5-34:The Beast that wouldn't dieー感傷に浸るのは今じゃないー

『俺が城門で暴れて城内の敵を全部引き付ける。全部倒したらお前らのところに絶対駆けつけるから……なんとか生き残っててくれよ……』


 野営地の片付けをしている俺たちのすぐ横で、三人は昔の俺と通信をし始めた。

 イガーサの持っている緑色の魔石に仄かな光が灯る。魔石からは、若かった頃の自分自身の声が聞こえてきて、なんだかむず痒くなる。

 余裕のなさそうなクソガキの声だな……とうんざりした顔をしていると、近くで作業をしていたジュジが隣に駆け寄ってきた。

 俺のローブの裾をそっと掴んだ彼女は、眉尻を下げて俺の顔を見上げる。


(心配ない。昔の自分になんだかむずむずしただけだから)


 そう念話テレパスで伝えると、表情を明るくしたジュジが胸に手を当てて微笑んだ。


「お前の出番なんてないかもな。まあゆっくり来いよ」


「ワタシタチ とても優秀ネ」


「カティーアが来る前に全部終わらせて、アルパガスの秘蔵のお酒でも貰っちゃおうかしら……。じゃあ、後でね」


 イガーサが少しだけ寂しそうに目を伏せながら、口元から魔石を離すと灯っていた光が消える。通話が終わったらしい。

 少し緊張した面持ちでいるジュジと違って、昨日たっぷりと休養をした三人は顔色も良い。


「オレたちもそろそろ行くか」


 分解したテントや道具を鶴革の袋コルボルドへ戻し終わった俺は、武器と防具をしっかり身につけた三人の元へ、ジュジの手を引きながら向かう。


「ジュジに頼んで調べて貰ったが、森の中は魔物一匹いないらしい。おそらく、大量にいる素材フムスと、昔の俺がまき散らしている魔力に釣られて正門へ向かったんだと思う」


「了解っと。それじゃあ、どうする?」


 ホグームが、顎に手を当てながら少し考え、俺に指示を仰いできた。昔から変わらないやりとりで、とても懐かしい気持ちになる。

 無駄な戦闘を避けるために、魔物がいなくても注意するに越したことはない。


「上から行くぞ」


 木に登った俺たちは、ジュジのツルの力を借りて、木々の葉の中を移動しながらアルパガス城の裏門を目指すことにした。


「ここで止まってくれ」


 しばらく進んだところで、俺は小さな声でそう言いながら足を止めた。

 流石に無防備というわけではないらしい。裏門に何人かの兵士たちが残っているようだった。


 ここ以外に入る場所を探すのも手間だ。見張りを迅速に倒し、中庭をさっさと通り抜けるしかない。

 早く目的の場所へ行って、魔力溜りとやらを吸魔の銀杭シレント クラウィスで壊してしまおう。


「見張り、どうするの?」


 裏門から離れた場所で一度止まる。小さな声でイガーサが耳打ちをしてきたので、俺は少し思案する。


「ジュジ、一応ここを守ってくれるか?」


「もちろん。任せてください」


 声をひそめて頷いたジュジが、木の幹に手のひらを押しつけた。

 あっという間に木の枝が伸びてきて、盾のようなものを前方へ作り出す。以前みたいに、妙な魔力の暴走はないみたいでほっとした。

 頼もしい弟子に育ってくれたな……と心の底から思う。


「ワタシタチ、見てるだけでいいカ?」


「もちろん。じゃあ、いってくる」


 アルコは欠伸をしながら木の上に器用に寝転がる。キヤ族族は元々樹木の上で生活しているらしいので慣れているのだろう。

 心配そうな顔をしたイガーサとホグームの視線を背中に感じながら、ジュジが作り出した木の盾を飛び越えて少し先にある木の根本に着地する。


 ちょうど、表門にいる俺が魔法をぶっ放したらしい。派手な音が響き、裏門までがぐらりと揺れる。

 魔素の流れを見るために、意識を集中させて城の方を見ると、蜂の巣をつつき回したように慌ただしくなっているようだった。城の中に控えていた耳長族らしい影が表門へ集まっているのがわかる。


 裏門を警備している兵士たちは、動こうとはしなかった。流石に、持ち場を離れるつもりはないらしい。

 身を乗り出して、裏門の前を目視してみる。

 騎乗用の竜が三匹、石を積み上げて作った門に繋がれている。それに槍を持った兵士が二人。

 通常であれば、竜が二匹もいれば侵入者への対処としては十分だ。小さいとはいっても竜だ。嗅覚も鋭いし、小型とは言え鱗は硬く、そこら辺の剣や矢ははじき返してしまうし、魔法にも耐性がある。

 なんといっても、馬や飛脚鳥ヴァーハナと違い鋭い牙と爪、そして長い尾があるのが見張りとして優秀だ。あの尾の一振りで、人間の兵士なら、数人は軽くなぎ倒せるだろう。

 まぁ、それは普通の人間相手の話だ。


「よぉ」


 面倒なので、俺は堂々と彼らの目の前に姿を現した。挨拶をしながら近付いていく。

 怪訝そうな表情で兵士が槍を構え、竜はグルルと唸り声をあげた。

 頭を下げた竜は、短い前足で地面を引掻く威嚇行動をしている。


 どうすればいいのかなんて、簡単だ。


「焔の柱 聳えろ」


 こうして、短く詠唱をして爪先で軽く地面を叩けば全てが終わる。

 兵士や竜たちの足下から真っ赤な炎の柱が噴き出した。

 裏門にいたやつらはあっと言う間に物言わぬ炭の塊に姿を変える。

 竜が魔法に強くても、耐えられないくらい強力な魔法をぶつければいい。簡単な話だ。


 振り返り、ジュジたちに向けて大きく手を振る。遠くで彼女が手を振り返すのが見えた。

 多少焦げてはいるが、まだ使えそうな竜の爪や鱗を剥ぎ、いくつかを鶴革の袋コルボルドへ放り込む。

 元の世界では黒鱗を持つ騎乗用の竜は希少だ。何かの役に立つときもあるだろう。


 解体までするのは手間だな……と悩んでいる間に四人は到着した。


「この仕事、ワタシタチ必要ないヨ。カティーア一人でやれ」


「あたしたちが、あれだけ手こずった竜を、こんな一瞬で倒しちゃうんだもんね」


 焼け焦げた死体を見たアルコとイガーサがそう漏らす。俺も自分でアルパガスを倒せればいいとは思っているが……。

 そうすれば未熟な俺が……彼女を殺すこともないのに。

 

「俺は、昔の俺に会うわけにはいかないからな。お前らの仕事とは別にやることもある」


 ジュジを見て、揺らぎそうになる心をキチンと落ち着ける。俺は、彼女を選んだ。

 終わらない時を共に歩んでくれると言って、ヒトとして生きる道を捨てた彼女を……。


「心配するな。お前らはちゃんとアルパガスに勝てる」


「がはは!それは心強いぜ。なんたって未来のカティーアのお墨付きだからな!」


 嘘はついていない。こう言うしかなかった。

 表情から何かを気取られないように、なるべく自然に見えるように二人に背を向けた。それから、周辺の様子を探ってくれているジュジの元へ足を向ける。

 裏門の影でしゃがみこんでいたジュジは、俺の気配に気が付いたのか顔を上げて、にこりと笑った。


「あっちは、どんな様子だ?」


 地面へ這わせていたツルを袖の中へ戻したジュジは、俺のローブの裾を軽く握りながら、爆発音が鳴り響いている方向を指さした。


「あちらのカティーアは、疲労していますが順調に敵勢力を減らしているようです」


「ジュジちゃん、そんなことも出来るのか」


 のっしのっしと歩いてきたホグームに頭をわしわしと撫でられたジュジはまんざらでもなさそうな表情で頷く。


「ん……。アレは」


 彼女の腕に花飾りが揺れている。どこかで見たことがあるが、彼女に俺が買い与えた物ではない。もしかして……とジュジと話しているイガーサを目が合う。

 彼女はしーっと言いながら、自分の人差し指を唇に当てて笑った。

 琥珀色の瞳はとても穏やかで、これから死ぬとわかっているはずなのに、不安の色は見えない。


「カティーアがいるなら、安心ね」


 すっと顔を耳元に近付けてきたイガーサがそう言って微笑んだ。何も答えられずに口ごもっていると「弟のことも……ね」と囁いて彼女は離れていく。

 手を取ろうとしたけれど、彼女はジュジの背中を押して俺の隣に追いやる。

 俺から離れたイガーサは、ホグーム達と並んで先に進んでいく。


「そっちには魔力溜りがあって危険だ。俺が先に行く」


 彼女の言葉で動揺したのを隠したくて、少し大きい声を出しながらイガーサを追い越した。


「じゃあ、あたしはジュジちゃんと歩くもーん」


 拗ねたように唇を尖らせたイガーサは、俺と手を繋いでいたジュジの手を取って舌をチラッと見せる。


「ったく、緊張感を持てよ」


 そういいながら振り返って、ジュジとイガーサを見た。昔は見上げていたはずのイガーサの目線が少しだけ下にある。ジュジと頭を並べている彼女をみて、背がほとんど同じことに気が付いて、妙な気持ちになる。なんとなくドギマギして、俺は二人を見てから、慌てて前を向いた。

 あの頃の思い出が、塗り替えられていくことに、妙な衝撃を受ける。でも、感傷に浸るのは今じゃない。

 気持ちを切り替えるために、両手で自分の頬を軽く叩いて歩き出した。

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