Juiji

3-1:”No more patience, right?”ー「我慢しなくていいんだよな?」ー

「ありがとうございました」


「ランセの友人だ。このくらいお安い御用さ。またな、二人とも」


 小さな港町で鬼たちの一団に船から降ろしてもらい、街へ向かう。


「地図を見れなかったのですが、ここは?」


「東の大陸だ。中央よりも少し北にある。こっちはあまり来たことがないから転移魔法を使うといつもより疲れる。鬼たちあいつらがいてくれて助かった」


「そうなんですね」


「まあ、お前とゆっくり観光をしたいってのが大きいんだが」


 カティーアに連れて行かれたのは乗合馬車の待合所だった。色々な人が並んでいるのを見ていると、すぐに大きな馬車がやってきて、色々な人が乗り込んでいく。


「ここから更に北へ向かうぞ。これから行くところは真夏でも氷に閉ざされてるっていうからな……準備をする」

 

 東の大陸の存在を知らなかった私は、魔法院の影響力が比較的少ない土地の存在なんて全然考えたことがなくて、すごく驚いてしまう。

 こちらの大陸には私が知っているヒト族とも耳長族とも違う特徴のある人種がいることも驚いた理由の一つだ。

 魔法院は東の大陸の存在をあまり良く思っていないからか、私が箱庭で読んでいた本には西の大陸が世界の全てであるかのように書いてあった。

 魔法院で使われる教科書や書籍のお古なので当たり前なんだけど……そんなこともあって文化の違いや人種の多様さに驚いてあちこちをキョロキョロ見回してしまう。


「すごいです……。こんな……知らないことがまだたくさん……東の大陸なんて存在したんですね」


「あー。俺もアルパガスを倒すって旅をした時に知って、めちゃくちゃ驚いたからな。その気持ちはわかる」


 馬車の中で彼の見せてくれた地図を見たり、外の景色を見てはしゃいでいる私の肩を抱き寄せると、カティーアにそっと耳元で囁かれて微笑みを向けられた。

 そのカティーアの表情が今まで見ていたどんな顔よりも優しくて、なんだかドキドキして思わず目をそらしてしまう。

 しばらくはしゃいでいたけれど、馬車に揺られながら麗らかな初夏の日差しに照らされて睡魔が襲ってくる。


「よく眠れたか? そろそろ降りるぞ」


 どうやら私はぐっすりと寝ていたみたいで、彼にそっと肩を揺すられて目を覚ました。

 寝ぼけ眼のまま彼に手を引かれて降りた先は、とても大きな市場で、私の眠気は一気に吹き飛んでしまう。


「すごい……」


 石造りの高い四角い建物が奥に並んでいるけれど、それよりも私の目を引いたのは西の大陸ではみたことがないトゲトゲした皮の果実や、緑色で分厚い皮に包まれた丸い巨大な果実といったような珍しい商品の数々だ。


「これ……どうやって食べるんですかね? そもそもなんだろう……卵?」


「これは果物だ。ほら、あそこに屋台があるだろ?この皮を剥くと中から白い果肉が出てくるんだ」


 果実店の隣りにも、見たことのない魚や植物があってはしゃいでしまう私の言葉にカティーアは呆れる様子も見せないでいろんなことを教えてくれる。


「そういえば……」


 東の大陸に来たまではいいけれど、具体的な目的地を聞いてない。ふと、カティーアの方を振り向いて彼の手を取ろうと手を伸ばす。

 ポケットに両手を入れながらマントを翻している彼の表情は穏やかで、機嫌は良さそうだ。

 多分機嫌を気にしなくても、なんでもないことならすぐに教えてくれるのはわかっているけど、なかなか彼の機嫌をうかがう癖は抜けない。


「あの、船の中で言ってた行きたい場所ってどこなんです?」


「ネヴェラーゴ地方だ。雪と氷に閉ざされた他の国や街とほぼ交流のない古代の街並みが残る村がある……らしい。俺も行ったことがないから詳しくはわからないけどな」


 何をしに行くかまで聞きたかったんだけど、カティーアの興味は、魔道具と魔導書が並べてある店先に向かってしまったみたいで、話はそこで途切れてしまう。

 勇気を出して詳細を聞けないまま、一人でもやもやした気持ちになりながら彼の背中を追った。

 彼はいつも必要最低限のことしか話さない。それは馴れてしまった面が大きいんだけど、なんとなく都合の悪いことは故意に隠すことも多い気がして、本当は私にもっと大変なことを隠してるんじゃないかと不安になる。


「とりあえず……」


 少し沈んだ気分になりながら俯いていると、不意に私の耳元でかティーアが囁いた。

 彼の吐息が耳にかかってビクッと身体が跳ねる。怖いからじゃなくて胸のあたりがキュッとして、吐息がかかったところに火がついてしまったみたいに熱くなった。

 そのままカティーアは、私の背後から手を回してぎゅっとその手に力を入れた。

 私を抱き寄せた彼は、耳元に顔を寄せて再び楽しそうな声色でそっと囁く。


「ずっとお前にしてあげたくて我慢していたことがあるんだ。もう我慢はいらないよな?」


 カティーアの低く少しかすれたその声は頭の中をしびれさせるような甘い響きをしていて、私は意味もわからないまま反射的に首を縦に振ってしまう。


 頭がぽーっとしているままカティーアに手を引かれて、やけに大きくて豪華な石造りの建物に辿り着いた。

 周りの建物よりも一層豪華なその建物は宿泊をするための部屋がいくつもあるらしくて、建物の前の通りにはやけに小奇麗な馬車や鳥車が並んでいる。

 馬車や鳥車の周りには下働きの人らしいたくましい人たちが行き交っていて建物の中に荷物を運び込んでいる。

 扉の前にいた宿屋の主人は、馬車もないし下働きの従者たちも連れずに建物に近付いてくる私達を怪訝そうに見つめていた。

 でもそんな怪訝そうな表情は、カティーアが中身のぎっしり詰まった小さな革袋を渡したらすぐに消えた。

 上機嫌になった宿屋の主人に私達は受付へと案内され、すぐに綺麗な金属でできた個室の鍵らしきものを渡してくれた。

 カティーアはそのまま鍵を受け取ると、私のことをまるでお姫様みたいに抱き上げて、真っ白で光沢のある石で作られた階段を登っていく。

 上品な紫で塗ってある木の板に、金色に染められた百合の花が彫刻をされた扉が目に入る。この扉の先が私達にあてがわれた部屋らしい。

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