4-9:BLACK THORN CRIMSON DRESS-黒い棘 紅いドレス-

 やっと腕に戻ってきた姉さんの一部を撫でる。

 何をしても姉さんがあたしから剥がれたり離れることなんてなかったのに、あの金髪は簡単に姉さんをあたしから引き剥がした。

 肉の表面をむりやり引っぺがされたみたいに腕が痛い。

 あたしを囲んでいるのは四人……でも黒髪の女とシャンテなら……あたしと年もそう変わらないだろうし殺せそうだ。

 狙うならこの二人だけど……黒髪はあたしに良くしてくれたし、出来るなら殺したくはない……シャンテも……。 


アルカがこっちの大陸にも渡ってたなんてな。さっきのぶよぶよも元人間ってことだ」


「つまり……この形に加工された……ということですか」


 金髪と黒髪がなにか話してる。

 あたしから視線を外してるけど、下手に動いたら金髪がすぐに反応しそうだから動けない。


「俺の知らない加工方法だな。アルカの気配には気がついていたんだが……悪い趣味いいしゅみした呪いとセットとはな」


 まだ姉さんが引きはがされた場所はやけどしたみたいにビリビリする。姉さんを使って切っても、短刀で刺してもびくともしない魔法使いはすごくきらいだ……。

 間抜けな面をした善人共バカどもだって思ってたけど、こいつらはそこらの雇われ用心棒なんかよりもずっと強い。


「ってことは……つまり呪われた姉ちゃんを鎧にしたり武器にしてるってことか?そりゃまた……すげーことするんだな」


「……ぅぇ」


 シャンテがそれを聞いて再び口元を抑えてうずくまる。それをみた黒髪が慌てて背中をさすり始めた。

 今なら……と身体を起こして走り出そうとしたけど、あたしの体はそのまま前のめりに倒れて地面で顎を強打する。

 あたしに足払いをして転ばせた金髪は、こっちを見もしないで森の方を見ていた。


「……来る」


 それだけ呟いて肩に突き刺さったままのあたしの短剣を抜くと地面に雑に落とす。

 さっきまであたしたちを照らしていた月の光が消えたので、上を見てみるとすごく大きな岩の塊が落ちてくるところだった。


「わ……」 


 あたしが驚いている間に、金髪は落ちてきた岩の塊を殴って壊す。そして、ため息をつきながら森に向かって話しかけた。


「こいつも一緒に殺すつもりか?」


「なにいってんのさ。わたしはこの子の母親のドゥダール。可愛い可愛いわたしの娘が人さらいにそそのかされないように迎えに来てやったんだよ」


 間違いようのない声。体が震えて頭の奥が冷たくなる。

 低木をわけるようにして出てきたのは派手で真っ赤ないつものドレスを着た母様だった。

 ちょっと違うのは、母様の右腕に手袋をしていないところくらい。本気で怒ってるときはミエド様にもらった手袋を外すんだ。

 真っ黒で小さな鱗がびっしりと並んでる母様の右腕をみて体が真冬に水浴びした時みたいに固くなる。

 母様は、普段より長く変化させた長くて丸太くらいある右腕で近くにあった木を殴って倒す。口元だけ笑っているときは、とっても怒っている時だ。

 母様はそのままゆっくりとこっちに近づいてくると、左肩に担いでいた大きな袋を地面に叩きつけるように乱暴に置いた。

 

