騎士たるもの(3)
「団長」
アクセルがさっきの作戦室へ引き返すと、イェールハルドはただひとり円卓に残っていた。着席して地図や作戦資料を両腕組んで眺めていたことから、騎士たちへ指示を送るための、指揮官として必要な支度を整えていたのだろう。
イェールハルドはアクセルが入室しても視線を送らない。
「どうした」
「此度の極めて重要な
両腕を背中の後ろで組んだアクセルは、ぴしと立ったまま申し出る。
「ご多忙のところ恐縮ですが、作戦の完遂に備えまして、決行日までのお時間ありますどこかで、ぜひ、自分へ剣の稽古をお願いしたく存じます」
アクセルがイェールハルドへ稽古付けを頼むのは、なにも今回に限った話ではない。
副団長へも他の上司や先輩騎士に対しても、事あるごとに似たような申し出を繰り返し行っているのだが、快く引き受けてくれる者もいれば、やはりさまざまな事情で難色を示す者もいた。
ただ、イェールハルドの返事だけは、いつもおおむね決まっていた。
「……よろしい」
短く答えるなり、イェールハルドはすくと立ち上がる。
そのままテキパキと資料を片付け始めたので、アクセルは少しだけ焦りを演じた。
「団長。お手が
「
即答し、イェールハルドはようやくアクセルの目を見て告げる。
「その
──やはり、彼は素晴らしい。
アクセルは内心でのみ感銘を受けた。イェールハルドは部下の個人的な頼みでも、それは騎士として、あるいは団長としての、小さからぬ任務の一環だと己で断じている。
イェールハルドに連れられ、アクセルは他に人がいない稽古場へ直行した。
二人は腰にずっと挿していた真剣を壁へ追いやり、代わりに木製剣を持ち出してくる。言葉らしい言葉も交わさぬまま、両者は剣を取り、部屋の中心で向き合い、構えた。
♰ ♰ ♰ ♰ ♰
無音が続く。
その空間こそ静寂であり続けていたが、アクセルの心情はひどく騒々しい。
──果たして、自分と彼の何が違っているのだろう。
イェールハルドは微動だにせず、こちらから攻め込んでくるのを辛抱強く待っている。いや、はじめから我慢比べしているつもりもないかもしれない。
騎士とは、なにかを守るために存在している。
いかなる地においても、騎士が見出しうる戦いの意義がそれ一点である限り、イェールハルドはおそらく、敵に対して自ら行動を起こす道理がないという考えなのだ。
結局、先に剣を振りかぶったのは今日もアクセルだった。
己では鋭く斬り込んだつもりだ。一歩でも踏み込むのを恐れては、躊躇っては同じ土俵にも上がらせてもらえない相手だと、初めて剣を交えた時から知っている。
しかし騎士団長が築き上げた牙城はどこまでも高く、硬く、いかなる剣戟や心理を以った駆け引きも、彼を崩すまでには遥か及ばなかった。
────スウ、と。
思いびとへ丁寧な所作で花でも贈っているかの如く、イェールハルドは足音も、風切る音すら完全に殺し、アクセルの喉元へ剣先を突きつける。
「……っ! ……参りました」
完全に動きを封じられ、悔しさをできるかぎり顔に出さないよう努めつつ、アクセルは剣をおろし降参の意を示す。イェールハルドが剣先を引くのも早かった。
今日も負けた。なんという守りの堅さ。曲がりなりにも『
「勘や感覚のみで動いているのが、その剣筋ですぐ読める」
イェールハルドはまっすぐな眼差しでアクセルを見下ろす。
「なぜそのように足を運び、腕を振り、剣をおろしたのか。己で言語化し、洗練させた思考の末に動かなければ、相手にその動きを読まれるばかりか、次の動作を誘導される」
「……勉強になります」
いつも同じような指摘を受けている気がする。
自分がちっとも進歩していないかのように思えて、それも悔しいと歯噛みしつつ、アクセルはかねてより聞きたかったことをたずねた。
「団長。此度の作戦に関してですが」
アクセルから踵を返し、ひとり、さっさと木製剣を元あった位置へ戻しにいったイェールハルドは、
「この作戦が『
探りを入れられた途端、ぴたとその足を止める。
アクセルとしても、いささか言い回しがまずかったような気がした。今しがた受けた指導への当てつけに、イェールハルドの説明不十分を問うている感じがしてしまうからだ。
イェールハルドはくると振り返り、数秒ほどアクセルの碧眼を眺めていたが、
「……そういえば、言い忘れていたな」
言葉に抑揚を付けないまま、本当にたった今思い出したかのように、あるいは露骨なまでに話題を逸らした。
「先日の集会では、メロディア第八公女の警護および面会への同席の
────うぅっ⁉︎
アクセルは露骨なまでにその話題を嫌う。
わずかに苦虫を噛み潰した顔を見せ、あの日起きた諸々を否応にも思い出しつつ、
「……その
仕方なく縁談の同席について、お礼と詫びを入れようとする。
「団長のお手を煩わせる時間もありまして──」
「アクセル」
イェールハルドの顔色は依然変わらない。
だが、放った声の色だけは、稽古場に来てからひときわ彼が秘めた心情を、輪郭のように纏っており──。
「あの場で、お前は何者として立っていた?」
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