Famine

4-8:GEM THAT FULFILLS A WISH‐願いが叶う宝石‐

 あたしがちいさかった頃の話。

 少しさむいけど、そこら中にきれいな花が咲いてた。

 母様から畑仕事をしておくように言われたあの日。

 雨があがったばっかりで泥だらけになりながら草を抜いたのを覚えてる。

 気が付いて空を見上げたら、お日様が低い場所にあったから急いであたしは抜いた草を畑のはじっこに寄せた。

 母様に怒られる前に帰らなきゃ……と目を上げたら、見たことのない男が立っている。

 青白い肌に真っ黒な髪……司祭様みたいな服を着てる。

 急に目の前に現れた男は、あたしに手を差し出してやわらかく笑う。


「これは願いを叶えてくれる妖精の力が宿った石だよ。これを付けて月が丸い夜に水を頭から浴びてお祈りをするんだ。そうしたら君の願いが叶う」


 男の出した手には丸くて細長くてすべすべした大きな石が乗っている。

 願いが叶う……それはとってもいいことみたいに聞こえた。

 よくわからないけど、くれるものならもらおうと思って石を受け取った。


「でもね……これは子供が使わないといけないよ。大人が使うと大変なことになるんだ」


 大人が使うとダメ?なんで?そう聞こうとしたときにはもう男はどこにもいなかった。


「ファミン、一緒に帰りましょう。私も習い事が終わったところよ」


 姉さんがいつのまにか、あたしの後ろから声をかけてくる。

 姉さんは、お花とはちみつのいい匂いがする。

 あたしのぼろぼろな服と違って少し上等なワンピースを着ているのは、丘の上にある領主様の館で読み書きを教わっているからだ。

 取り柄のないあたしの分まで立派になって偉い人のお嫁さんになるんだって母様が言っていた。


「これ、願いが叶う石なんだって」


 あたしは、さっそく姉さんにさっきもらった石を見せた。


「きれいな琥珀色ね。なんなのかしら」

 

 一緒に歩きながら、姉さんはお日様に石をかざしてる。

 お日様の光が石を通り過ぎて、姉さんの真っ白できれいな肌に宝石に色をした光が落ちる。

 

「願いが叶うなら……私はファミンともっと一緒にいたいな」


 石を通して空を見る。夕方みたいに綺麗な色。

 面白くて、そのまま歩いていると、急に空が暗くなった。


「ちんたらなにをしてるんだい?まったく!出来損ないがラクスの邪魔をするんじゃないよ」


 空が暗くなったんじゃなくて、母様が石の上に手をおいたんだって、怒られてから気がつく。

 そして、またあたしは姉さんの邪魔をしたことに気がついて悲しくなる。


「それにどうしたんだいこれは!まさか盗んだんじゃないだろうね?父親が死んじまった哀れな家だ。すぐに疑われるようなことするんじゃないよ」


「ちが……あの……もらったの……」


 石を取り上げた母様はすごい怖い顔をして怒っていた。でも石を上や下から見回して、つるつるした表面を撫でたりしているうちに母様の顔からだんだん怒ってる感じが消える。


「願いが叶う石だって……言われて……その……月が丸い夜に水を頭から浴びると願いが叶うって……」


 あたしの言葉をいつもは聞いてくれない母様は、珍しくその言葉で動きを止めて、そして笑ってくれた。


「そうかい。まぁ……小作人のあたいらが領主様にこれを渡しても旨味は少ないだろうし、試してみる価値はあるかもしれないねぇ……。嘘だったら承知しないよ」


 母様は機嫌が良さそうであたしもうれしくなる。でも姉さんはあんまりうれしそうじゃないみたい。

 あたしは、母様が持っている石に手を伸ばした。


「大人じゃだめだっていわれたの」


「なんであんたが願いをするつもりなんだい?グズでノロマな出来損ないのあんたより、ラクスがこれを使ったほうがいいにきまってる。まったく図々しい」


 でもダメだった。あたしは母さんに肩の辺りを押されてお尻が水たまりに落ちてしまう。

 みずたまりがびしゃっと嫌な音を立ててあたしのお尻がつめたくなる。


「あんたは頭の回転も性根の良い部分もあたしの腹ん中に置いてきちまったんだよ。おかげでラクスはあたしらの子供だとは思えないくらい賢くて素直で器量よしに育ったんだがね……」