 落とされた袋からグチャリと聞いたことがある音がする。あたしの体を守っている姉さんが少し震えて熱を持つ。


「姉さん!」


 考えるより早く足が勝手に動いていた。

 金髪の横を駆け抜けて、姉さんに近づこうとしたけど、あたしの手は姉さんに届かない。


「出来損ないが世話を焼かせるな!ミエド様が来るまであんたは盗んで殺してあたしの役に立てばいいんだよ」


 姉さんに触れないのは、母様に右腕で持ち上げられているからだって気が付いたのは、母様の怒った顔が目の前に来てからだった。

 ごめんなさいと反射的に謝ったあたしは、そのまま放り投げられて背中を思いっきりなにか硬いもので打った。

 姉さんの一部がとっさに身体を守ってくれたお陰で骨は折れてないみたい。

 体中の空気を全部吐き出してしまったので咳が止まらないし立ち上がれない。


「咳なんか気を引こうとしてるんじゃあないよ。さっさと仕事をしな!ミエド様が教えてくれたんだ。コレは少しくらい壊れたってわたしの力は衰えないってね」


 母様が伸ばした右腕であたしの頭を掴む。

 またあたしは高くまで持ち上げられて「ごめんなさい」というけれど、左右に大きく揺らされる。落とされるのに勝手に体が備えてるのか、体が勝手に縮こまる。

 早くちゃんと謝らなきゃと思うけど、胸のあたりが痛くてなかなか咳が止まらない。母様がイライラした顔をしてるのだけが見える。


「やめろよ」


 シャンテの声が聞こえた。


「あらあらあら……くっだらねえ王子様気取りかい?女みたいな面した坊やが勇ましいね。うちの醜女とまぐわったから勘違いでもしたの?」


「ファミンを返せ」


 なんで怒った顔をしてるの?あたしはお前にひどいしたのに。

 母様に頭を持たれたまま、咳を止めるためにあたしは自分の口を手で押さえてシャンテを見る。


「このドブネズミみたいな娘でもわたしのもんなんだ。甘い言葉でうちの出来損ないを唆そうってったてそうはいかないよ」


 地面に落とされたあたしの背中を母様の足が踏みつける。

 地面と母様の足で体が挟まれて、グエと小さな声が喉から漏れちゃった。

 変な声を出したから怒られる……と次はどこを踏まれてもいいように体を丸めたけど、なかなか踏まれないので顔をあげた。

 母様は眉毛と目を釣りあげてシャンテのことを睨んでる。


「ファミンは出来損ないでも醜女ブスでもない」


「娘を手篭めにしたいんだろうけどね!この子には自分がひどい目に合わせた姉さんのためにわたしに尽くすって仕事があるんだよ!諦めな」


 イライラした母様が足を上げる。次の瞬間、母様の高くて硬い靴底はあたしの体じゃなくて革袋の真ん中を踏みつけた。

 ぶわっと変な汗が全身に広がって、胸のあたりがぎゅうって痛くなる。


「ごめんなさい。ちゃんと仕事はするから!ちゃんとこいつらも殺そうとしてたの!」


 勢いよく踏みつけられた姉さんからグチャっという音がして、袋からは透明な液が少し沁みている。

 地面に姉さんが吸われちゃう。

 あたしは母様の足から抜け出して、踏まれた姉さんに抱きついた。

 ほんのり温かい。ちゃんと生きてる。

 

「嘘つきには躾が必要だ。こいつらをひき肉にした後で姉さんともどもおしおきをしてやる。覚悟するんだね」


 母様はあたしから姉さんを取り上げると、袋を逆さまにした。

 姉さんが落ちてきて地面の泥と溶けた部分が少し混じる。

 早く汚れを落としてあげなきゃ……と姉さんに触ろうとすると母様の固くて尖った靴底が、今度は直接姉さんのお腹を貫いた。

 踏まれた姉さんのお腹は、悲しいくらいにへこんでしまって、母様が足を持ち上げると姉さんの口からは微かに空気が漏れるみたいな変な音がする。


「姉さんをこれ以上壊さないで!ごめんなさい……姉さんだけでも良いからたすけて……あたしはちゃんと仕事するから……姉さんの分まで」


 狂ってしまいそう。こいつらを殺さないと姉さんが壊れちゃう。ごめんねシャンテ。ごめんね黒髪の女の子。

 ごめんね、姉さん。

 姉さんにすがりつくあたしを母様は冷たい怒った目で睨みつけてくる。


「まったく。姉さんが痛い目に遭わないと言うことを聞かないなんで酷い子だね。ラクスじゃなくてあんたがこうなればよかったんだ。私だって可愛い我が子を痛めつけたいわけじゃないんだよ」


「ごちゃごちゃうるせえ」


 やめて!これ以上母様を怒らせないで……そう言おうとして、顔を上げた。

 地面を蹴る音がして、母様があたしを蹴るのかと思って体を丸める。

 でもあたしは何も痛くなくて、代わりになにか重いものが地面に落ちる音がすぐ近くでした。

 それから、体がふわっと浮いて、母様以外の誰かが両腕であたしの体を支えてることに気が付く。


「クソガキが舐めやがって!」


 あれ?母様の声がなんで遠くから聞こえるの?

 姉さんは?

 恐る恐る目を開けて見えたのは、あたしを抱っこして、少し離れた場所にいる母様を睨んでいるシャンテだった。


「姉さん!姉さん!」


 姉さんがまだ母様の足元にいる。助けなきゃ……。

 身体を動かしてシャンテの腕の中から逃げようとするけど、全然逃げられない。弱っちいと思ってたけど、変だ。

 地面に落ちた母様の黒い腕は、蛇みたいにうねうねと動いてる。


「姉さんがひどい目にあっちゃう!放せよ!」


 大きな声を出しても、シャンテの頭をぐーで叩いてもシャンテはあたしを放そうとしない。全然ビクともしない腕に噛み付いてでも逃げてやろうと思った。でも頭の中にすごく大きな声が響いた。


