翠眼の秘密と騎士団の追手(7)

 セイディから追っ手の容姿を聞かされるなり、エリックはむしろ操縦席で笑い飛ばす。

 もちろんグレンダはにこりともしない。肉眼ではまだ微かにしか見えない、騎士学校での同期の金色をぎりりと睨み続けている。


「はっはは、やっぱりアクセルか。そりゃそうだ。あの男こそ黙っているはずがないし、こういう騎士の不祥事には誰よりもおっかねえよ。なあグレンダ?」

「笑い事じゃあありませんよ。追いつかれる前に、あの馬を止めますっ!」

「止めとけメイドちゃん、相手にするな。たぶん無駄撃ちになる……どころか、俺たちこそ足を止めないよう徹したほうが身のためだぜ」


 エリックの制止を聞き入れず、今度は銃口を彼方の馬へ向けたセイディ。

 馬の足へ狙いを定め、遥か遠方から発砲した。


 轟音に乗せてしばらく飛んでいった弾はアクセルにも、アクセルが乗った馬にさえ当たった様子がない。

 いや……セイディが的を外したのではない。

 グレンダは今度こそ確かに、自身の視界で捉えていた。


(あいつ! 馬に乗ったまま剣で弾を払い落として──)


 最後まで思考するより早く、グレンダの本能が働いた。

 反射的にアルネとセイディの頭を押さえ、二人ごと荷台の床板へ伏せる。


 ────ガゥンッ!!

 車輪を掠めたのだろうか。けたたましい音とともに、車体が激しい揺れを起こす。

 はじめはアルネも訳がわからず呆けていたが、


「え……まさか、今……」

「うっっっそでしょ。撃ち返してきましたよ、あの距離で!?」


 セイディの驚愕の声で、ようやく事態が飲み込めたらしい。

 馬を止めないままセイディの狙撃を剣で薙ぎ払い、即座にげていたのであろう狙撃銃へ持ち替え、そのまま馬車目掛けて引き金を引く……。

 にわかには信じ難いことだったが、現実にアクセルの追いかける姿は少しずつ大きくなっていた。


「いったいなんの冗談だ? クロンブラッドの騎士は皆ああなのか!?」

「んなわけあるかい。皆してああなら、今ごろ帝国も隣国もとっくに全部潰れている……アクセルばっかりはどうにもね。騎士どころか、もはや人間じゃねえからな」

「ひぃえぇええっ!?」

「あの男の他に追いついてきた馬はいませんね? アルネ様」


 グレンダは静かに剣を抜いた。

 遠方の金髪を見据え、すぐさま集中を高めていく。


「あ、ああ……だってあんな走り、他が追いつけるはずもないだろう」

「ならば私が奴を落とします」


 そう告げるなりグレンダは荷台のふちに足をかけた。

 そのまま馬車を降りようとするので、セイディもアルネも慌ててグレンダの腕や足を掴んで荷台の中へ引き摺り戻す。


「ばっ馬鹿グレンダ! きみが出て行ったら意味ないだろう!?」

「そんなことはありません。奴さえ振り払えば、他に追い付いてくる騎士もいないでしょうから」

「無茶ですよぅ! それに、奴って……お知り合いなんですよね? 昔のお仲間と戦うんですか? てか、今のグレンダ様の顔的にぶっちゃけ殺しちゃう気では!?」

「当たり前でしょう! ここで会ったが百年目、たとえ斬り捨ててでも私は私の務めを果たす──」


 とうに覚悟は決まったと言わんばかりのグレンダの剣幕に、アルネもセイディも押され気味だ。

 しかし、そんな彼女を冷静に戒めたのは、もうひとりの同期の男だった。



せグレンダ。お前が敵う相手じゃない」

「……なんですって?」

「あいつに『雛鳥の寝床エッグストック』で一度でも勝った試しがあるかよ? 無いだろ?」


 グレンダが負けん気を見せるより先に、エリックは振り返り。


「俺もここいらが潮時だな──メイドちゃん。そろそろ交代してくれ」



♰ ♰ ♰ ♰ ♰



 アルネも長い時間、魔法を使っているせいで息を切らし始めていた。

 手綱から片手だけ離したエリックが、胸ポケットにしまっていた紙切れを荷台へ放り投げたのをセイディが受け取る。


「……これは」

「線引いてある通りに進むと、崖下の見えづらいところに隠された船があってね。人っ子ひとりいない秘境も秘境だ。さすがのイェールハルド団長も把握しちゃあいないさ……あぁもちろん、あんたらが俺やタバサ嬢を信用した場合に限るけど」

「……わかりました」


 セイディは地図とエリックを交互に見ながら、


「あたしが操縦代わったら、エリックさんは……」

「同行できるのがここまでだ。俺はあの化け物をどうにかしてくる」


 すかさずセイディは身を乗り出し、馬に振り落とされないよう慎重だが素早くエリックと席を交代する。

 セイディがしかと手綱を握ったのを確認してから、エリックは先ほどグレンダがしたように、荷台のふちへ足をかけた。


「正気なの? あなたこそアクセルに勝てた試しがないでしょう!」

「なにも剣で勝つ必要は無いだろ」


 慌ててグレンダが引き留めると肩をすくめ、


「あいつの足さえ止められたら俺たちの勝ちだ。お前は追っ手を撒けるし、俺もタバサ嬢の言いつけを守れる。そら、お互い騎士の務めとやらを果たせるな?」


 エリックはそう舌を出し、どんな窮地でもおどける余裕さえ持っている。


 スティルク領に入ってから、グレンダは目前の騎士に驚かされてばかりだ。

 騎士学校の稽古ではグレンダの剣技を前に醜態ばかり晒していたエリックが、再会してからは、その広くてごつごつした背中が他の誰よりも頼もしい。

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