3-23:Healing giftー癒やしの唄ー

「まさか立ち上がれるとはな。骨を折ってやったと思ったが」


「……しぶといだけが取り柄なんでね」


 セーロスの読みは当たっている。めちゃくちゃ痛いけれど、なんとか平静を保ちながら俺は悪態を返した。内臓や骨がいくつかやられたところで残念ながら不死である俺にはあまり関係ない。


 剣を再び構える俺を見て、セーロスは「ふ……」と微かに口角を持ち上げる。そして腰を落として姿勢を低くした。

 そのまま、自分の剣に手を添えて切っ先を地面と水平にしたセーロスは至近距離からの突きを繰り出す。


「ったく……いい趣味してるねぇ……」


 後ろにはジュジたちがいる。避ける訳にはいかない。

 障壁を張る間もないな……大人しく刺されるしかないな……と諦めかけた時、俺の視界の隅から影が伸びてきた。ジェミトの拳だ。

 スッと横から伸びてきた不意打ちは見事にセーロスの横っ面を捉えて振りぬかれる。

 予想外の衝撃に吹き飛んだセーロスと、ジュジのあげた小さな悲鳴が耳に入る。


「お手柄だ」


 そう声をかけながら、俺は膝立ちで立っているジェミトに肩を貸して立ち上がった。

 ……やけに重い。もう一度ジェミトを見て、倒れているセーロスにも目を向けた。

 頬を抑えながら立ち上がろうとしているセーロスの手に剣は握られていない。 

 まさか……と思いながら目線を下に向ける。そして、ジェミトの腹に深々と刺さっているものがセーロスの剣だということに気が付いて血の気が引いていく。


「……番犬クーストースとして……カッコいいところでも見せられると思ったんだけどな」


 苦悶で表情を歪めたジェミトは、強がりを言うと、腹に刺さっている剣の柄を両手で掴み、引き抜く。

 そのまま剣を放り投げた。絶対抜かない方がよかったでしょとは言えずに俺は腹から噴き出てきた血を止血するためにジェミトと横たわらせる。

 背中を支えていた手に付いたジェミトの血を外套で拭うと、駆け寄ってきたジュジとシャンテに看病を任せて俺はセーロスに向き合う。

 剣を素早く拾って俺にまっすぐ向かってくるやつの一撃をなんとか受け止めた。


「ッ……く」


 一撃が重い。痛覚遮断をしていない腕に痺れるような感覚が走り抜ける。

 なんとか剣を前へ押しのけて弾き返すと、奴はそのまま少し間合いを空ける。

 あの氷の刃を放つ魔法を再び使われてもいいように、ジュジからは結界をすぐに張れる距離を保っていたい俺は、セーロスに向かっていくわけにも行かず、隙を伺っているような奴と距離を維持して睨みあう。


制約しばり有りってのは……案外キツイもんだな」

 

 口の中の血を足元に吐き出すのと一緒につい独り言が口をついて出る。

 自分の手足を二、三回切り落としながら突進しても構わないなら力任せに攻めても勝てそうなんだが……残念ながらこの場でそんな戦い方をするわけにはいかない。

 今は好意的に受け入れてくれているこの村のやつらが敵に回るようなことは避けたい。

 いっそ思い切り切られてみて死んだふりでもしてみるか?

 仮死を装う魔法ならバレないように自分に掛けられる。懐にいつも忍ばせている毒薬を飲むのもいい。

 セーロスとの睨みあいを続けていると、村にある家々の扉がパタパタと幾つか開く音がした。そして、視界の隅に意を決したような表情をした村人が何人も見える。

 恐らく倒れているジェミトを助けるためなのだろう。つい、ため息とともに「最悪だ」と小さな声が漏れた。

 さっきアレだけ魔法を乱打したセーロスが、今さら任務を果たすために大人しく魔法を控えたり、俺への攻撃の手を緩めるとは思えない。

 正体をバラさず、犠牲を極力出さないまま全員を守りきれる自信も、無傷のままセーロスに勝てる自信もない。

 倒れているジェミトも、まだ生きているが一刻も早く治療をする必要がある。なにより、ジュジの想い人かもしれない相手だ。死んでもらっては困る。

 このままやられた振りをして、隙を伺おうにも、下手をすれば俺が死んだふりをしている間にセーロスの手でジュジも含めた村人全員が殺される可能性もそこそこ高い。

 ……なんとか言い訳をして魔法を使って切り抜ける方がマシ……か。それっぽい魔道具の設定でも作っておくか。

 セーロスを警戒しながら、剣を捨てる。

 いつもの方法で闘う方がまだ分がある。拳に魔法を纏わせて相手に殴りかかろうと重心を低くした。飛び出してまずは一撃……そう思っていたが、急に美しい歌声が聞こえてきて動きを止める。


