再会の女騎士(3)

 好き勝手に動いていた『夢遊病ドラム』の男たちが、揃って透き通るような声の主へ振り返る。

 関心を一気に注がれても、グレンダの周囲の空気を凍らせそうな冷たい視線は揺るがなかった。


「……は?」

「その者に友人などと気安く呼ばれる覚えはありませんが」


 なぜ二度も言ったんだ、グレンダ。

 しかもちょっと否定の意味合いを強めている。


「騎士という職柄の話をなさっているのでしたら、ええ、この私こそが騎士でございます」


 ウーノは口を半開きにさせ、グレンダを凝視していた。

 スヴェンに至っては言葉を失っている。

 二人とも、アクセルより早くに覚醒したということは、おそらくグレンダとも一度や二度くらいは言葉を交わしているはず。


 ──ピンとこなかったのだろうか。その洗練された所作や言葉遣いで。

 はたまた、騎士と名が付いただけで、それは男だと、彼らの中では先入観がおのずと植えつけられていたのだろうか。


「えっ、この二度振り返ってもべっぴんな人が!?」

「えっ、この象をも落とす勢いの超絶美人が!?」


 双子も不必要に囃し立てた。

 いやきみたちは絶対忘れてただろ。地図や小説のネタ集めに意識を持っていかれてただろ。


「あー、やっぱりあなたですか」


 アクセルに抱きついたままだったメロディアは、早口気味に、なぜかテンションを低めて。


「さっすがわたしの麗しきアクセルお兄様。むしろ、目が覚めて一番に、この御人でまず間違いないとまで思ったくらいですわよ」

「……皆さんがなにをおっしゃっているか計りかねますが」


 そこまで言ってグレンダは、すっと背筋を伸ばし、


「どうやら、改めて自己紹介が必要なようですね」


 己が胸元へ片手をあてがい、軽く会釈をした。


「この春、『雛鳥の寝床エッグストック』を副首席で卒業したのち、ボムゥル領に配属され……」

「言うほど近くないだろう? 経歴詐称は良くないよ、グレンダ」


 アクセルに茶々を入れられ、睨みをあらかた利かせてから、


「……いえ、セイディやあなたがたのお話によれば、あの領土はすでにイース領へ引き渡されたのでしたね。ですが、たとえ土地が変わろうとも、私がお仕えしている御人に変わりはございません」


 彼らへ朗々と語り聞かせるように、グレンダは手のひらでアルネを示す。


「ここにいらっしゃる、アルネ・ボムゥル様をお守りするのを至上の使命とする、差し出がましくもこの御人の専属騎士グレンダに申します。以後お見知り置きを、そして、くれぐれもこの島のあるじたるアルネ様に無礼がなきよう、よろしくお願いいたします」


夢遊病ドラム』の男たちは視線を投げ交わし合った。

 対するアルネ側の従者たちは、グレンダの背後でひそひそと。


「いやいや、この島のあるじはグレンダさんだろ? どう贔屓目に見たって」

「グレンダ様に違いないわ。公子でも領主でもなくなったアルネ様なんて今や、前よりはすこ〜しだけ仕事を真面目にするようになったグレンダ様の使い走り──」

「聞こえてるぞ、ヨニー、セイディ」


 アルネは一言で従者たちを制するなり、わしゃわしゃと髪をかきむしる。


「もう良いよグレンダ、そういう堅苦しい付き合いは半島の中でやっておいてくれ。ヘリッグの端くれまでちゃっかり紛れ込んできたのは僕としては不本意だけど……ま、ここまで運んでおいて今さら追い返すのも野暮だ。せいぜい寛大な心で歓迎してやろうじゃないか」