 姉さんが手をこっちに差し出した気がしたけど、その手は母様に掴まれて家の中へと連れて行かれる。

 あたしは、二人が家の中に入っていくのを見てからやっと立ち上がると、ロバ小屋に戻った。

 地面には弟が横たわってる。臭いし汚いけどまだしんでないみたい。

 ロバたちの水と藁を変えてから、あたしは小屋の隅でうずくまった。



 すっかり石のことなんて忘れたまま過ごしていた数日後。

 締められるガチョウとか、ヒキガエルが潰されるような声があちこちから聞こえて目が覚める。

 なんとなく上を見てみるとロバ小屋の隙間だらけの屋根から空が見える。

 丸い月は静かに空に浮かんでいて、それであの男が言っていたことを思い出す。


―月が丸い夜に水を頭から浴びてお祈りをするんだ。


 今日は月が丸い夜。

 体を起こして外をこっそりとみる。

 ここはいつもロバたちの糞や尿で臭いけど、そうじゃない。なんだか血なまぐさい。

 弟がロバにとうとう踏まれて死んだのかと思ったけどそうでもない。

 なんだろう……。

 音を立てないように小屋の扉まで行って外を見ると、ちょうど怒った顔した母様が家から飛び出してきた。

 甲高くて耳が痛くなる叫び声をあげてナタを振り回している母様の後ろにはよくわからないぶよぶよが、長いへびみたいに這ってきている。


「あんたが悪いんだ!出来損ない!殺してやる」


 ロバ小屋から外を見ていたあたしの髪を乱暴に掴んだ母様がナタを振り上げた。

 自分が死ぬことよりも、姉さんは無事かな……そんなことを考えていたと思う。

 痛みが来る前に、母様が振り上げていたナタは、あたしに当たらないでびよんと変なところではねて、あたしの足元に落ちた。

 ぶよぶよが伸ばしてきた生温かいなにかがあたしの足元に触れて体を包んでいく。

 

「ふぁ……ふぁみん……」


 姉さんの声がした。でもどこにもみえない。

 母様の後ろから来たぶよぶよはいつのまにかあたしをすっかり包んだと思ったら消えてしまった。

 驚いて体を見ると、あたしの体は時々お月さまの光できらきらする。揺れてる水たまりに映った光みたいだなって思った。


 驚いて固まっていた母様が落ちたナタを拾おうと体をかがめた。

 今度こそ死ぬのかな……そう思っていたら、まだ母様の後ろにいたぶよぶよがいきなり母様の体を、ねずみを捕まえた蛇みたいに締め付け始めた。


「なんなんだ化物!あんたの生みの親をたすけようってかい?村をこんなめちゃくちゃくにしてこんな出来損ないのガキだけ残したって野垂れ死ぬに決まってるよ!ざまぁないね」


 母様がなにか言ったことに怒ったみたいに、ぶよぶよがさっきよりも強い力で母様を締め付けたのがわかった。

 母様の喉からはぐえっと潰されたヒキガエルみたいな声が出る。

 

 ぶよぶよに締め上げられた母様は最初怒って怒鳴ったりしてたけど、段々と元気がなくなっていった。

 どうすればいいのかわらかずに、ただその様子を見ているととうとう母様は口の端から泡を出して眼がぐるんと上を向いた。


 そうだ。姉さんを助けなきゃ……。

 大切なことに気が付いたあたしが、走り出そうとすると、ぶよぶよが集まってきて形を変えた。

 とてもおおきな鋭い牙の並んだ犬の口みたいになったぶよぶよが、母様の右肩をガチンと挟む。

 静かだった母様の口からは聞いたこともないような声が出て耳が痛くなる。

 だれか大人がきてくれればいいのに……そうだ……誰か呼びに行かなきゃ……。

 

 母様は、ぶよぶよに地面に乱暴に投げ捨てられて動かない。

 大人なら姉さんも助けてくれるはず。

 怖いけど走りだそうとしたあたしを止めるみたいにぶよぶよは身体を伸ばして先回りしてくる。


「これはこれは……すごいことになったものだね」

 

 ぶよぶよがあたしのほっぺにそっと触ってきて、ヒッと声を漏らして目を閉じた。

 その時、ちょうど聞いたことがある声が聞こえた。

 顔をあげると、最初に会ったときみたいにいきなり目の前にその男は立っていた。

 ぶよぶよとあたしの間に立っている男は、石をくれたときと同じように相変わらず笑っている。こんな状況なのに。


「ふむ……予想とは違うけれど……結果としては上々だ」


「な、なに……」


 男が手を一振りすると、ぶよぶよはキィキィと扉がきしむときのような音を立てて縮んでいく。


「御婦人、もう大丈夫ですよ」


 ぶよぶよが完全に家の中へ戻っていくのを見届けた男は、地面に倒れていた母様にそう声をかけてから抱き上げた。

 小さく苦しそうな声しか出せない母様に、男は大きな袋から取り出した水筒を口にあてる。

 母様の喉がゴクリと音を立てた。

 何かを飲んだ母様はすぐに眼をぎょろりと開くとあたしを睨みつけながらこういった。


「この出来損ないが!あんたが変な宝石なんて持ってきたから村のみんなもラクスもあのぶよぶよに食われちまった!あんたが……死んじまえ!」


「え……石はでも……この人が」


「言い訳をするんじゃないよこの嘘つきの出来損ないめ!こんなときにもうそをつくのか!わかってるんだよ!あんたはあのクソみたいな旦那の母親に似て嫌な目をしてる!呪いを使ったんだろう?」


