5-3:The Wizard's Houseー妖精と魔法の塔ー

「おお、なんと……不死の旦那が他人を連れてくるなんて初めてのことじゃねえですか」


 深く下げた頭を上げた小人は、人懐っこい笑顔を浮かべながら俺たちの顔を眺めると満足そうに頷いた。


「はじめまして。あっしはこの塔に住まわせてもらってて……えーっとそうだな家事好きの友人プーカとでも呼んで下せえ」


 どう説明すべきか……と思案していると、そんな心配を余所に小人は自分のことを自らぺらぺらと話し出した。

 俺たちに挨拶をしたプーカは、ピョンピョンと部屋を軽快に飛び回り、長椅子を並べ直す。

 それから、わざわざ大袈裟な動きで指を一振りして、汚れていた木彫りのテーブルを一瞬できれいにしてみせた。


「どうなってんだ!?」


「すげえー!」


 ジェミトとシャンテが身を乗り出しながら大きな声をあげると、プーカは得意げな顔を浮かべた。そして、腰に両腕を当てて胸を張る。


「ひひ……ヒトの子が驚く声はいつ聞いてもいいものだ。さあお客人方、荷物をこちらに置いて座っていて下せえ」


 プーカに言われるがまま、俺たちは持っていた荷物を床に置きくと、さっき並べ直されたばかりの長椅子に腰を下ろす。

 俺とジュジが隣同士に座り、その向かい側には、ジェミト、シャンテ、フィルの順で座っている。


「頼む」


 荷物を運び終えて、再び戻ってきたプーカが手を差し出した。俺は持っていた鶴革の袋コルボルドを手渡し、袖を軽く引いてきたジュジを見る。


「あの……ここは……」


「俺の別邸だ。と言ってもここ二百年ほどしばらく来てなかったが……」


「ひひひ……あっしらにとっちゃ二百年なんて昼寝してる間に過ぎちまいますよ。まずは食事でよろしいんで?」


 あっという間に戻ってきたかと思うと、プーカは心の底から愉快そうに肩を揺らした。


「ああ、では塔に住まう善き人屋敷妖精よ、客人をお持てなしできるかな?」


 屋敷妖精らしく、甲斐甲斐しく俺たちの世話をし始めたプーカに食事の用意を頼む。

 フィルもジェミトもシャンテも、プーカの背中を見送った後は興味深そうにあたりを見回している。屋敷の中には色とりどりの硬い水晶のような葉を使ったランプや、吹き抜けから降り注ぐ光に照らされた木の実を使ったシャンデリアがあり興味を引くのだろう。

 そんな三人とは対照的に、隣に座るジュジは不安そうに眉を顰めた。


「大丈夫。ちゃんと話すから」


 耳元に口を近づけてそっと囁く。このまま話をうやむやにするのでは?と不安に思われても不快ではない。以前の俺なら確実にそうしていた。だから、それをわかっている彼女は何も悪くない。