我々の器となれるものアークがきた』


『時が来た』


『盟約を』


『贄の娘が願ったことを』


『果たす時が来たのだ』


『氷の檻を胸に抱いた』


『贄の娘を……我らを解き放て』


『贄の娘の魂が氷の檻より逃れれば』


『我らの盟約を果たすときが来る』


 いっきにたくさんの声が響いて頭が痛くなる。

 耳をふさいでも声は全然小さくならない。難しいことを言わないで。


「にえのむすめ……氷のおり?なんだよ……なんのことだよ!」


「なんだ……なにが聞こえた?」


 頭をぶんぶん振っていたら金髪が駆け寄ってきてあたしの肩を揺らす。


「ファミン!くだらないこと言ってないで早くそいつらを殺して戻ってきな」


 母様の声が聞こえる。早く母様の命令を聞かないと姉さんが壊されちゃう。あたしのせいで姉さんが痛い目に遭うのは嫌だ。


「『氷の檻を胸に抱いた贄の娘を解き放て』……そう言ってるのが私にも聞こえました」


 黒髪が金髪にあたしが聞いていたことを伝えてる。

 聞こえていたのはあたしだけじゃなかった?でも金髪とシャンテとシャンテの兄さんには聞こえてなかったみたい。


「コソ泥娘……今お前が決めろ」


 金髪は、急に真面目な顔をしてあたしの顔を見る。


「俺達と姉さんを助けるか、姉さんと一緒に死ぬか選べ」


「なんだよそれ……わかんねえよ」


 あたしが迷っていると、母様から落ちて地面で暴れている腕に鋭くて長い棘が生えた。

 少しずつ大きくなってる母様の腕が姉さんを潰してしまうんじゃないかって心配なのにそんなことを聞かないで。

 あたしは姉さんを助けないといけないから。


「いいから殺せ!お前は私の言うことだけ聞いてりゃあ良いんだよ出来損ない」


 母様の声がする。母様の切り落とされた腕はもう生え変わっているみたい。

 いつまでもシャンテの腕から逃げられないあたしにムカついたのか、母様が棘を生やした自分の元腕を拾おうとした。

 ひゅっと音がして、母様が手を縮めてる。よく見ると、母様が手を伸ばそうとした先にシャンテの兄さんがさっきまで持っていた戦斧が刺さっていた。

 母様が舌打ちをすると、追い打ちをかけるように地面から出てきたツルが母様の元腕を叩き潰す。


「舐めやがって!」

 

 低い声で怒鳴った母様が姉さんに手を伸ばした。


「姉さんを助けなきゃ!」


「助けたいなら俺達と来い」


 腕を諦めた母様が姉さんを掴んだ。持ち上げた姉さんを持ち上げると母様は真っ赤な口紅を塗った口を大きく開いた。

 大暴れをしてやっと緩んだシャンテの腕から転げ落ちたあたしの肩を金髪が掴んで止める。


「放せよ」


 苛ついて金髪を殴ってやろうとした時、ヒヤッとどこからか冷たい風が吹いてきた。殴ろうと思って振り上げた腕を引っ込めたあたしは、風が吹いてきた方を見る。

 

「御婦人、貴女がそれを喰らってはいけない。呪いに殺されてしまうよ」


「魔法使い様……」


 ミエド様だ。

 ゆったりとした上等で真っ白な服を着たミエド様は、最初に会った時みたいにいきなり現れて笑ってる。母様はうっとりとした顔になると姉さまをミエド様に手渡した。


「さぁこちらにおいで。仕切り直しをしようじゃないか」


 嫌な笑い方だなと思って、母様の方に駆け出すのを止める。

 元はと言えば、こいつが変な石をあたしに渡したのが悪い。


「……何者だ」


「……そうだな。ボクの試験に合格すればヒントくらいはあげようかな……」


 あたしから手を離した金髪が、ミエド様に近付いていく。

 唇に人差し指を当てて金髪の方を見たミエド様は、楽しそうに笑って母様の肩に手を回した。


「待て」


 ミエド様の肩をつかもうとした金髪の手が空振りをする。

 ハッとした顔をした金髪がすぐ後ろに跳ぶと地面からは氷で出来た棘が何本も生えてきて、避けきれなかった氷の棘が金髪の肌に何本かの血の筋を作る。

 すぐに金髪が手から火を出して氷の棘を壊したけど、三人の姿はどこにもなかった。

 

「あははは……また会おう」


 ミエド様の声だけが響く。


「姉さん!姉さんを壊さないで!返して!」


 もう聞こえてないのはわかるけどそう叫ばずにはいられない。

 ミエド様が来たなら母様の機嫌は悪くならないと思うけど、それでも母様に逆らったままでいるのは怖かった。


 立てないまま地面の上で泣くあたしの背中をシャンテがそっと触れる。

 何も言えなくてあたしはそのまま涙を地面に落として森の中を見つめた。

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