0-2:Curse and sacrifice-呪いと生贄-
物心がついた時から、俺に親というものは見当たらなかった。
親の代わりと言って良いかわらかないが、表情の乏しい女型のホムンクルスが身の回りの世話をしてくれていた。
そして、灰色のローブを纏った大人たちは、俺に色々な本を読ませて、そして魔法を使えるかどうかの実験を繰り返していた。
「
大人たちの言ったとおりに言葉や歌を復唱すれば、俺の手から光や炎が生まれる。
耳長族ではない者が魔法を使えるというのは、当時とても珍しいことだったと聞かされた。
神が去った世界で、唯一魔法を使える人間……。大人たちは「旧き神無き世界の希望」と、俺のことを褒め称えた。ガキの機嫌を取るにはこうしておけばいいってのが見え見えだが、俺も純粋だったからそれがいいことだと思い込んでいたんだ。
「君は呪われたお陰で、魔法が使える偉大な存在になれたんだ。感謝しないといけないよ」
俺が魔法を使うたびに、大人たちは俺の頭を撫でながら、そう言った。だから、ずっと俺は「呪いと祝福は一対であるが俺だけは例外なんだ」と思い込んでいた。
すごすぎる呪いなので、俺の魔獣の呪いには魔力を与える恩恵と、不死の恩恵があるのだ……と。
今思えば、馬鹿らしいし、悍ましい。刷り込みという奴だ。
魔法を使うと爪先が少しざわざわする程度だったので、呪いというものについてもよくわかっていなかったってのもある。
とにかく、小さな頃の俺は、自分はなにやら呪われているらしいが、その代わりにものすごい力を持っているということだけをようやく理解する程度の頭しかなかった。
住んでいたところは、今でもたまに思い出す。
よく磨かれた石で作られた壁と床。そして鳥や百合の彫られた乳白色の柱が部屋の隅を彩っていて気に入っていた。
窓には薄く透明なガラスがはめられていて、二階の自室から出窓に乗って外を見ると、手入れが行き届いた薔薇の庭園がよく見えた。
薔薇の庭園は、魔素が豊かだったから、昼も夜も妖精がよく集まって踊っていた。光る妖精の鱗粉が夜にはチカチカと瞬いていて美しかったが、それをニンゲンの爺さんたちに言っても首を捻られるだけだった。後から知ったが、あれは耳長族の一部と俺だけしか見えない特別な光景だったらしい。
分かち合う相手はいなかったが、おしゃべり好きの妖精たちは、ガヤガヤと賑やかに歌ったり囁き合ったりしている様子を、二階から眺めるだけでも満足だった。
妖精たちは、基本的にヒトを嫌う。こちらを見てはいるもののヒトには近寄ろうとしないし、他の人間には妖精が見えない。
耳長族も周りにいなかったこの頃は、妖精の見えなかった人間に妖精の話を言うと怪訝な顔をされることが多かった。だから、最初は俺がおかしいのかと思って口を噤むことが多かった。
「君が奇跡の子か。どうだい? これが見えるかい?」
ここを訪れた透明な角を生やした耳長族が、急にそんなことを俺に聞いてきた。それで、俺が見ていたものは実在しているのだということがわかって少しだけホッとしたのを覚えている。
「彼らと無理に関わってはいけないよ。彼らはわたしたちと
そう教えられたので、俺から妖精たちに近付こうとはしなかった。
白一色の二階建ての邸宅に一人。食堂に書庫、そして調理場、大きな寝室と客間がある単純な作りの家で、世話係として置かれていたホムンクルスの女が一体、それが俺が育った場所。
金糸をふんだんに使われた刺繍を施された絨毯、宝石や金銀のあしらわれた白磁の食器、鮮やかな顔料で花や蝶の描かれた皿……今思えばなかなか悪くない趣味の調度品に囲まれて過ごしていた。しかし、子供に彫刻も調度品も陶器の良さもわかるはずはない。時間を潰すために、書庫に置かれている本をひたすら読んでいた。
魔法に関する本や、この世界に破壊神アルパガスが現れる前と後の歴史。それだけでなく、薬草の知識や魔物や魔獣について記された本も読んだ。
ホムンクルス以外の大人と会うのは、決まって家の外だった。
ほとんど毎日、朝日が昇ると同時に世話係のホムンクルスが私室まで服を持ってくる。
絹の白い肌着と、金色の首飾りを首へかける。宝石があますことなく使われているそれは、魔力を周囲から取り込むものだった。
さらに上から着せられた神獣の毛から織った白いローブを、とても重く感じたのを覚えている。魔力をうまく扱えるようになると、重さを感じなくなるというが、当時の俺はよくわかっていなかった。
着替えが終わって玄関のエントランスで待っていると、扉を開いて灰色のローブに身を包んだ大人がやってくる。