 まだ少し不安そうな表情でこちらを見ている彼女へ「ちゃんと話すためにここを選んだんだ」と更に言葉を続ける。

 少し表情を和らげたものの、まだ少し拗ねているらしい。


「約束ですよ?」


 頬を膨らませて、俺の肩に顔を押し付けたジュジは上目遣いで俺を睨みながらそう呟いた。


「なあ、なんだよアレ」


 頷いたついでに、彼女へ甘い言葉の一つでも囁こうとしたところで、フィルが大きな声を出した。

 スッとジュジの身体が離れ、フィルが指を指した方へ視線を向ける。


「ああ……ここではお前らにも見えるのか」


 何かと思って俺も目を向ける。どうやら天井を飛び交いながら明滅する金や水色の光のことを指しているらしい。

 塔の中は妖精の国あちら側に近い。どうやらここにいると、俺やジュジ以外にも妖精の類が見えるようになるらしい。

 客人を招くことなどなかった弊害か、誰も呼ぶことがなくてよかったと言うべきか。

 まぁ、軽く説明くらいはしておいた方がいいだろう。


「アレが俗にいう妖精ってやつだ。まぁこの呼び方をすると……」


 俺が説明をしてやろうとすると、香ばしい匂いと共にプーカが姿を現した。


「ひっひっひ。妖精なんて無粋な名を呼ぶと耳を齧られちまいますよ?」


 大皿を机の真ん中へ置いたプーカは、フィルを脅すように声を顰める。それに驚いたのか、フィルはフラフラとぶらつかせていた足を止めた。


「名前を知らないやつらのことはお隣さんとか、善き友人と呼ぶのが礼儀ってもんです…ひひ」


 愉快そうに肩を揺らして、妖精への礼儀を話すプーカの話を聞いたフィルは、隣にいるシャンテと顔を見合わせた。


「は……こわ……」


「ひっひひ……気難しいお方もいますからなあ」


 シャンテが漏らした一言にひひっと身体を揺すって答えると、プーカは再び部屋を去り、次々と料理を机の上へ乗せていく。


 山羊の乳粥山羊の乳にパンを浸して煮たもの猪肉のグリル猪の肉を香草で包んで焼いたもの、そして黄金の葡萄酒黄金色のブドウから作った酒……どれも懐かしい品々だ。

 常若の国ティル・ナ・ノーグで手に入りやすいものをふんだんに使ったこのメニューはここへ来るたびによく食べていた。

 こちらの世界と馴染みが薄いものがあるわけでもない。そのせいか、他のやつらもこの食事には目を輝かせてているのがわかる。

 最後にプーカが一つ余分に置いた取り分け皿に乳粥をよそう。ちょうど俺の後ろにある暖炉の上に置いてやると、プーカが指を振った。

 すると、キラキラとした光を帯びた大きな木の匙が浮き、ナイフは弦を弾くように滑らかに動き、皿は空中を滑るようにして俺たちの前へ食事が運ばれる。


「暖炉の上に置いたのはなんですか?」


「善き隣人へ相応しき対価を……ってやつだろ?」


 魔法で動く食器たちにも驚きながら、ジュジが気になっていることを口にする。

 どう説明したものか……と思っていると、すぐに答えたジェミトが得意げな顔をして俺の顔を見て、ジュジにニッと笑って見せる。


「よく知っているじゃないか」


「オレの村でも、森の貴婦人の捧げ物はしていたからな。村の入り口に鹿の角を一対と乳を入れた革袋を吊すんだ」


 ジェミトはそう話すと、口の中に大きめに切った猪肉を詰め込んで咀嚼する。

 今ではとの付き合い方を知っているヒトなどいないと思っていたが……外と隔絶されていたからこそ、旧いしきたりが残っていたのかもしれない。


「オレだって一応領主の息子だったからな。そういう儀式関連はしっかり教えられた」


 じっと見ていると、それが疑いのまなざしに見えたらしい。ジェミトはそう言いながら胸を張ってみせる。

 笑って「疑っているわけじゃない」と答えると、満足そうに頷いて、再び目の前にある猪肉を口いっぱいに頬張り、果実酒を喉に流し込んだ。


 食事もあらかた食べ終わり、机の上の食器たちは小さな妖精たちによって部屋の外へと運ばれていく。

 ちょうどいい頃合いだ。俺は咳払いをして四人へ話を切り出すためにその場で立ち上がる。


「さて……本題なんだが」


 四人の視線が自分に集まってから、俺は話を続けた。


「実は……一人で魔法院に行ってきた」 


「どういうことだ?」


 椅子の背もたれに体重を預けていたジェミトが背筋を伸ばして険しい顔になる。 


聖櫃アークと呼ばれる存在についての情報、それと魔法院の図書館ライブラリへの自由なアクセスと引き換えに、異界から来た神を殺す手伝いをしろと」


「氷の竜に手を貸すつもりってことか?」


「お前が魔法院を嫌っているのは理解している。だが、カガチって女の情報も魔法院は教えてくれるつもりらしい」


 反対だと今にも言い出しそうな雰囲気で顔をしかめていたジェミトは、カガチの名を聞いて表情を少しだけ和らげる。

 顎に手を当てながら唸っているということは、何が何でも嫌というわけではないはずだ。なるべくなら、全員を納得させてから魔法院との交渉に臨みたい。

 

「カガチを倒せば、お前らの故郷が氷雪の呪縛から開放される可能性もある。それに……」


 氷雪の呪縛からの解放という言葉を聞いて、シャンテとジェミトの眉が僅かに持ち上がった。


「どうやら、魔法院もカガチを殺したいらしい」


「カガチってのは魔法院の仲間じゃなかったのか?」


 首を傾げながらシャンテがそう口にした。もっともな疑問だ。


「それは……俺にもわからない。ただ……これを使って別のやつに話を聞けと言われた」


 ここで理由をねつ造する必要はないだろう。素直にわからないことを話して、俺は胸元から取り出した地図を机の上へ広げた。

 地図を指す。元々の目的地と同じイガーサの墓所なので、都合がいいとも付け加えた。

 でも、ここで会うのはヘニオだってことは言わなかった。やましいからじゃない。ただ、ここで話が拗れるのが面倒なだけだ。

 俺と旅をした頃のヘニオ……そう言われても、俺だってどういうことかわからない。それなら、魔法院の関係者とだけ伝えておく方がいいだろう。

 

 俺は、ヘニオから受け取ったブローチを取り出し、地図の目的地の上へ置く。

 一角馬ユニコーンが彫刻されている白いサンゴのブローチは、両目に小さな緑の魔石が二つ嵌め込まれている。

 ブローチを手に取ったジェミトは、ブローチをいろいろな角度から見てから、再び机へ置いた。

 そのまま顎をさすり「うーん」とうなり声を上げるジェミトを、シャンテは不安そうな表情で眺めている。


「……カガチを殺せば、お前も父親の仇討ちが出来るんだよ、な」


 白狼のような金色の瞳が、俺をまっすぐに見つめてくる。


「まぁ……な」


 背もたれに体重を預けるようにして座ったジェミトが腕組みをして目を閉じる。

 ブローチを胸元へしまいながら隣を見ると、ジュジがシャンテと同じように不安そうな表情をしていた。

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