 怒鳴る母様を見ても笑ったままの男は、母様を切り株の上に下ろして座らせると顎に手を当てて家の方を見た。


「御婦人、子供が親怖さに嘘を付くのは仕方のないことです。しからないであげてください。ボクは魔法使いの端くれ……貴重な妖精を封じた石を探してこちらに立ち寄ったのですが……お子さんがいたずらをしたようですねぇ……」


「でも……村が……娘が……」


「少々お待ちを……。ボクにお任せください」


 男の話を聞いて母様は残っている方の手で顔を覆う。

 そんな母様に頭を下げた男は、くるりと背を向けるとぶよぶよが戻っていった家の中へと入っていった。


 男の姿が見えない間、母様はなにも言わないであたしのことをずっと睨んでいた。

 やっぱりあのときあたしがちゃんと死んでいれば少しは母様の気も済んだのかもしれないって思う。


 男が戻ってくると、母様はもう一度左手で顔を覆って悲しそうな顔になる。

 でも、男が手に持っているものを見て、悲しそうな顔から引きつった顔に変わった。

 なんだろう……そう思ってあたしも男の右手に目を向ける。

 

 ぐちゃり……と熟れすぎた木の実が地面に落ちたときみたいな音がした。

 男の手から地面に落とされたものがなんなのかすぐにわかった。わかったけどわかりたくなかった。


 姉さん。


 腰からしたはさっきまで母様を追いかけていたぶよぶよに変わっているけれど、それは姉さんだった。

 姉さんのはだけた服の胸にはあの石が、めり込んでいる。

 でも姉さんの顔は眠っているみたいに安らかだ。


「ラクス?ラクス?なんてこと……食われちまったのかい?」


「簡単に言えば、そうですね。彼女は妖精に食われました」


 母さんは、泣きそうになりながら姉さんにすがりつく。

 あたしも姉さんに駆け寄ったけど母さんはそんなあたしを勢いよく突き飛ばした。


「ファミン!お情けで生かしてやっていたのに!姉さんになんて仕打ちを……」


「御婦人……落ち着いてください。もうひとりの娘さんが、姿を保てているのはこの生き残ったお子さんのお陰なのです。ボクはお二人をもとに戻す方法を探します。美しい御婦人よ……ボクを待っていてくれますね?必ず姉妹を揃って生かしておいてください」


 地面に倒れたまま姉さんを見ていると、ナタを持った母様を男がたしなめていた。


「で、ですが……廃村で女だけで生き残っていくのは……魔物や山賊もおります……」


「あなたが出来損ないと呼んだ娘さん……彼女が新しく得た能力は人殺しにはうってつけの力です。それに……あなたほどではないが器量もいうほど悪くはない……わかりますね?」


 身体をくねらせて自分にすがりつく母様を抱きしめたままの男は、笑ってあたしを指差す。

 そのあと、母様と見つめ合った男の瞳がなんだか赤く光ったような気がした。

 少しぽうっとした母様に、男は姉さんのでろでろに溶けた下半身の一部ををちぎって肩に当てた。


「貴女も力を得るのです。肩につけたそれは、その娘が消えない限り、貴女に強力な力と美しさを与えてくれるでしょう……」


 ぶよぶよは、男が渡した石と同じ色になると母様の肩から伸びて腕の形になって固まった。

 母様は嬉しそうに腕を動かしたり、手の開閉をしてる。

 それから、男は腕を隠すための手袋を渡すとなにか内緒話をして消えた。


「魔法使いミエド様が生かしておけって言うから出来損ないのあんたも生かしておいてやるよ。ラクスをもとに戻したいんだったら死ぬ気で働きな!このクズ」


 こうしてあたしは母様と姉さんのために働くことになった。

 野盗をするとき以外は姉さんを使うなって言われてるから殴られたら痛いし、体を売るのはうまくないけれど、盗みと殺しだけはあたしにしてはうまく出来た。

 うまく出来ていたのに……。

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