「さあ、行こうか」
声をかけられて、俺は深くフードを被って顔を見せないローブの大人の後を追う。
触ってはいけないとキツく言いつけられていた。おそらく、俺の呪いを受けるのが怖かったのだろう。
馬車に俺だけ乗せて、ローブを着た大人は馬に乗って先に魔法院へ戻る。御者もホムンクルスだったことを考えると、こんな子供に怯えている大人が滑稽に見えるな。まあ、当時の俺は、それを少なくとも少しだけ寂しいと感じていたが……。
煉瓦で舗装された美しい道の両端を、手入れのされた季節の花が咲く生け垣が彩っていて美しかった。
道の端をせわしなく歩く鎧を着た兵隊や、ローブを着た魔法使い、そして、子供たちを見ながら俺は、天に向かって空へ伸びた白い角のような塔へと運ばれた。
何度か壊され、移転をされても白い上層部へ向かうにつれて細くなる塔は変わらない。白く高い角の様な塔は、
最初、俺が幼い頃にいたのは、灰色のローブを着た老人ばかりだった。
しばらくして、俺は手から火花や光を出せるようになった。それから徐々に、額に大人の中指くらいはありそうな長さの角を生やしたやつらが増えてきた。こいつらが、アルパガスの領地や城から逃げてきた耳長族だ。
耳長族は、俺にヒト族たちよりも積極的に関わってくるようになった。
新しい本を与えられ、そして知らなかった言葉や歌を毎日教えられた。
耳長族の歌を真似すると変な丸い図形が俺の足下に浮かんでくる。あとから、それは魔法陣だと教えられた。
魔法陣を使えるようになると、火や光を瞬かせるくらいしか出来なかった俺は、少しの水や、そよ風を起こせるようにもなった。魔法陣を出すと、近くに居る妖精が近寄ってくるんだが、嫌な魔法の訓練でもそれだけは少しだけ楽しいと思えた。
操る魔法が高度になったこと、そして耳長族が大きな炎や激しい水流を操る姿を見たニンゲンたちは、俺に更なる成果を求め始めた。
日々、新しい魔法を試され、成功すればよろこばれたが、失敗すれば大げさに落胆された。
しかし、成功しても失敗しても、家に帰る前の俺にかけられる言葉は同じだった。
「呪いのお陰で、お前は魔法という奇跡を使えるんだ。呪いを解いたら、奇跡は失われてしまう」
何度でも繰り返される言葉。大人の言う都合の良い嘘だということが、今になってみればよくわかる。
「奇跡を起こさない孤児を生かすほど、我らには余裕がない。呪いへの感謝を忘れてはいけないよ」
胡散臭い笑顔でそう言われて、ホムンクルスによって俺は馬車に押し込まれる。日が落ち始める時間に、俺は白い家へと帰される。長い間、その繰り返しだった。
しばらくして、俺の魔法も簡単なものなら安定して扱えるようになってきた。
透明な角を持つ耳長族が、やけに明るい口調で「今日は新しい歌を歌うよ」と言ってきたのを覚えている。
「
言われたとおりに歌を真似る。
魔法陣に描かれた絵は、いつもより複雑だった。焔色に光る妖精が、たくさん俺に近寄ってきて、目の前が白くなる。
指先に妖精たちが纏わり付いた。温かい茶よりも少し温いくらいの熱を感じる。開放感と共に、指先から光が放たれたかと思うと、紅く光る魔法陣から、自分の身長ほどの大きな火が放たれた。
驚いて息を呑む。妖精たちがパッと離れると同時に、俺の体を激しい痛みが襲った。
背中を丸めて蹲る。体の中から鈍い音が聞こえてきて、腹からは熱くて不快な何かが込み上げてくる。
口元を押さえるために両手を動かして、違和感に気が付く。
俺の両手を飲み込むように、指先から肘にかけて金色の毛皮が蠢いていた。
ぼたぼた……と腹の底から吐き出したものが足下に落ちる。
そのまま倒れて、うめき声をあげても誰も来ない。もう一度、腹から込み上げてきたものを体の外に吐き出して咳き込んでいると、ようやく無表情なホムンクルスが近付いて来て、俺の背中をさすり始めた。
透明な扉を隔てて向こう側にいた大人たちが、こちらにやってくる。それと同時に、何か大人くらいの大きさの包みが持ち込まれた。
指示をされたらしいホムンクルスが、俺の手を掴んだ。なにか話していた大人たちが痛がっている俺の手を掴む。
「うう……たすけ……」
俺の言葉を聞きもしないで、大人たちは目の前にある持ち込まれたものに駆けられていた布を剥ぎ取った。
布の下にあったのは、俺の世話をしている女型のホムンクルスだ。似たデザインなどではない。毎日見ているからわかる。
首がぐるりと回って俺の目を見た彼女の瞳からは、何の感情も読み取れない。
