5-2:Inconvenient Tourー不便な旅路ー

「カティーア……どこかへいってたんですか?」


 魔法院から無事に帰り、甲板に降り立ったところで声をかけてきたのはジュジだった。

 完全に油断をしていた……。

 気配を消して佇んでいたジュジに見咎められた俺は、思わず体を仰け反らせて驚く。


「……私には、話せないことですか?」


「魔法院に……少し、用事を済ませにな」


 気付かれないうちに戻ってくるつもりだったんだがな。どう言っていいのかわからない俺は、思わず彼女の視線から逃れるように顔を逸らした。


「……詳しくは、話せませんか?」


 俺の服の裾を握った彼女は、俺の顔を覗き込むようにして目を合わせてくる。

 彼女の深い緑色をした瞳には、柄にもなく焦っている顔をした自分が映っていることに気が付く。


「それは……」


 彼女の目の下にある僅かに赤みを帯びた腫れに気が付いて、口を噤んだ。

 泣いていたのか?とは白々しくて聞けないまま、無言の俺たちの間に穏やかな潮風が通り過ぎていく。

 

「言いたくないのなら、大丈夫です。でも……話せるようになったら」


「待て」


 無言を拒絶だと捉えたのか、根負けしたと思ったのか、服の裾を握っていた彼女の手がふっと離れ、そのまま顔を逸らされた。

 言葉の続きを、顔を伏せたまま言おうとする彼女の手を取った俺は、彼女の言葉を遮って言葉を続ける。


「ちがう。その、色々なことを聞いたから、まだ俺の中でも整理が出来てないんだ。お前に隠したいことがあるとか、何かやましいことがあるわけじゃない」


 目を丸くして俺を見つめた彼女の表情が、少しだけ和らいだ気がした。


「はい」


 ジュジは、俺を責めるわけでもなく、ただ頷いてくれた。

 彼女の優しさに甘えて、時が来るまで黙っていることも出来た。でも、少しくらいこうして格好が悪くても、ジュジを不安にさせたままでいるよりはマシだと、そう考えた。

 俺らしくはない。年上らしく……彼女の憧れである物語に描かれた英雄のように振る舞っていたいし、それが楽だった。

 いつのまにか、変わっている自分に驚きつつも不快ではないことに気が付く。


「部屋に戻ろう」


 海から吹いてくる風はまだ冷たい。ジュジの指先が冷たいことに気付いた俺は、彼女の肩を抱いてそのまま船室の扉へ向かう。


「あの」

 

「なんだ」


 ジュジが立ち止まって顔を伏せた。さっきとは反対に、俺が彼女の顔を覗き込む。


「黙ってどこかに行かれるのは……怖いです」


 ぽつりと、海が奏でる波音に飲まれてしまいそうなか細い声でジュジはそう言った。


「私は、まだ、貴方の力になれませんか?」


「そうじゃない」


 真剣そのものの彼女を俺は抱きしめる。

 やはり不安にさせていたか……と申し訳なく思いながら、俺は彼女の顎に手を添えて目を見つめた。

 大切にしたいだけだ。俺は、君の美しい琥珀色の瞳を失わせてしまったから。

 そう言おうとして、違うと首を横に振る。懺悔の気持ちを伝えたいわけじゃない。


「悪かった。今度からはちゃんと言う」


 それだけ言って抱きしめる。小さく頷いたジュジの頭を撫でて、しばらく甲板で海風に当たった後、俺たちは船室の中へ戻った。

 

 船の運航は順調そのものだ。翌昼くらいに港へ到着した船を俺たち四人は後にした。


「久々の陸地だぜー」


「地面がゆれてない……それにいい匂いがする」


「キョロキョロするな」


 さっそく一人で歩き出してはぐれそうになるフィルの首根っこを捕まえてシャンテの隣に引き寄せる。

 こうも人数が多いとやはり街を歩くのは面倒だな。


「いてて!ひっぱんなよ」


「人が多いからはぐれるな。手でも繋いでおけ」


 少し目を離すと、再びフィルが悲鳴に近い声を上げる。溜息を吐きながら人混みに流されているフィルをジェミトが担ぎ上げてシャンテの隣へ下ろしてやっていた。

 フィルとシャンテがしっかりと手を繋いだのを確認して、俺はジュジの肩へ手を回す。

 まだ港付近だと言うことも在り、ひときわ人の往来が激しい。

 東の大陸と直接往来できるからというのも大きいだろう。たくさんの貨物を積んだ荷馬車や、商人たちはもちろん、厳めしい武器を持った兵士たちや、やけに着飾った服を着た貴族のようなやつらが船を乗り降りしているのが見てとれる。

