5-20:Tool-to-Toolー道具同士ー

 日に日にカティーアは憔悴した顔になっていく。

 腕が切られても、折れてもすぐに直るような不死の存在でも、疲労はするものらしい。

 あたしのことを、彼が庇ったからだろうか。今までは、一緒に行動するのを許しただけで、あたしのことは人としても仲間としても見ていないのだと思っていた。

 でも、あの時、彼はあたしを助けてくれた。だから、あたしも彼をもっと知った方がいいと思った。

 そういう不純かもしれない動機で彼のことを観察し始めて気が付いたことがある。多分……年齢は見た目とそんなに変わらない。耳長族みたいに長生きだったり、成長が止まっているとかはではなさそうだ。

 だって、昔あたしの父さんを殺した時のカティーアは、今よりもっともっと幼かったから。


 父さんが死んだ日、あの場にいたのはとても小さな少年だった。あの少年の面影は、カティーアに色濃く残っている。病的なほど白い肌や、細い顎、そして鋭い目……。

 他にも、気が付いたことがあった。

 カティーアは、魔法にはもちろん詳しい。でも、それだけじゃなくて、武器や薬草に関する知識もあるし、あたしたちと違って文字を読める。

 それでも、知らないこともあるみたいで、食べられる野菜や、魚の種類、動物のさばき方も最初は知らなかったし、裁縫の仕方も全然知らない。あと、子供同士でする遊びとか、思い出の話も全然わからないみたいだった。


 彼にあるのは、戦う時に便利な知識だけ。消耗品あたしたちとは違うけど、彼も道具としてずっと扱われてきたんだなって親しみのような、悲しみのような不思議な気持ちになる。


 会話を二人でする機会は少ない。だって、多分彼はあたしと二人きりになることも避けているから。

 でも、直接話さないだけで、あたしたちの関係性が最悪に険悪なわけではない。たぶん。

 カティーアを、ずっとあたしのことを道具として扱う化け物だと思ってた。でも、近くにいて、一緒に過ごしてちがうと気が付いてきた。カティーアも、ホグームやアルコと同じで……あたしのことをそれなりに気遣ってくれているし、完全無欠の超兵器というわけでもないということに……。


 少しずつ、あたしの中で彼への憎しみよりも、親しみの方が大きくなっていた。

 旅では物資も少ないし、満足に睡眠も取れない。だけど、あたしたち四人は何とかうまくやっていた。

 よく晴れた日のことだった。馬に騎乗しているアルパガス兵が数人、駆けていくのが見えた。

 どこへ行くのか気になって辺りを見ると、白い壁に囲まれている村がある。彼らは、勢いよく壁の中へと入っていく。あたしは、いてもたってもいられずに走り出した。すぐ後ろから、カティーアの足音が聞こえる。


「あれ、消耗品ルトゥムの民が住んでいる村なの」


 後ろを振り返って、それだけ言う。ホグームとアルコも、あたしたちの後を追うように走り出した。

 村の周りにいる兵士達は、竜に乗っていなかったし、身に付けている鎧も粗悪なものみたいだ。

 多分、目に付いた村が、たまたま消耗品ルトゥムの村だったんだと思う。ここで略奪をしているのがアルパガス兵の下っ端たちなら、倒すのは簡単なはずだ。

 辺鄙なところにある村が、魔法院にとっての重要な場所だと知られていたら、きっともっと大人数で襲うはず。だから、あたしは走った。走りながら、村の人達の無事を祈る。


「――クソ」


 あたしの背後で、悪態と共に強く地面を蹴る音がする。カティーアがあたしの頭を越えて高く跳び、黒革の鎧を身に付けた男と、その男に切り付けられたであろう女性の前に降り立つ。

 彼女は、腹を深く切られて内臓が飛び出しているみたいだった。

 パクパクと口を開いて声を出そうとする女性の頭に、彼はそっと触れた。あたしたちの村にいた同胞ルトゥムとは違う、綺麗な赤銅色の髪があっという間に黒く染まる。

 獣になって絶命した彼女を見て、黒革の鎧を身につけた兵士たちは怯えたような表情を浮かべてカティーアへ目を向けた。その隙に、あたしがやつらの横から不意打ちを食らわせる。