 空耳か?誰かが恐怖のあまり取り乱したか?

 視線だけ左右に動かしても誰がなんのためにこの歌を歌っているのかわからない。


「なんだ……これは」


 セーロスが、口を小さく開いたまま静止して剣を下ろした。その視線は俺の真後ろに向かっているらしい。

 俺もつられてその視線を追うために後ろへ目を向けた。


「唄……あちら側の言葉か」


 仰向けになって顔を真っ白にしているジェミトの隣にいる少年からその歌声は聞こえてくる。

 目を閉じたシャンテが奏でる旋律につられるようにして緑色の粒子が現れた。それは、ゆっくりと踊るように揺れ、ジェミトの傷に引き寄せられるように集まっていく。

 見覚えがある光景だ。確か治癒魔法を使うときも光の粒子が現れて傷を覆っていく。

 魔法院はどこかでシャンテの噂を嗅ぎつけていたのか?それならセーロスをこんな辺鄙なところまでよこしたのも納得がいく。

 視界の隅で影が動く。

 咄嗟に手に纏わせた炎をその影に向かって放った。


「あ」


 しまった……。俺らしくない間違いだ。

 魔法は出来る限り使わないようにしていたはずなのに、気を抜いてしまった。

 焦って俺の手から離れた炎の球を目で追うと、グインと急に進路を変え思っていた方向とは逆へ向かった。何故か畑の奥へ消えていった俺の炎だったが、それはセーロスを再び怒らせるには十分だったらしい。


「炎の……魔法だと?人である貴様が?」


 炎の魔法と言えば歴代カティーアを象徴するものでもある。

 失敗したとはいえ、ただの人間が炎を操ったことに何かを感じ取ったのかもしれない。

 眉を吊り上げながら俺を見たセーロスはゆらりと一歩前へ進み出た。

 蛇を思わせる瞳の中には明確な殺意を帯びた光が宿る。


 予備動作もほとんど見せず、疾風のような速さで斬りかかってきたセーロスの攻撃を魔法を纏わせた腕で弾こうと俺は構えた。

 もうバレたのなら仕方ないという開き直りだ。

 

 攻撃が受けきれずに刺されたとしても、不死の俺には致命傷にはならない。相手が俺を貫いて油断した時にでも一撃を叩きこめればいい。

 そう思ってまず最初の一撃を弾き返そう……そう思ってセーロスが凪いだ剣を受け止めた。しかし、いきなり腕の周りを覆っている炎が小さくなる。

 危うく手首から先を切り落とされそうになり慌てて炎を安定させようとすると、今度は両腕が燃え上がった。

 驚いたセーロスが後ろに退いて事なきを得たが、様子がどうもおかしい。

 大きくなった炎はさっき炎球が吸い込まれた方に風が吹いているかのように靡いて先が伸びている。

 

「どんな手を使っているのかは知らんが……どうやら魔法をうまく扱えるわけではないようだな」


「言っただろ?しがない学者だってな」


 セーロスをうまく誤魔化せているのはいいとして、軽口を叩きながらも内心は焦りを感じていた。こんなことは長く生きていて初めてだ。

 魔法は精神状態によって威力が左右されることはある。ジュジとのことで確かに俺は精神状態が良くないとはいえ……イガーサが死んだ後よりもヤバい精神状態であるとは考えにくい。

 俺の調子が悪いことなんてお構いなしに次々と攻撃を浴びせてくるセーロスをなんとか受け流す。

 徐々に剣が俺の体を掠る回数が増える。このままだとやばいな。そう思っているのを見透かしたようにセーロスは口元を嬉しそうに歪めた。

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