま怪しまれることなく街へ入れるだろう。

 俺たちはぞろぞろと目的地へ向かって歩き始めた。

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