Interlude4:Who Buys Clothesー服を買ったのは誰?ー

「一緒に行動するとして、その服。なんとかするぞ」


 いい加減うんざりだとでもいいたげに、カティーアが声を漏らす。

 宿屋に併設されている食事処でそれぞれ好きなものを頬張っていた面々は、その声に驚いた表情を向けた。


「なんだよ」


「いや、フィルのことを気に掛けてやってるとは思わなくて」


 ジェミトは、手に持っていたゴブレットをテーブルに置いて、ぼそりと呟いた。

 それを聞いたカティーアは、目を閉じて眉間に皺を寄せると、前髪を両手で撫で上げてから、大きな溜息を吐く。


「……クソガキのお守りは面倒だが、いつまでもその格好でいられるのは困る」


「はあ~? 身に付けるものなんて性器が隠れていればいいだろうが」


 ジュジが先日譲った服は身に付けていない。

 汚れてすり切れた土色の胴衣チュニックを身に纏い、ふくらはぎくらいの長さのだらしないぶかぶかの脚衣を穿いている。腰部分には、脚衣がずり落ちないようにとベルト代わりに縄を結びつけている有様だった。


「野猿にはそれで十分かもしれんがな。一応お前はヒトだからな」


 さらに大きな溜息を吐いたカティーアに対して、フィルはカチンと来たらしい。ナイフを手にしたまま立ち上がると、ダンっと大きな音を立てながら苛立たしげに長椅子に足を置いた。


「……ノザルがなんなのかわからねーけどバカにされたってことはわかったぞコラ」


「二人とも落ち着いて。フィルには私の服を……」


 自分たちの言い合いに割り込むように口を挟んできたジュジを見て、カティーアとフィルはにらみ合いをやめる。

 お互いがそっぽを向いたタイミングで、シャンテがテーブルから身を乗り出しながらフィルに話しかけた。


「おれの服でもいいぜ! この前ジェムとたくさん買ったからな」


「シャンテの服ならともかくジュジの服はなぁ……。なんかおちつかねーんだよぉ」


「いいからさっさと準備しろ」


 ジュジに長い髪の毛を三つ編みに結われながら、椅子に座ったままのフィルは、不機嫌そうに席を立ったカティーアに対して間延びした返事をするのだった。

 

 部屋に一度戻されたフィルは、ジュジが持ってきた簡素な造りをした淡い水色のワンピースに着替え、厚手のタイツを穿いた。

 上機嫌のジュジとは逆に、フィルはなんだか不服そうな表情を浮かべている。そんな正反対の二人は、カティーアの用意した馬車へおとなしく乗り込んだ。

 ジュジはフィルと同じ型で色違いの目の覚めるような黄色いワンピースを身につけている。

 ジェミトとシャンテが別行動であることがわかると、フィルは不機嫌そうに眉を顰めてカティーアを睨み付けた。


「ちぇっ。一緒なのはジュジだけかよ」


「大人数で行くのは面倒なんだよ。とにかく黙っててくれりゃあそれなりのものを見繕ってやる」


 二人が険悪ににらみ合うのをジュジが諫める。

 しばらくガタゴトと走った先に、仕立屋が見えてきた。

 カティーアが御者に金貨を渡して、時間を潰すように言いつけるのをフィルとジュジは大人しく木陰で待つ。


 金の羅紗製のローブには、裾や袖に銀狼の毛皮があしらわれている。

 白い革のブーツにも、細かな模様が金の糸で刺繍をされており、一目でただものではないと思わせる服装に身を包んでいるカティーアは、ゆったりと歩きながら二人の元へ戻ってきた。


 見目の麗しい三人が連れ立って歩く姿は、街行く人の目をいくらか集めた。しかし、人通りの多い港町だ。煌びやかな服を着ている人間は珍しくないようで、少しだけ足を止め、人々は各々歩き出す。


