卒業前夜(2)
稽古場を出た三人は、訓練生の宿舎まで戻ってくると玄関の踊り場に並ぶ。
段差へ腰掛けたのはエリックだけで、グレンダとアクセルは閉まった門に寄りかかりながら空を仰いだ。
まもなく日は沈もうとしていた。
「一回しか試合してないこっちが疲れた」
エリックが怠そうに首をもたげさせ、
「何回やるんだお前ら。飽きねえなあ。……さては、本当に好き合っているのか?」
「冗談」
茶化すとグレンダは真顔で否定した。
「アクセルみたいなうぬぼれ男は嫌い」
「うぬぼれてなんかいないよ。僕は……そうだなあ。グレンダがもっと愛想と淑女らしい振る舞いを覚えてくれたら検討しても良いよ」
まもなくエリックの頭上から爬虫類の悲鳴が聞こえてくる。アクセルが思い切り
「でも、もしきみと同じ騎士団だったら僕は嬉しいよ?」
アクセルに蹴られた箇所をさすりながら、
「これからも気兼ねなく稽古に付き合ってもらえるからね」
そう続けられるとグレンダは表情を曇らせた。
三人とも、明日で訓練生を卒業する。
この宿舎での暮らしも終わり、研鑽の日々を共にしてきた『
だが、グレンダにはまだ、旅立つ場所が定められていない。
「もう明日なのにな。お前だけだろ? 配属先が決まっていないのは」
「……なにか手違いでも起きているのかしら」
「ずさんな人事はよほどしないと思うけどね、この学校。きみは副首席だし、能力的にはそれこそ『
『
アクセルが内定した配属先でもある。
アクセルはあらかじめ断りを入れつつも、グレンダがすでに推測できていた裏の事情を口にする。
「女性騎士となると、どうしても扱いに困るのかもしれないね。ほら、珍しいモノの用途には誰だって慎重になるだろう?」
アクセルの言う通り、女性が騎士学校に入って卒業までたどり着く例は、少なくとも今の騎士業界を知る者たちの間では一度も耳にしたことがない。
時間割も、授業の内容も、あらゆる施設や寝食を共にする宿舎まで、すべてが男性のために用意されている。
たとえグレンダが女性だからといって、特別に訓練や試験の難易度を緩くしてもらえる……なんてことは今まで一切なかったのだ。
「五年もよく耐えたよなあ……」
しみじみとエリックが呟く。
「男しかいない宿舎。月終わりのたびに、グレンダと誰が同室になるかでくじ引きかじゃんけんする恒例行事」
「耐えるもなにも、私が困るようなことは別になかったわよ」
「俺らが耐えたんだよ!」
涼しい顔をしたグレンダに前歯を見せて、
「どれだけお前に困らされたと思っているんだ!? 浴場にひとりで入ったまま長時間出てこないわ、大部屋で共有しながらみんなで隠し読んでた
「失礼。学業には不要な書物でしたので」
「男には必要不可欠な人生の教本だ!」
エリックが喚くのも気に留めず、しかしグレンダの憂鬱な気分は晴れなかった。
「……まだ私の実力が足りていないのよ」
夕暮れを暗い緑色の両眼で睨みつけて、
「やっぱり二番では駄目だったわ。卒業までにどんな手を講じてでも、この金髪を蹴落としておくべきだった」
「はは。勘弁してくれよ」
「目がまじだぞグレンダ……なあアクセル」
不穏なことを口走るグレンダを気の毒に思ったのか、エリックが今度はアクセルに目配せをする。
「お前から公爵にお口添えできないのか? 『
すると、アクセルは微笑みながらも首を左右へ振って、
「それはできない。たとえ僕の父親でも、私的な理由で公爵に謁見することは騎士の立場では許されていないんだ」
「そうかよ、厄介な規則だな。……なんで騎士になんかなったんだ、お前?」
「もちろん正義のためさ」
躊躇いなくきっぱりと言い切った。
「公国の繁栄と安寧を築くのは、いつだって法と秩序に基づいた正義だ。きみは違うのかい?」
「へいへい、ご立派な大義で。金のために騎士やったら悪いかよ」
「まさか。その大義で『
進むべき未来が決まっている二人の会話を聞いていても、羨ましいとさえ感じない自分をグレンダは嘲笑した。鼻を鳴らす音に反応してか、アクセルがグレンダの深みがかった緑色の瞳を隣りから盗み見る。
「……そういえば、一度も聞いたことがなかったな」
目線を空へ戻したアクセルは、少しだけ声を潜めてから問いかけた。
「グレンダ。きみはどうして騎士になろうと思ったんだ?」
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