「痛みをコレに移すイメージをしてごらん。痛くなくなるはずだ」
大人たちが、微笑んでそういう。ホムンクルスは、掴んでいた俺の手を、世話係の上に置いた。
痛さから逃れたかった。だから、俺は大人たちに言われた通りに目を閉じて念じてしまった。
目を閉じて、必死で痛いのが消えてくれと願った。ごめんなさいと思いながら。ホムンクルスに感情移入をするなんて無駄だが、幼い俺は、いつも家にいてくれたこの個体のことを特別だと思っていたらしい。
体を蝕んでいた痛みがマシになった。体の中に響いていた嫌な音も消えてくれた。
その爽快感と引き換えに聞こえてきたのは、太い枝が折れるような音と、粘り気のある液体が零れる音。そして、なにかがごぼごぼと溢れる音と隙間風みたいな音。
腹から湧き上がってくる気持ち悪さも、熱もなくなって、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら、俺は目を開いた。
「……ぁ」
目の前には、体がねじ切れて血まみれになっている真っ黒な獣のようなものがいた。世話係のホムンクルスはもういない。思わず、小さな声を漏らす。
多分これは、この醜い死骸は彼女なのだとすぐにわかった。
「ふむ……ホムンクルス一体でこれだけの呪いしか転化できないとは……」
「聖櫃の残骸の方でもテストしてみますか?」
「しかしあちらもまだ安定した運用は……」
しりもちをついて、黒い獣の死骸を見ている俺を無視して、大人たちは話を続けている。
先ほどまで肘の下まであった毛皮は、手首から下を少し覆うくらいまで減っていた。
翌日も、またその翌日も俺はホムンクルスに手を翳して、目の前でホムンクルスは血まみれの黒い獣になった。
世話係を使ったことで、俺は馴れてしまった。麻痺していただけなのかもしれないが。
ホムンクルスは、ヒト型の消耗品だと、俺はコレを使って生きていく価値の認められた人間なのだと言い聞かせた。
何度かホムンクルスを使っている内に、腹の中に入っている茶や食事を吐くことは無くなった。
雑務をしたり、俺の呪いを軽減させたり、実験に使われる道具だ。
比較的簡単に、そして大量に作れるらしいこの道具たちは大人たちよりも一層うつろな目をしていたし、両手首に二本の赤線が刻まれているからわかりやすい
手からは、もう毛皮が消え去った。これが何度も言われていた呪いか……と実感が湧いてくると共に、ホムンクルスがいるのなら、この呪いと引き換えに魔力を得られたのは割が良いとすら思っていた。
それからしばらくして、獣の呪いが俺の両腕を覆った時のような、長い歌を再び歌うことになった。
まあ、なんとかなるだろうと楽観視して、歌を真似する。
あの痛みを味わうのは嫌だった。だから、ついでに身体の内側と表面を切り離していると自分に念じた。こうすれば、痛みから逃れられるかも知れないと思ったんだ。予想通り、体が軋む痛みは少し和らいだ……が、やはり体が軋む違和感と胸をザワザワさせる不快な感じまでは消せなかった。
うめき声を上げない俺を大人たちは褒めた。少し気分がよくなっている俺の前へ、大きな鏡が運び込まれてくる。
今回の魔法で、獣の呪いは俺の両手足を蝕んだ。前回も時間がかかったが、今回は何体のホムンクルスを使えば元に戻るのだろう……。そんなことを思いながら、俺は運ばれてくるホムンクルスを腕組みしながら待つ。
しかし、予想は外れた。
この日目の前に連れてこられたのは、人間にしか見えなかった。
無表情で無機質な顔のホムンクルスではない、怯えた目をしたヒト族の少女だ。腕には赤い二本線がない。その代わりに黒い一本の線が両手首に刻まれている。
「さあ、いつものようにしてごらん」
怯えたヒト族は暴れ出す。無表情なホムンクルスが、暴れた少女を殴りつける。歯をカチカチ言わせながら額から流れる血をそのままにして俺を見つめてくる少女を見て、俺は動けなくなった。
俺は、今からこの子を殺すのか?
最初に使った世話係の姿を思い出す。吐きそうになりながら、俺は目の前に居る少女から目を逸らして、背後にある透明な扉を見た。
扉の向こう側にいる大人たちに向かって、無駄だと半ば諦めながらも、首を横に振る。
大人たちは難しい顔をしていたが、そのまま怯えた目をした少女はホムンクルスによって連れ出された。
特に罵倒や落胆をされることなく、いつも通りの言葉を聞かされて、俺は家に帰された。
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