旅の協力者(2)

 終始やり取りを聞いていたミュリエルが、


「もしやタバサ様は、アクセル様も参加なさった先日の軍事作戦に、直接関わっておいでなのですか?」


 静かにそうたずねてきたことで、会議室の空気はぐんと冷え込む。

 タバサはすぐには答えなかった。じぃとミュリエルを観察し、


「まあね。それがなにか?」


 さっきよりもずっと慎重そうに聞き返す。

 アクセルも内心ひやひやした。今さら作戦の機密事項を話したところで意味がないと言えばそうだが、しかし、あの作戦によってミュリエルの弟は……。


「左様にございましたか」


 ミュリエルは一度まばたきしてから、言葉を続けた。


「そのせつは、公国がために騎士団およびアクセル様への多大なるご尽力、心より感謝申し上げます」


 そのまま深々と礼をしたのを、アクセルは歯がゆい思いで見ていた。


 尽力だと? いや、作戦全体で見れば間違ってはいないけれど。

 やめてくれミュリエル、この女に社交辞令でも感謝なんて。

 この女はあまつさえ僕に向かって、騎士は使い捨ての生きた道具と言ってのけたんだぞ。


 タバサは眉ひとつ動かさず、


「……礼には及ばない」


 気のせいだろうか。

 アクセルとじゃれあいじみた言論していた時よりも、全身に警戒心を匂わせた。


「私が公国に求められていた仕事を為しただけだ」

「存じております」


 ミュリエルは頭を上げ、真っ直ぐにタバサを見据える。


「どうぞこれからもお願いいたします。あなた様の騎士団へのお力添えが、巡り巡って、騎士をしていらっしゃるアクセル様をお守りする力となるでしょうから」


 タバサなんかに助けられるまでもない──とアクセルは言いたかったところだが。

 あの作戦では犠牲も少なからずあれど、アクセルに限っては、彼女の援護によって窮地を救われたようなものではあった。


 アクセルは一切口出ししないまま、ミュリエルの慧眼、あるいは侍女としての務めを粛々とこなしているに過ぎない彼女の偶然に舌を巻く。

 彼女は、タバサの魔法のことも、作戦の詳細も、なにひとつ知らないはずなのに。


「無論だ」


 タバサはわずかに目を細める。


「私は、


 ──アルネやグレンダとは違って。

 とは、さすがに言わなかったけれど。




 ミュリエルは紅茶に口を付け、ふうっと軽く吐息してから話を続けた。


「差し出がましくも、わたくしから続けてお願いしたことがございます」


 そっと、隣に腰掛けていたメロディアの頭を撫でる。

 アクセルはここでようやく気付く。ずっと黙りこくって大人たちの様子を見守っていたメロディアの表情が、いつになく不安げだったのだ。


(しまった……メロディアの前で、怖い顔して物騒な話ばかり)


 己を呪う暇もなく、


「タバサ様はご自身で商会を切り盛りしていらっしゃるとか。あなた様のご手腕です、さぞ商品の運搬に使う馬車や、舟のご用意も多いとわたくしめは愚考いたします」


 ミュリエルは本来彼女へ頼むべきだったことを、アクセルの代わりに申し出た。


「……ああ、そういう腹か」

「もし此度のアクセル様のご意向に賛同いただけるのでしたら、どうかお手持ちの舟を、騎士団の目が行き届かない場所にてご融通してはいただけないでしょうか?」

「そうしてやりたいのは山々なんだが」


 タバサは机へ肘を付き、いたって真剣な面持ちで答える。


「実はうちの商会も、昨今の騎士団の仕事に手を貸しているのだ。まだ公にはしていないが……『消えた地平線ネイビーランド』でも、近々起きるであろう次の戦いに万全の備えをせねばならなくてね」

「ご都合が悪いですか」

「ああ。馬車も舟も、すべて騎士団へ貸し出しているくらいだ」



 ミュリエルはちらと、アクセルの顔色を伺う。

 元々国境くにさかいでの小競り合いが多い土地柄だ、そういうこともあるだろう、とアクセルは半ば諦めた表情を浮かべていた。


「そのご様子では、人手もかなり騎士団のほうへ出払っていそうにございますね」


 タバサ本人の支援は諦め、ミュリエルはすかさず次の手を繰り出す。


「舟の手配もたいへん重要ですが、なにより旅路の安全確保と、孤島へのより確実な到達が求められている務めにございます。できれば、アクセル様のご負担が少しでも軽くなるよう、舟への『同乗者』も増やしておきたいのですよ」


 アクセルは碧眼を見開いた。

 同乗者? そんな話、屋敷でも宿でもまったく自分とはしていなかったのに。


「どうかタバサ様のご人脈で、他に心当たりなどありませんか? 遠征に慣れていてご自分でも旅によく出向いているとか、船舶を操縦できる資格を有しているですとか……とにかく、方を探しているのですが」

「そんな物好き、商会か、港の関係者くらいしかアテなど……」


 言いかけたタバサは、さっと顔色を変え、口元を手で覆い考え込む。

 記憶を探り、心当たりを無理矢理掘ってきたみたいに、


「舟旅か……そういえば、ヴェールで……」


 不確かな情報だと暗に主張し小声で口ずさんだ領土、そして──名前に。

 一同は仰天せざるを得なくなったのである。



♰ ♰ ♰ ♰ ♰



「ヴェール領ですか?」


 気を急いたアクセルが聞き返すと、タバサは口元から手を離し、自信なさそうに。


「いや、もちろん例の作戦では騎士団連中とは顔を合わせなかったが……」


 証言する。


「それよりもっと前に、別件でヴェール領へ出向いた時だよ。ほら、なんて言ったか? 伯爵のご子息……長男……? いや、あの感じで長男はありえないか? 集会や他領土の会合でもまったく見ない顔だし」

「えっ。……スヴェン・ヴェール?」

「ああそうだ! そんな名前だったよアクセル氏」


 みるみる一行の顔つきが変わっていくのも構わず。


「たまたま同じ空間に居合わせる時間があったので適当に話を合わせていたが、とかく奇妙な男だった。大学に通っているは結構だが、己が関心の赴く事柄でしか人と喋れない、典型的なオタク気質。絶対女にモテないだろう、あれは」

「……そ、れで、その方がなんだと言うのですか」

「その男が確か、いたく楽しげに話していたんだよ。私は少しも楽しくなかったが。なんでもその大学で自分は、騎士団のを研究していますとか」

「…………え」

「そりゃあ騎士が海に出向く機会は今のところ少ない。帝国やエスニアと本格的にやりあうなら研究する意義は大いにあるとくらいは思ったが。でも内心笑ったさ。いやいやクロンブラッドならともかくヴェールは内地だろ、海ないじゃんって」



 半笑いを浮かべたタバサだったが、


「……どうした?」


 アクセルは微塵も笑っていないことにはたと気付き、怪訝そうに見つめ返す。


「そんなにつまらない話だったか? 私は悪くないからな。というか、どうなんだアクセル氏? かの作戦でスヴェン氏とやらと、一度くらいは話してみたんだろうな?」


 誰も返事をしなかった。

 なにより、アクセルより誰よりも呆けたのはメロディアだ。走馬灯のように思い出されるは、公邸のテラスで受けた最後の言葉。

 出直してくる──然るべき時に、然るべき姿形で。



(……なんというの巡り合わせなの)

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