 自分で割ってきた薪へつかつかと歩いて行き、


「もーお腹空いたよ僕は。用意できたんなら早く焼こう」

「かしこまりました、アルネ様」

「火を焼べる道具はこちらにございます」


 その指示でさっと動いたのはグレンダとミュリエルだった。

 ミュリエルにいたっては、炭とマッチまで手元に持ってきている。


「小屋から拝借してしまいましたが、構いませんか」

「ええ。助かります、ミュリエル様」


 さすがミュリエル。彼女はもうすっかり島にも彼らにも馴染んでいる。

 我ながら優秀なメイド──と、アクセルが鼻高々にしている場合ではない。


 食事どころではなくなっていた『夢遊病ドラム』の男たちが、なぜだか顔を突き合わせて一箇所に固まり、神妙そうな面持ちでひそひそと話し込んでいた。

 ついには、メロディアまでもがタルヴォにちょちょいと手招きされると、頬をぷくと膨らませながらも、仕方なく輪に混じっていく。アクセルだけが仲間外れにされた形だ。


「おい、メロディア嬢。どういうこった?」

「どうもこうも、今しがたご本人がおっしゃっていた通りの話ですわ」

「女性が騎士って名乗れるものなのかい、スヴェンくん? そんな話は聞いたことがないし、もちろん見たこともない」

「自分も寝耳に水ですタルヴォ先輩……ただ、言われてみれば『雛鳥の寝床エッグストック』への入学に年齢の制限はあれど、性別の制限は設けられていなかったはず」

「いやいや! 制限があることと卒業までの技術習得が可能かどうかということはまったく別の問題じゃないのかい? ていうか、彼女、さっき副首席って……」

「ご本人がそうおっしゃってて、お兄様もそれについてはご否定なさらないのですから、きっとそうなんでしょう事実として。さすがは、お兄様に次ぐ成績で卒業なさったというお兄様のご同級ですわね」

「だーから、それが女だなんてこっちはまったく聞いてねえって話だ、こらぁ!」


 アクセルもすでに火付けと調理の手伝いに向かっている。

 にこにことグレンダへ駆け寄り、アルネや、なんだったらグレンダ本人にも若干疎ましがられながらも、手伝いという名目で歓談にいそしんでいるアクセルのご機嫌な姿を見て、さすがの『夢遊病ドラム』連中も察しが付いたらしく。


「なぁるほぉどぉ……」


 舌を巻いたのはスヴェンだった。

 得心いったように、何度もしきりに頷いては眼鏡をかけ直し、


「さすがはメロディア公女の偉大なる兄上ですね……」

「そうでしょうとも。ようやくご理解いただけまして? 偉大なるお兄様はそんじょそこいらのフリューエでは満足できない殿方なのです」

「えっまじで? やっぱりそういう話なの!?」

「そりゃあ血なまこでおとぎの国やら、居所を探し出すわけだな。つうか、アルネ・ボムゥルまで一枚噛んでいたのかよ」


 アルネの領土放棄と亡国については、庶民たる彼らもあらゆる報道にて聞き及んでいた。

 かといって、この壮大な船旅へ続く先が、そんな悪名高いノウドの大罪人と、彼に仕える女騎士だなどという発想は、少しも持っていなかったのである。


「はぁーあ……」

「へぇーえ……」

「ふぅーん……」


 再び言葉を失った大人たちが、各々で思うところがありながら、次なる感想や見解を直接述べるのをためらっているうちに、


「っていうかさー」


 無神経ツインズが好奇心全開の満面の笑みで、


「アルネとかいう公子様が国を逃げ出したのって──」

「黙れ。口を慎めガキ!」

「あのグレンダとかいう女の人、守るどころかね? 御人っていうか、御国っていうか──」

「黙れ。口を慎めお子様!」


 アルベルトにはタルヴォ、ハンヌにはスヴェンが制裁を与える。

 眼鏡男子たちの、細い腕ながらも鋭いラリアットが炸裂した。


「「ぐげえっ!」」

「なにをしているのですか、『夢遊病ドラム』の皆さん」


 トング片手に、不思議そうな表情で歩み寄ってくるアクセル。


「ほらメロディアも。船旅続きで、しばらくまともな食事を摂っていないだろう。焼き立ての野菜は美味しいよ」

「わぁい! 魚と硬いクッキーばかりでメロディアもうんざりしておりましたぁ!」


 一人だけ素知らぬ顔で、メロディアはたたたとアクセルへ駆けていった。

 続けて双子も、焦げた香りに釣られ、火の上がっている方角へ寄っていく。

 なかなか輪に混ざろうとせず、気まずそうにしていたのは『夢遊病ドラム』の、特に教養を持った大人たちだけだ。


 ウーノに至っては、誰よりも鬱陶しそうな表情を隠さず、


(ちいっ。これは厄介なもんに巻き込まれたぞ)

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