再会の女騎士(2)
グレンダの
穏やかな波を立たせた浜辺に、打ち上げられている船舶。
その甲板に腰を下ろし、のんびりと釣りに興じていたのはウーノだ。
「おー、やあっと起きてきたかよ」
「ウーノ氏……! ご無事でしたか」
垂れ下がった糸がピクリと跳ねる。
こんな浅瀬で魚などかかるものか、とアクセルは訝しんでいたのだが。
「ようし、これで人数分だな」
ウーノが引き上げたのは貝殻だった。
より厳密には、先端尖った貝殻にこもっている中身のほうが釣れたらしい。
ただ、船出の間は釣りでの食糧調達はタルヴォと双子の役回りだったはずだ。アクセルはあたりを見渡す。
焚き木の用意らしきものは浜に転がっていたものの、ウーノの他に人影はない。
「……あ、あの」
「全員無事よ」
なにかを聞くより早く、凛とした声が背後で響いた。
「っ、グレンダ」
「メロディア様とミュリエル様は森奥の小屋で食事の支度を、スヴェン様は衣服の洗濯を手伝ってくださっています。ウーノ様はご覧の通り」
さすが騎士だ。船員の顔ぶれを、もう全員覚えているのか。
なにより、アクセルが意識を戻して真っ先に不安がった懸念を、先んじて払い除けてくれる。
──良かった。僕だけじゃない。
アクセルは安心感を抱きつつ、
「ええと、タルヴォ氏と双子は?」
「絶賛冒険中といったところでしょうか」
たずねると答えたのはセイディだった。わざとらしく口を尖らせ、
「おとぎの国の地図と小説を作る! とか、新種の草や花や虫を採取してくる、なんて大人も子どもも張り切っちゃって」
「お前もガキだろセイディ。ていうか、そこの髭親父も、船の点検と荷物の運び出しするっつって小屋を抜けてきたはずだろ? サボって遊んでるだけだよ、ありゃあ」
「うるさいヨニーの減らず口。大人だって、たまには少年心に帰りたい時間だってあるのよ。いつでもお子様なあんたにはわからないでしょうけど」
いかにも自分は子どもではありませんみたいな態度を作る。
セイディは肩が浸かるくらいまで、茶髪を無造作に伸ばしていた。
グレンダの長髪には遠く及ばないものの、アクセルが馬車にて相対した時と比べると、実際、ずいぶんと様変わりしたようには見えて。
となれば、変わらないのはやはり彼だけか。
「ふんだ」
アルネは拾ってきた斧を肩へ重たそうに担ぎ、
「僕があのデカブツを釣り糸手繰り寄せるみたいにして運んできたから、そういう楽しい思いができるんだぞ。どいつもこいつも、もうちょっとくらい感謝してくれたっていいんじゃない?」
と押し付けがましい恩義を求めてくる。
見た目こそ孤島暮らしで若干小汚くなっているが、横柄な態度と減らず口はなおも健在だ。
かのへリッグ集会では公爵に面と向かって罵詈雑言を投げつけ、そのまま公では顔を出さず屋敷にこもっていた、少年時代の面影をそっくり引き継いで大人になったみたいな、軽々しい男。
──こんな男に、命を救われたと?
普段のアクセルであれば、冷ややかな視線を浴びせつつ皮肉めいた返しのひとつやふたつ。ただ、今回ばかりは静かに聞き返す。
すでに心当たりは山ほどあったが、こちらが勝手に知った気になって、後で追及しようとした時に、適当なことをのたまってはぐらかされてはいけない。
事実確認は必要だ。
「運んだ……というのは腕力ではなく、魔法とやらの不可思議な力ですか?」
顔を見合わせるセイディとヨニー。
自分で口走っておきながら、アルネはつんとそっぽを向いていたが、
「……やっぱり、知っていたのね」
代わりにグレンダがご主人様の能力を認める。
眉をひそめ、ここまで来られて今さら隠しても仕方がないと表情で主張した。
「けれど、その話は後にしましょう。そろそろ、皆さんこちらへお戻りになるはず」
森がざわめき、足音や気配が増えたのはまもなくだ。
アクセルの金髪頭をめざとく見つけるなり、
「お兄様っ!」
ポニーテールを振り乱し、懐へ飛び込んできたのはメロディア。
突進を優しく受け止めたアクセルは、ぎゅうと熱い抱擁を交わしながら、
「おはようメロディア。良い子にしてたかい」
囁く。
女性を口説くような甘い声と微笑みは、ついさっきまで誰かさんに泣きついていた男と同一人物とはとても考え難く、
「うえぇええ……やっぱこいつイケすかない……」
アルネは苦々しい顔を浮かべた。
助けなきゃ良かった、こんな腹黒二重人格の遠い親戚──とか。
すぐに他の見知った顔もぞろぞろと追いついてくる。
「アクセル! アクセルが起きたよ! 今日はアルベルトよりお寝坊さんだね!」
「そんなことより、ねえ見てアクセル! あっちに鳥の巣があってさあ」
「ご無事そうで良かったですアクセルさん! ところで、この島に生えている雑草に見慣れない形状の葉を、少し薬品に浸して経過観察してみたいのですが……」
セイディの証言はどうやら正確だったようで、双子もタルヴォも、実はアクセルを大して心配しておらず、今は自分の研究に夢中らしい。
微笑ましそうに、安堵したように、もっと遠い位置でアクセルの顔を見据えているのはミュリエルだ。
「……ええと、アクセル氏」
唯一、きょろきょろとあたりを見渡し、野菜や果物が盛られたカゴを抱えながら足取り重そうに歩いてきたスヴェンが、
あまり愉快じゃなさそうな様子をしていて、アクセルは急に頬を引き締めた。
「全員いつも通りですか、スヴェン氏?」
「ええ、はい。我々は無事……というか、いつも以上に舞い上がっている者が多いくらいですよ、そりゃあまあ。アクセル氏もお元気そうでなにより……ただ……」
「どうかしました?」
「その……この島に漂着して半日ほど経ちそうですが……」
ぎこちなく問いかけてくるスヴェン。
「まだ、お見かけしていません」
なにをだろう、と首を傾げた。
こちら側の仲間なら、今ここに全員揃った。誰一人として欠けてはいないはず。
だが、どうやらスヴェンと──どたどたと船を降りてきたウーノが気にかけていたのは、こちら側ではなかったらしい。
「おうよ、アクセル。結局、お前のお目当てはどいつだ?」
「え。……僕の?」
「そりゃあ騎士様だよ。てめえのお目当てはそいつだろ? 物珍しい草花やら、風の噂に聞くヘリッグの脱国公子様やらはこの際後回しだ。島はこの通り、無人じゃあなかったみたいだが、お前の言う屈強で意識高そうな……ましてやお前なんぞとお友だちになりたがるような変わり者は、今のところ見かけちゃいねえぞ」
「え。……あっ」
「これまでに出くわしたのは、いかにも騎士に向かん貧弱そうな男と女子供ばっかりだぜ。他には住んでる奴もいなさそうだし。さては、ハズレか? それか、とうにおっ死んじまったとか。ま、無理もないか。ここまでの船乗りもおっかなかった」
「…………あー…………」
アクセルは途端に口を閉ざす。ある方角へ視線を向けるのが非常に怖かった。
そうか、彼らは知らないんだった。アクセルの旅の目的、冒険を志した真の目的。
──『
グレンダはぐんと目を細め、
「……その者が私の友人かどうかは存じ上げませんが」
小さな獣が大柄な敵へ威嚇するように。
不機嫌をもよおした表情と声色で名乗りを上げる。
「騎士は私です」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます