ヘリッグ集会(2)

 集会には、各地に散らばったヘリッグの血統の者ばかりが帰ってくるわけではない。

 公子公女と交流を持つ貴族やクロンブラッド近辺の領主が、来賓として公爵直々に招かれてもいる。

 大仰な階段をのぼり、扉をくぐれば、公国で最も華やかな連中が一堂に会していた。


(……年々、来賓の数が増えている)


 見知ったヘリッグから見覚えのない人間まで、ひとしきり大広間を見渡しているアクセルのもとへ給仕の女性が歩み寄ってくる。

 その手には飲み物が入ったグラス。


「メロディア第八公女様、。お待ちしておりました」


 ついグラスを受け取りそうになったメロディアを、アクセルは片手で制する。

 代わりにメロディアの分だけを受け取るなり、


「今後は僕への給仕および奉仕は結構です」


 左胸のポケットで光る藤の花ヒース徽章バッジを指差す。

 自分はもう公子ではない、給仕のあなたやそこらにいる騎士と同じ身の上だ──と暗に示したかったのだ。

 給仕の女性は顔色ひとつ変えずに身を引いた。本当に無表情、終始にこりともせず。


「もしかして、お酒でした?」

「まさか」


 アクセルの脇からひょこりと、メロディアがグラスの中身を覗き見る。アクセルは真下に目線を下げる角度にならないよう首を傾け、にこりと微笑んだ。


「中身はグラスによって違うらしい。安心して。それを確かめるために僕がいるんだよ」


 優しくも心強い声に、メロディアはぽっと頬を赤らめる。

 いちいちこんなにも可愛らしい反応をする妹を、あるいは今すぐにでも縁談に差し向けなければならないとは。

 近い将来に起こる厄介ごとに気を重くしたアクセルは、視線だけでヴェール伯爵の姿を探す。

 集会は基本的に立食形式で、部屋のいたるところに食事の置かれたテーブルと、休みがてら話ができるチェアが点在している。



(……! あれは、オイスタイン侯爵)


 偶然、ひとりの壮年の男を見つける。

 アクセルは何人かに囲まれて楽しげに話しているオイスタインをしばし凝視してしまい、目が合いそうになったのを急いで逸らした。


 イース領に城を構えたオイスタインはヘリッグでこそあれど、現公爵とはかなり遠縁に位置する。

 領地もかなり遠方にあるはずだが、自分の城でもパーティを頻繁に主催するくらいの催し好きだからか、この集会には毎年欠かさず出席しているらしい。

 公爵にも負けず劣らず女性好きだとも噂に聞く。今日は果たして何人目の奥方を連れてきたのやら。


(確か、直近にも新しい奥方を迎え入れたんだったな。そう──


 ボムゥル領。

 あの愚かな銀髪の公子が居た町。

 きっと、新しい結婚相手というのはその公子の伯母に位置する女性だ。オイスタインには隙を見て、そのあたり探りを入れてみたいところだ──と、アクセルは唇を引き結ぶ。



(探りを入れるといえば、今年もスティルク男爵は来ているだろうか)


 メロディアが勝手にどこかへ行かないよう見張りつつ、アクセルはさらに視線を巡らせる。

 アクセルの見立て通り、スティルク男爵は今年も来賓に呼ばれていた。自慢の髭をいじりながら、うさんくさい笑顔で誰かと話している。

 彼も昔から遊び好きで有名だ。酒が好きなくせしてめっぽう弱く、かつて集会の最中に吐いたことがあるが、いまだに呼ばれているあたりさすがに大人しくなっただろうか。


 もっとも、アクセルの目当ては男爵本人ではない。

 彼の一人娘──タバサ・スティルク。

 ボムゥル領の公子を専属騎士ともども国外へ逃した、決して許されざる大罪人。


 あれほど重い罪を抱えておきながら、しかし彼女は公爵から依然、なんの罰も与えられないままだ。

 逃亡を手伝ったスティルク領の騎士ひとりは、とっくになにかしらの処罰を受けたはずだというのに。


(やはり……彼女の『あの噂』が関わっているのか)


 その肝心の女性が見当たらないことに、アクセルは心底がっかりする。

 ともかく、オイスタイン侯爵とスティルク男爵とは一度あいさつがてら話がしてみたい。


 もしかしたら──『彼ら』の足取りを掴む手がかりになるかもしれない。



♰ ♰ ♰ ♰ ♰



 そんな時だった。

 止めどなくざわめいていたはずの大広間が、急にしんと静まり返る。

 カツン、カツンと複数の靴音だけが遠いところから聞こえてきて、アクセルも身を固くした。


「──よう。待たせたな」


 厳かな全体の雰囲気を崩すような、案外軽く乾いた声。

 足音の主は、この場にいる誰もが知る男たちだった。


 ひとりは、国家ならびにヘリッグへ決して揺らぐことなき忠誠を誓う、ノウド公国最優にして最強の騎士。

海を翔ける鳥ペンギンナイト』団長、イェールハルド・ギル。


 そして、もうひとり。

 注目を浴びたまま軽い声を上げたのは、ノウド公国の最高権力者。


「まあ、気楽にやろうじゃないか。永劫なるノウドの安寧とヘリッグの繁栄を祝って──はい、乾杯」


 へリッグ公爵が手持ちのグラスを高々と掲げたのを合図に、他の者たちも口々に笑顔で「乾杯」とグラスを空へ近づける。

 その光景を眺めてアクセルは内心呆れた。

 先ほどの給仕しかり、目前でいつもの仏頂面で立っているイェールハルドしかり。

 長らく仕えていると従者たちも、主人の気質におのずと似通ってくるのだろうか。

 せっかく客人たちは演技だろうが本心だろうが笑みを返しているというのに、肝心の大黒柱たるヘリッグ公爵はなぜか真顔を貫き続けた。

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