「……っ」


 一瞬カティーアの表情が曇った気がしたけれど、すぐに顔を逸らされてしまう。

 そのまま村の中に入った彼は、小さな声で何か詠唱をした。聞き取れなかったけど、あっと言う間に彼の足下から茨のツルが伸びて、村の奥で剣や斧を振り上げていた襲撃者たちを絡め取っていく。

 アルコとホグームが村に追いついた時には、もう村の騒動は収まっていた。


「おい。ここを守っていた白鎧のやつらはどうした」


「それが……番兵さんたちは、数日前急にいなくなってしまって」


 近くにへたりこんでいた男に話を聞いたカティーアは、額に手を当てる。それから、大きく首を左右に振って溜息を吐いた。

 ホグームとアルコが、どういうことだ? と言いたげに顔を見合わせる。

 ツルに縛られて動けない兵士たちはというと、最初は叫び越えをあげていたけれど、次々と泡を吹きながら倒れて動かなくなっていた。


「毒だ。派手に殺しても処理が大変だからな」


 ぼそっとそういって、カティーアが踵を返す。

 村の出口へ向かう彼の後を追おうと振り向いた。すると、静かになったことに気が付いた村の人達が、建物の中から扉を開き、外の様子を伺いはじめていた。


「あ、あんたらが助けてくれたのか」


 駆け寄ってきた数人の村人に、言われてカティーアは足を止め、その場にいたあたしたちも、思わず顔を見合わせる。

 てっきり余計なことをするなとか、消耗品ルトゥムを殺す化物と罵られると思っていたから。


「あんたらは命の恩人だ……どう礼を言ったら良いか……」


 カティーアがいるのに、彼らはあたしたちを怖がらない。それどころか、うれしそうにあたしたちを取り囲んでくる。そんな村の人達を見て、あたしたちは首をかしげた。


「どうなってんだ?」


 ホグームに耳打ちをされても、あたしは首を横に振ることしか出来ない。

 いつも消耗品ルトゥムの民は、人一人が入れるくらいの真っ黒な箱に入れられてきた。

 だから、あたしはこうして他の同族を目にするのは初めてだった。


 白肌に赤銅色の髪をした消耗品ルトゥムたちと、あたしたち褐色の肌をした黒髪の消耗品ルトゥムは、同じ呼び方をされているのに全然違う。

 村を救えば、確かに恩人だし、感謝をしても不自然じゃない。でも、カティーアを見ても全く怖がらないのはなんでなの?

 戸惑っている間に、村であたしたち四人をもてなすことになったらしい。正直に事情を話すべきか迷ってしまう。

 

「俺たちは、魔法院から派遣されてきた。番兵たちが消耗品ルトゥムの民を守るために、日々鍛錬を欠かしていないのか視察へ来たのだが……」


 あたしたちを囲み始めた村の人々に、カティーアは柔和そうな笑顔を浮かべながら、一角馬ユニコーンが刻印された石膏の板を見せた。

 顔を見合わせて、ざわざわとし始めた人々を見て、彼はあたしたちに目配せをすると、コホンと咳払いをして声を大きくした。


「では、仕方ない。俺たちが番兵達の行方を捜すとしよう」


 ここまでスラスラと嘘が吐けるものなのか……と驚く間もないまま、あたしたちは、兵士が宿舎として使っているらしい空き家に案内された。久しぶりに屋根のある場所で眠れて、食事も取れるのは確かに助かるけど。

 多くはない荷物を床に下ろして、一息吐く。


「……とりあえず、俺は魔法院に連絡して指示を仰ぐ。ホグームたちは、番兵達を探してみてくれ」


「任せとけ!」


 カティーアが、どかっと床に座り、ローブの袖元から緑色の魔石を取り出した。

 ぽうっと柔らかな光が、魔石の中心に灯るのを見てから、あたしはホグームとアルコと一緒に村の外へ向かった。

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