翠眼の秘密と騎士団の追手(8)

「……そう。今度こそお別れね」


 その背中を見据え、グレンダは抜きかけた剣身を鞘の中に戻した。

 湿っぽい声で口ずさんだのをエリックは怪訝そうに見返して、


「なんだそりゃ。まさか俺と別れるのが寂しいとかほざく気か?」

「図に乗るな、ご令嬢のお使い風情が。……けれど、ええそうね。この国を出れば、あなたとも他の騎士とも二度と会う機会が無くなるでしょうから」

「……はん」


 グレンダがわずかに鉄の心を錆つかせたのを、面白おかしそうに笑う。


「まあ確かに? 万が一にも国中くになかで出くわした日にゃあ、お前は最低でも牢獄、下手うちゃ処刑台の上だもんな」

「な……ぼっ、僕がそうはさせない!」


 まったく洒落にならないエリックの台詞で、アルネはがたりと荷台を揺らした。

 グレンダに寄ってきて肩をぎゅうと抱いてくる。


「他人事じゃないでしょう。あなたこそ、屋敷へ帰ればあるじ共々罪に問われてしまうわよ」

「今更過ぎるだろ? 良いんだよ、俺たちゃあ。お前よかずっとタフだから。それにタバサ嬢はお前にも負けず劣らず、なかなかどうして侮れない女だ」

「そういう問題では……いえ、わかったわ」


 罪の在処をこれ以上問うのは不毛と判断したのか、グレンダはすかさず口をつぐむ。

 そして、最後まで素直にはなりきれずとも、精一杯の真心を込めエリックへ三ヶ月ぶりの、二度目の別れを告げる。


「さようならエリック。道中までの尽力、とても感謝しているわ」

「あっそ」


 しおらしいグレンダの態度に、エリックはなんともあっけらかんとしていた。


「じゃ、今度こそもう二度と俺のことは頼ってくれるなよ」


 手のひらを一度だけ軽く振ったかと思えば、次にグレンダが瞬きした時にはエリックの姿は馬車の上になかった。

 実に簡易的であっさりとした今生の別れ。

 グレンダはしばらくかつての同胞に思いを馳せ、馬車の中でアルネに抱きすくめられたまま黄昏ていた。



「……エリック……」


 ふいに思い出したように、グレンダは自身の髪を触る。

 褒める言葉にこそわざとらしい悪意を含ませていたけれど、エリックはこの左右縛りツインテールを目撃しても、クラウとは違って一度たりとも下世話な表情を浮かべることがなかった。

 結局タバサから借りっぱなしとなってしまった、青のスカートを見下ろし、


「……本当に似合っていたかしら。髪も服も」

「もちろんだよグレンダ」


 独り言のつもりが、すかさずアルネから返事が来る。

 セイディが勢いよく馬体に鞭打てば、これ以上アルネが魔法を行使せずとも、車輪は目的地を目指し先へ先へと進んでいくのだった。


 大罪人たちを乗せた馬車は、騎士たちともスティルク領からも次第に離れていった。






♰ ♰ ♰ ♰ ♰



 しかして、アクセルの馬は。


 建物もまばらになってきたスティルク領郊外で、ただひとり、依然としてグレンダの背中を追い続けている。

 正面を向いたまま瞬間で通り過ぎようとした一棟から、



「止まれ」



 音もなく、アクセルの死角より襲いかかってくる影。

 建物に潜んでいたのは当然、とうにあの馬車を降りていたエリックだ。


 キン!!

 脊髄反射か騎士の直感か、アクセルは刹那で剣を抜く。


「エリック──!?」


 先ほどの狙撃とは違い、振り下ろされた大剣に応じればさすがのアクセルでも態勢を崩す。

 とうとう馬から落とされたアクセルは、とても同胞へ向けるべきでない形相で凄んでくるエリックと対峙せざるを得なくなった。



 アクセル・へリッグとエリック・アルド。

 幾度の困難を乗り越えながらも騎士学校での五年間をともに過ごしてきた同期にして同胞──女騎士グレンダの進退を巡り、二人の騎士が今、スティルクの地にて対立する。

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