3-20:Reunion -再会-

「遠くの魔力を辿れないなんて不便過ぎる……クソ。確かこの辺りに落ちたはずなんだ……」


 雪崩に巻き込まれて目印も碌にない場所に流されれば彼女を探すのは困難だ。雪の洪水がひとしきり終わるのをもどかしい気持ちで待っていた俺はあちこちを歩き回ってジュジの気配を探る。

 一日探し回ってやっと見つけた彼女の痕跡は、少し離れた崖の下にあった。

 降る雪と風に消されかけているけれど微かに残る獣とジュジの足跡……そして争った痕と飛び散る血痕……頭蓋をたたき割られた狼の死体。


「これは……ジュジには無理だよなぁ」


 彼女が持っているのは護身用の短刀だけのはずだ。運よく現地の人間たちに助けられたのか?

 まだ消えていない足跡と、そこに残っている魔力をなんとか辿ってみると目的地ケトム・ショーラへ向かっていることがわかった。

 多少道筋は違ったとしても、無事に目的地へ向かえば合流できるとわかって一安心する。

 彼女を助けた人間が頼りなくて、途中で死んでいたらどうしよう……そんな心配をしてあちこち魔力の痕跡を確かめながら村へ向かう。

 寝る間も、食事すらも惜しんで俺はひたすら走り続けて……気が付けば彼女と離れてから二日も経っていた。

 俺と長い間離れて……長いと言ってもたった二日だけど、それでもきっとジュジは俺と離れて不安になっているだろう。俺が考え事をしていたばかりに雪崩にも気が付けず、さみしい思いをさせてしまっていると思うと居た堪れない気持ちになる。


 早くジュジを迎えに行こう……そしてちゃんと俺から謝ろう。

 村に着いたのは夜中だった。朝になってから迎えに行こうなんてことは考えずに、さみしい思いをしているだろうと決めつけてジュジの気配がする家へ向かった。

 それが失敗の一つ。そしてもう一つの失敗は、玄関の扉をノックせずに通りすがりにあった窓を覗いてしまったことだ。


 目に入ってきたのは、焚き火の見知らぬ大柄な男と抱き合っているジュジの姿。

 頭を撫でられて、男の胸に体を預けているジュジを見て頭が沸騰しそうになる。

 その瞬間、男が窓の外に目を向けた。ここでバレるのはさすがに最悪だ。心の整理もまだできていない。必死に自分の感情と吹き出そうな魔力を抑え込む。


「ち……ちがうもん」


「じゃあ、そういうことにしておいてやるから話してみろよ」


 聞きたくもない二人の会話が少し聞こえてきて、思わず耳をふさいでしまう。

「大人になれ俺」と自分に言い聞かせながら軽く自分の両頬を叩く。

 大切な人を自分の恋人や伴侶にすることだけが愛ではない。誰か一人の人間を手元に引き取るというのは、こういうことだ。

 気の遠くなるほどの時間を生きているのだからそれくらい頭では理解している。

 だから、得意の見ない振りをした。

 何も見なかったことにすれば何も考えなくて済む。彼女への嫉妬も独占欲もなかったことになる。


 これが正解だと思った。

 無事に師匠として、ジュジと合流して、抱きついてきたジュジの頭を撫でて……これで、なんとか彼女を彼女が好きな人と添い遂げられるようにお膳立てすればいい……そう覚悟を決めたんだ。


 村の長から宛てがわれた客室の中でジュジと二人きりになる。

 何から話すべきか……昨日見たことを言うわけにもいかない。どうすれば彼女の想い人を知っていても不自然じゃないんだ……そんなことを思いながら、久しぶりに見る艶のある美しい黒髪の毛先を弄んで俯いているジュジに目を向けた。


「その……みなさんとてもよくしてくれて……。あ!ジェミトが狼に襲われた私を助けてくれたんですけど……ダメですね私。一人じゃ全然戦闘も出来なくて……」


 先に口を開いたのはジュジだった。しどろもどろになりながらも村であったことを話してくれる。

 俺はムッとした顔をしていないだろうか?ちゃんと普通の顔を出来ているか?

 なんとなく、余所余所しさの感じられるジュジの仕草に胸を痛めながらも普通を装って相槌を打つ。

 知らない男の名前が、彼女の口から伝えられると心臓がトゲの付いた棒でかき回されるような感覚がする。

 俺の知らない間に、一人でも立派にこの村に溶け込めていることに嬉しさも同時に襲ってきて強い酒を頭から浴びたい気持ちになりながらも俺は表面上は平静を装い続ける。


「無事で何よりだ」


「心細くて、カティーアに会えなかったらどうしようって心配してたら、ジェミトがもし師匠が来なかったら村で面倒を見るって言ってくれたんです」


 彼女が誰かと添い遂げるのを許さないだとか、俺以外を好きになるなとは言いたくない。

 もう使い魔ファミリアと主人でもない。俺達はただの旅を共にする仲間だ。

 だから、彼女がもし、どこかの街に残りたいと言ったり、誰かと一緒になりたいと言うなら俺はそれを笑顔で送り出したい。

 彼女が俺から離れたいとか、俺以外の誰かと一緒に生きたいと言い出してもいいように教えられることは全て教えておこう。

 ここにたどり着くまでにそういう答えを出せた。


 それなのに、どうして俺は彼女の目を見てそれを上手く言えないんだろう。

 自分が思っていた以上に情けない自分に嫌悪感を抱く。


 ぐるぐるとネガティブな思考の渦が頭の中を埋め尽くしていく。


「……もし、お前が残りたいなら、この村に残っても構わない。あの紫の髪のやつも悪いやつではなさそうだし……俺は止めない」


 ジュジが、気を使いながらも遠回しに言ってきた「好きな人が出来たからここに残りたい」にしか聞こえない言葉に、俺は彼女の親として、師匠という立場としてなんとか笑顔を作りながらうまく応えたつもりだった。

 でも、俺の言葉を聞いた途端、ジュジのぎこちないながらも楽しそうだった顔が一瞬で人形のように無表情になる。

 よくわからないが、とにかく掛ける言葉を失敗したということだけは理解した。


 大声を上げるでもなく、表情を怒りや悲しみでゆがめるでもなく、ただ無表情になった彼女の美しい深緑色の瞳から、はらはらと大粒の涙が流れて長い睫毛を濡らしていく。

 俺に背を向けたジュジに手を伸ばして抱きしめようとして手を止める。

 あの夜の拒絶を思い出して立ち止まってしまった俺は、走り出した彼女の背中を見送ることしかできなかった。


「ったく……どうすりゃよかったんだよ」


 何も言わずに、こちらを振り返りもしないで部屋を出ていった。

 ベッドに座って俯いている間にも、聞き慣れた愛しい足音は遠のいていく。

 追いかけていって何を言えばいい?

 寝具に腰を下ろしてこうしている自分自身に苛つくけれど、こんな場所で暴れるわけにもいかない。

 行き場のない感情を、組んだ手に力を入れながら目を閉じてやり過ごそうとする。

 こんなとき、セルセラがいたらなにか頼れたのか……?

 何も考えたくなくて俺はそのままベッドに仰向けになった。


 不死の身体でも、流石に慣れない土地で何日も寝ずに動いていると限界を迎えるらしい。

 少し休んで頭を少し冷やしたらジュジを迎えに行こう。

 襲って来る体の怠さと睡魔に耐えきれずに、俺の思考はそのまま暗闇に呑み込まれていった。

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