 当然トラブルも多い。面倒なことは極力避けたいし……宿を取るにもフィルがいるなら部屋割りも面倒だ。俺とジュジだけならともかく、フィルを貴族や富豪の令嬢だと言うには流石に無理がある。


「なあ!どこにいるんだよ」


「こ、こっちだよ」


 ジュジが背伸びをしながらシャンテたちに手を振っている。

 考えている場合ではない。

 あいつらが本格的な迷子になる前になんとかしないとな。

 なんとかジュジ以外の三人を建物の軒下まで連れてきた。とにかくここから出ることにした俺は、目の前を通りがかった小型の鳥車を捕まえることに成功した。


「長旅でね。少し街から離れるんだが頼めるか?」


「最近は魔物も少ないですし、構いませんよ」


 気のよさそう青年の御者に前金を渡しながら、大通りを抜けるように指示をする。

 鳥車は、貴族たちの別荘ヴィッラがある方向を目指してガタゴトと揺れながら進んでいく。


「でっけえ鳥……なんだあれ」


「こっちでは馬の代わりに飛脚鳥ヴァーハナを使う場合もあるんだ」


 箱型の客席に入るなり、東の大陸から来た三人が溜息を漏らす。


「この鳥さんたちは飛べない代わりにすごく速く走ってくれるんですよ」


 ジュジはにこにこしながら向かいに座るシャンテとフィルにそう伝えると、薄茶色の尾羽を揺らして走る飛脚鳥ヴァーハナを指差した。

 鳥車は市場を通り過ぎ、橋を渡り森の中へと進んでいく。

 森の中では、門の合間から見える美しい庭園を備えた大きくて華やかな建物が時折目に入る。これが御者が言っていた貴族たちの別荘ヴィッラだろう。


「えーっとレンガ造りの塔ですよね?そんなものあったっけなぁ……貴族さんたちの別荘ヴィッラを抜けた先ってことですよね?」


 森を抜ける手前で、御者が頭を掻きながら鳥車を止めた。


「礼は弾む。とにかく向かってくれ」


「無駄足になってもお代は返せませんからね」


 首を捻る御者に銀貨を追加で数枚渡すと、納得は行かない様子だったが御者は再び鳥車を走らせた。

 森を過ぎてからいくつかの立派な庭園を通りすぎ、更に進んだところでやっと俺が目指していた塔が見えてきた。レンガ造りの高い塔だからよく目立つ。

 塔よりも手前にある大きな門の前で鳥車は止まった。


「本当にあった……ここらに長くいますけど、こんな塔いつ建ったんだか……」


「ご苦労。これは追加の料金だ」


 銀貨をもう数枚握らせると御者は満面の笑みになり、頭を下げて鳥車を再び走らせ港町へ戻っていった。

 来るのはずいぶんと久しぶりのように感じる。場所もうろ覚えだったので、かなりの期間来ていないことは確かだ。

 転移魔法を使っていれば、細かい場所を覚えていなくともいいんだけどな。


 鳥車から降り、荷物を手にしているジュジたちを手招きして、門に手をかける。

 門の扉に手を当てるとかんぬきが内側から外れる音がして、ひとりでに門が開いた。

 不思議そうな顔をしているジュジの手を引いて歩きながら、後ろにいる三人も付いてきているか確認して塔へと向かった。

 見上げるほど大きなレンガ造りの塔は、少しだけ奇妙に歪んでいる。妖精の国あちらのものなので独特なバランス感覚については仕方ない。

 入り口の扉に手を当てて軽く押すと、ギィと少しだけきしんだ音を立てる。

 俺は、そのまま分厚い両開きの扉を開いた。


「帰ったぞ」


 扉を開けてすぐの暖炉がある広間に声をかける。

 のんびりと長椅子に寝そべっているのは、下半身が山羊の小人だ。彼は、気怠そうに上半身を起こすとこちらへ目を向ける。


「不死の旦那ぁ。お久しぶりですねぇ。まーたしばらく休暇ですかい?」


 小人はしわくちゃの老人のような顔をさらにしわくちゃにさせて笑うと、ピョンっと長椅子を飛び降りた。

 ピョンピョンと跳びながらこちらへやってきた小人は、俺の腰ほどしかない。そんな風変わりな半人半山羊の小人を見て、三人は驚いている。


「こいつは、塔に住まわせているってやつだ」


 しわくちゃになる程顔を綻ばせている屋敷妖精は、俺の仲間たちを見ると、まるで執事のようにかしこまって頭を深く下げた。

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