「お嬢様方が狩りをしてみたいと申しておりまして……。こちらならなんとかなると耳にしてきたのですが」


 店に入ってきたカティーアの声を聞いたのか、店の奥からは一人の背が低い老婆がゆっくりと姿を見せた。


「あらあら、それはそれは。どうぞこちらへお入りください」


 緊張した面持ちのフィルを見て、老婆は優しく微笑んで手を差し伸べた。

 カティーアたちの腰あたりに頭が来るほど小さい背丈をした老婆は、機織小人ハベトロットというヒト族の一種だ。

 西の大陸では見ることがない小さな体躯の人間に驚いたジュジは、目を丸くして老婆を見つめている。

 不思議そうな表情で見られるのは慣れているのだろう。老婆はジュジたちを店内の奥へ案内して長椅子に座らせた。

 二人の少女は、自分達に背を向けた老婆から視線を外すと、今度は黙ったまま室内をキョロキョロと見回した。


 店の奥で、カティーアと老婆が何か小さな声で囁き合うように話し合っている間、二人の少女たちは天井や壁に所狭しと広げられた布の数々や、壁に飾られている色とりどりの糸、そして、店の奥に並べられているきらきらとした魔石や動物の牙や、魔物から採れた鱗などを見て、目を輝かせている。


「すげえな……なんだあの向こう側が透ける布……」


「ほんとに……。あんな小さいヒトもはじめてみたよ」


 さっきまでの喧噪が嘘みたいに静かな室内は、ほどよく冷たくて心地よい。

 薄暗い中で、二人の少女は顔を寄せ合ってヒソヒソと目に付いた不思議なものについて話し合う。


「お嬢様方、立ってください。採寸をして細かい部分を直して貰うのですから」


 にこやかにやってきたカティーアに促されて、二人は背筋をピンと伸ばして立ち上がる。

 老婆が「あらあら、素直なお嬢ちゃんたちねぇ」といいながら笑うと、数着の服を彼女たちの身体にあてがっては、手にしている針と糸で印のようなものを付けていく。


「夜がそのまま川になったみたいで綺麗な髪ねぇ。この裏葉色なんて似合うわよ」


「わあ……素敵ですね。どう思います?」


「では、こちらも合わせていただきましょう」


 ジュジは、カティーアの演技に合わせるように、優雅な動きで両手を口元へ持って行くと、唇を隠しながら控えめに微笑んだ。

 腰を曲げてジュジへ深くお辞儀をしたカティーアは、老婆に「こちらも頼む」と言って裏葉色をした胴衣チュニックを指さして頷いた。

 老婆は、ニコニコと愛想良く笑いながら頷くと、今度は綺麗な濃い灰色をした胴衣チュニックを腕にかけて持ってきた。


「こちらのお月様みたいな色をした髪の子には、夜空みたいな深い色が似合うわねえ」


 身体に布をあてがわれたフィルは、その色を見てきらきらと瞳を輝かせる。


「婆さんやるじゃねえか。あたしもこの色が好きなんだよ」


「あらあら、元気が良くていいわねぇ」


 カティーアの眉が僅かに動く。しまったというような表情をしたフィルをなだめるように老婆は笑うと、カティーアの顔をみた。

 にこやかな表情を崩さないまま、カティーアは灰色の胴衣チュニックも買う旨を伝えると、老婆は深くお辞儀をする。

 頭をあげた老婆が背を向ける。それについていこうとローブを翻したカティーアは、一瞬だけとても鋭い目をしてフィルのことを睨み付けた。


 珍しく反論をすることなく、頭をうなだれさせて長椅子に力なく座るフィルの髪を、隣に腰を下ろしたジュジは優しく撫でるのだった。


「では、水辺の宿に明日みょうにちお届けしますので」


 老婆は、扉を開いて出る三人へ深くお辞儀をして見送る。

 カティーアに連れられて、やけに背筋をピンと伸ばして歩くフィルと、そんな彼女を心配そうに見ながら歩くジュジは、そのまま店の前に止めてある馬車へ乗り込み、宿へと戻っていくのだった。

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